第13転 カルル が なかまに なった!
岡山空港より八時間後。岡山県と鳥取県の県境、那岐山の麓。
俺達は馬車の客室で揺れていた。
「いや~、九〇キロメートル近い距離を十時間も掛けずに踏破できちまうとはなあ。それも途中休憩を挟んでだぜ?」
「本当ね。こんなに早く到着できるとは思わなかったわ」
「これもカルル……いや、ブラヴァツキー夫人のお陰だぜ。なあ?」
御者台にいるカルルを労う。が、
「思い……出した! うおおっ、知らない筈の他人の人生が何故だか鮮明に理解できる。気持ちいいとも悪いとも言えない妙ちくりんな感覚。これが前世を思い出すという事なのか。知らん……何それ……怖……」
当の彼女は混乱の坩堝にいた。頭を抱えて何やらぶつぶつ言っている。
「分かる分かる。急に前世の記憶が蘇れば誰だって戸惑うもんだよなあ」
「そうなの? 私は生まれた時から前世の記憶があったから、そういう気持ち全然分からないわ」
「あー……言っていたな、そんなの。いや何その特別待遇。ズルくね?」
【燕の子安貝・胎眠】――竹が持つ子安貝の最大出力だ。ざっくり言うと催眠術であり、子安貝で眠らせた相手に重ね掛けをすると対象に暗示を掛ける事ができる。
この子安貝の力に加えて、竹は神々の権能でカルルの前々世の記憶を蘇らせた。蘇った記憶に暗示で輪廻転生者の使命を書き加える事で、カルルを使命の従僕に作り替えたのだ。これで彼女の行動はある程度、使命を与えた人物――竹に支配される。
そうして覚醒した彼女の前々世は近代神智学の祖であった。
ヘレナ・P・ブラヴァツキー。
神智学協会の創設者の一人で、世界中の神話や宗教を折衷して新たな思想を生み出した。西洋と東洋の融合を目指した第一人者であり、大衆的オカルティズムの起源とされている。今日日、世界各国な英霊神霊が一堂に会する系の伝奇モノが世にあるのは、彼女が先駆けとなってくれたお陰なのかもしれない。
「おいおいおい、安全運転で頼むぜ」
「ぐぬぬ……分かっていますぞ! 拙僧だって事故は御免ですからな!」
俺達が乗っているのは馬車だ。だが、引いているのは馬ではなく精霊である。何の精霊かは分からないが、デザインは宇宙人と人魂を足して割ったような印象だ。馬車はカルルの部隊から持ってきたもの、精霊はブラヴァツキー夫人が召喚したものだ。
馬車なのは非常に助かった。移動時間が短縮できたのもさる事ながら、荷物を運ぶのにおよそ最適な乗り物だった。空港の売店にあった食料品も積む事ができた。ちょっと荷物持ちになって貰おうと思っただけなのに、ここまで有用だとは。全くカルル様々だぜ。
「しかぁし! まだ拙僧はお主らに屈した訳ではありませんぞ。今に見ていろ脱走して異世界転生軍に帰還してやりますぞ」
「無駄口叩いていないで前を向いて運転しなさい」
「ハイスイマセン!」
竹の一喝で素直に従うカルル。竹が彼女に植え付けた暗示の束縛力は結構強い。自由意思を奪うほどではないが、言葉だけで逆らえないようにする事ができる。おっかねえ……。
俺も前世の記憶には目覚めているが、こんな風に使命に縛られてはいない。桃太郎が使命なんてもうコリゴリだと思っているお陰なのか、それとも覚醒が中途半端なせいなのか。分からないがとにかく助かった。竹の操り人形にならずに済んだからな。
「このやり方、百地にも改めて使おうと思えば使えるのよね」
「怖い事を言うんじゃねえよ!」
「大丈夫よ。あんたが逃げ出さない内は使わないから。……逃げなければね」
「ヒェッ……」
おっかねえ、マジでおっかねえ……。操り人形を回避する為になるべく彼女の言う通りにしていないといけないな。いや、もうそれ操り人形になっていないか? どうなんだ?
「それにしても、カルルも異世界転生軍の実情を知らないとはな」
「自分が所属している教会から異世界転生軍に派遣されただけだったなんてね」
クリトは答えてくれなかったので、カルルにも異世界転生軍の目的を訊いてみた。だが、カルルは大した事は知っていなかった。地球の澱みというものが異世界に流れ込んできているという事、それが異世界に争いの種となっており、その種を除きに来たという事。カルルに与えられていた情報はこの程度だった。
結局、地球が異世界に何らかの迷惑を掛けていた事しか分からなかった。何だっていうんた、全く。
「ていうか、カルルお前、もうちょっと自分の組織に関心を持てよ。なんで何も知らないで戦っているんだ?」
「余計なお世話ですぞ! 魔法世界は――特に大帝教会は上意下達が基本なんですぞ。疑うな、信仰せよが常識なんですからな!」
「ふーん、あんたも大変ね」
「全然興味がなさそうな態度なんでつけど!」
そりゃあ堅苦しくて難儀しそうな世界だな。まあ、あっちの世界は政治が君主制しかないらしいし、全体的にそういうシステムなのも然もありなんといったところか。
「……そろそろ宿を取ろうかしら。すぐ近くにホテルがある筈だわ。営業していればだけど」
確かに、そろそろ日付も変わる時刻だ。前世で野宿の経験はあるとはいえ、現代人としてはベッドで眠りたいし、風呂も入りたい。ホテルに泊まれるのならこの上ない。営業していればいいのだが。
「まあ、行ってみなきゃ分からないか。カルル」
「へいへい、道案内お願いしますぞっと」
竹の案内でホテルへと向かう。幸い、こんな御時世でもホテルは営業していた。俺達はホテルで一泊して、鳥取空港へ向かう事を決めた。