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第14転 桃太郎伝説異本2

 その日の晩、俺は桃太郎(おれ)だった頃を夢に見た。

 常世(とこよ)で暴虐の限りを尽くす鬼の群れを退治して回り、とうとう追い詰めた先が鬼ヶ島だった。


『何だ……ここは……。本当に鬼の棲家なのか?』


 人間ではなく、鬼達が住まう村。本拠地というにはあまりにみすぼらしい集落だった。田も畑も満足に耕せない、痩せこけた土地だった。自給自足など望むべくもない。

 鬼達に鬼ヶ島を出奔する事はできなかった。人外種族である彼らは人々から追い立てられ、最後に逃げ込んだのがこの島だったからだ。他に行き場所などない。島の外ではあれだけ恐ろしかった鬼達がこの島内にいると見る影もなかった。

 そんな環境下で生きるには他者から奪うしかない。水を、食べ物を、金銭を他所から持ってくるしか生き残る(すべ)はなかった。


『桃太郎さん、どうする?』

『帰りますか、それとも……』


 犬・猿・雉の御供も当惑の表情で桃太郎を見上げる。このまま全ての鬼を手に掛けるか、女子供だけでも見逃すか、あるいはここで終わりにして帰参するか。鬼ヶ島の惨めさに三匹も迷っていたのだ。

 桃太郎はしばらく黙っていたが、やがて答えを出した。


『……だけど、略奪は略奪だ』


 善を勧め、悪を懲らしめる。因果は応報させる。奪った者は奪われなければならず、殺した者は殺されなければならない。それが神の尖兵として為すべき事だ。

 桃太郎は知っている。鬼に食料や金銭を奪われた村々を。鬼に家族や友人を殺された人々を。悲嘆と絶望に暮れる被害者達を知っている。彼らを思えばここで手を緩める事は許されない。


『……やるしかないんだ』


 そうして桃太郎は決断した。男も女も老人も赤子も分け隔てなく、鬼達を鏖殺(おうさつ)したのだ。


『お願いします! 子供は……子供達だけは助けて下さい! 私はどうなってもいいから……!』


 血風舞う中、一人の鬼娘が意を決して命乞いをしてきた。長い黒髪の娘だ。額の二本の角がなければ到底鬼に見えなかっただろう、か細い風貌だ。そんな鬼娘が命乞いを――自分ではなく鬼の子供達の命乞いをしてきた。

 対する桃太郎は無表情だった。


『何でもします! 私なら何でも言う事を聞きますから、子供達だけはどうか……お願いします!』

『…………』


 桃太郎は無言で彼女を見ていた。内心では、荒れ狂う葛藤と同情の念が表に溢れ出ないようにするのに必死だった。


『……駄目だ。育った子供達は人間への復讐に走るだろう。後々の遺恨を絶つ為にここで一人も生き残らせる訳にはいかない』

『そんな……!』


 桃太郎が刀を薙ぐ。鮮血が迸り、鬼娘は地面に俯せになった。

 ……こうして桃太郎は見事に使命を果たした。鬼ヶ島の鬼達を一人も残さずに全滅させたのだ。


『…………』

『桃太郎さん、鬼共が集めた略奪品を纏めました。もう帰りましょう』

『………………』

『桃太郎さん……』


 御供が桃太郎に帰参を促しても、彼はしばらくその場に立ち尽くしていた。その場で鬼の子供達の死体を――鬼娘の亡骸を見つめていた。


 やがて雨が降ってきた。それでも数刻の間、桃太郎は動こうとはしなかった。


 その後、彼の人生には常に暗い影の中にあった。鬼の宝を持ち帰り、英雄と褒め称えられても、彼の心は休まる事はなかった。領主に褒美に(むすめ)を娶らすと言われた時も固辞し、実家に帰った。そのままあらゆる幸福を拒絶するように孤独で暮らし、たった一人で没した。


 その最期は坐してミイラになるという即身仏の如き様だった。


 桃太郎は鬼退治という役目を背負わされて生まれてきた。生まれる前から使命が定められていた。彼自身もそれに疑問を持つ事なく育ち、鬼を討伐する旅に出た。その結末は惨劇で閉じた。

 それが語られざる真実、桃太郎伝説の全貌である。



◆  ◇  ◆



 目が覚めた。


「……ゲッ、まだ二時じゃないか」


 壁に掛けられた時計を見ればまだ夜中も夜中だった。出発までまだ時間はある。明日――もう今日だが――に備えて寝直さなくてはならない。

 だが、よくない夢を見てしまった事で目が冴えてしまっている。どうにも寝付けそうにない。


「夜風でも浴びるか」


 ホテルの外に行こうとして廊下に出る。その瞬間に気付いた。


「妙な気配がするな」


 人間ではない何者かの気配が近くにいる。これは上――屋上からか。妖怪か、亡霊か、それとも異世界転生軍の者か。何が来たのかまではこの距離では分からないが、確認しない選択肢はない。

 屋上へ向かう。扉の鍵は開いていた。忍び寄り、こっそりと外の様子を覗く。見える影は二人だ。一人はカルル、こちらに背を向けている。もう一人はマントの人物、こちらに顔を向けている。


 いや、あれを顔と言っていいのだろうか。のっぺりとした仮面だ。表情はおろか視線も窺えない。マントの下には何も着ておらず――どころか、血肉すら纏っていなかった。


 骨だ。全身の骨格が剥き出しだったのだ。


 不死者(アンデッド)がそこにいた。

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