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第2転 桃太郎の転生者

 転生。

 生命体としての死を迎えた後、魂などはそのままに新たな生命を得て、再び現世に戻ってくる事。インド系の宗教や仏教の中核教義であり、古代ギリシャの歴史的人物もこれを信仰していた。キリスト教とイスラム教では異端とされているが、一部の宗派はこれに言及している。



◆  ◇  ◆



 異世界転生軍による決闘宣言より四日後。岡山県某所。


「嫌だっつってんじゃん!」


 俺――百地吉備之介(ももちきびのすけ)は街中を疾走していた。


 ピンク色の前髪が汗で張り付いて鬱陶しい。俺は日本人だが、髪は黒色ではなく桃色だ。癖っ毛で、あちこちが跳ねているのがコンプレックス。雨の日なんか酷い有様になる。

 そんな髪色以外はごく普通の学生なのがこの俺だ。服装は何の変哲もない黒の学ラン。年齢は十七歳の高校二年生。高校は共学で、男の友達も女の後輩もいるが、クラスの人気者という訳でもない。部活動はアメフト部に所属で、ポジションはランニングバック。そんな感じ。


 現在、俺は街中を逃げ回っていた。俺を追い掛けるのは五人の男だ。それぞれ鍛えられた肉体をスーツに包み込み、サングラスを掛けている。某逃走バラエティーのハンターを彷彿とさせる怪しさ抜群な出で立ちだ。

 男達は息も絶え絶えになりながらも俺をこう呼んだ。


「――お待ち下さい、『桃太郎』様!」


 と。


「待つ訳ねえだろ! お前ら、俺を何だと思ってやがる!?」


 男達とは対照的に殆ど息を切らさず、俺が怒鳴り返す。


「ただの高校生だぞ! それが何だ、急に決闘しろとか! しかも普通の人間じゃなくて剣と魔法の世界の住人が相手だと!? 意味不明にも程があるだろ展開! お前ら男子高校生に何を期待してやがんだ馬鹿か!」

「しっ、しししかしっ……! 貴方は『桃太郎』その人なのでは!?」

「それはっ……そうだけどよお」


 男達の指摘に思わず言い淀む。その間にもあいつらの脚は止まらない。


「ああ、そうさ。そうだよ、その通りだよ! 確かに俺の前世『桃太郎』だ。それを誤魔化すつもりはねえよ!」


 この俺――百地吉備之介は何を隠そう、桃太郎の輪廻転生者である。


 日本屈指の大英雄。武士の象徴的存在。御伽噺(おとぎばなし)の第一人者。それが桃太郎だ。前世を忘却して日本の一般家庭の子に転生し、学生として凡庸で貴重な青春を謳歌していた俺だったが、今は前世の記憶を取り戻していた。

 否、神々によって取り戻させられたのだ。あの魔王城から決闘宣言が流れるよりもちょっとだけ前に、神々が俺を自分達の尖兵にする為に。だが、


「けどな、それで『桃太郎』そのものになった訳じゃねえんだよ。俺は俺、ただの高校生のガキだ。高校生がいきなり殺し合いをしろって言われて、できると思うか? 思わねえだろ常識的に考えろ!」


 戻ったのは記憶だけだ。人格まで『桃太郎』に戻った訳ではない。『桃太郎』としての自覚を持ちながら人格は、俺は俺のままだったのだ。

 並外れて感情移入する映画を見た後のようなものと言えば分かり易いだろうか。『桃太郎』としての経験を後天的に植え付けられただけだ。結果、「軍人としての覚悟がないまま戦場に連行されそうになっている天才少年兵」というのが俺の現状だ。自分で天才とか言っちゃうが桃太郎なので仕方ない。

 そんな有様で素直に行くと思ってんのか、この俺が。馬鹿野郎かお前!


「はあっ、はあっ……! そっ、それでも貴方の力が必要なのです! 異世界転生者と真正面から戦えるのは貴方しかっ……!」

「俺の他にも輪廻転生者はいるだろ! そっち当たれ!」


 目に付いたビルの非常階段を駆け上る。全速力で上りながらも俺の呼吸はまるで乱れていない。一方のスーツの男達は大分疲弊していた。一人が階段の途中で力尽きる。それでも他の四人が諦めずに追いすがってくる。


「よっ! ほっ! やっ!」


 屋上まで駆け上がり、そこから隣のビルに跳び移る。同じように跳躍する男達。一人が失敗してビルの谷間に落ちる。俺は次々とビルの屋上を渡っていく。道中、あえて天窓(トップライト)を跳び越えて障害物にし、男の一人を蹴躓かせた。

 こういうのはアメフトで慣れた動きだ。懸命に追う残り二人とも徐々に俺と距離が離れていく。


 とはいえ、ビルの隣接がいつまでも続くとは限らない。俺が今、着地したビルの周辺四十メートル範囲内には建物がなかった。人類の走り幅跳び世界記録は九メートル弱。とても跳び移れる距離ではない。俺の逃走劇もここまでだ。


 ――とあいつらは胸を撫で下ろしているだろうがな。お生憎様だ。


「そいやっと」


 着地後、俺はそのまま立ち止まる事なく、どころか更に加速した。そのままの速度で床を蹴り、フェンスを踏み抜いて高く跳躍する。数瞬の滑空。五十メートル先にあった建物の窓を突き破り、身を転がして砕けた窓ガラスから自身を守る。

 建物内に侵入した俺の姿は最早目で追う事すら叶わないだろう。屋上に二人を置き去りにし、俺は悠々と逃走を続けた。

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