第12転 生かすか殺すか
「へーい」
「へーい」
竹にハイタッチを促すと、竹はあっさりと返してくれた。俺の掌と彼女の掌が乾いた音を立てる。
「意外とノリいいじゃねえか、獣月宮」
「そう? これくらいはノるわよ、私」
「いい事だ、これからもその調子で頼むぜ。……で、どうする? こいつ。とどめを刺すか?」
「…………」
伸びているカルルを指差して尋ねると、竹は少し押し黙った。
こいつは異世界転生者だ。つまりは地球人類を大勢殺した連中の一味だ。許される道理はない。
かといって、俺がこいつを殺すのも憚られる。殺人の罪を背負う覚悟が俺にはないし、そもそも俺にはこいつを裁く権利がない。俺はただの高校生だ。正義の味方でも悪の敵でもない。正当防衛で死なせてしまうのは仕方ないかもしれないが、積極的に殺していい理由にはならない。
その辺り、竹はどう思っているのだろうか。
「……やめておくわ。大事の前の小事よ。ひとまず手足を縛るなり何なりして無力化しておけば問題はないでしょう」
竹が選んだのは不殺の道だった。
「へえ、優しいんだな」
「違うわよ。ただこの娘も神々の被害者だと思ったらちょっとね。できれば命を奪う事まではしたくないわ」
「被害者?」
「そうよ。魔女メデイアって知ってる?」
メデイア。
ギリシア神話に登場する王女。様々な魔法に精通しているギリシア屈指の魔女。英雄イアソンの冒険を助ける為に、女神達によってイアソンに恋をするように操られた。彼女のお陰で冒険は成功したが、最終的には破局した。
「簡単に言うと、異世界転生者っていうのは使い捨ての駒なのよ。チートとハーレムで煽て上げ、面倒事への解決に向かわせる。イアソンにメデイアを宛がったようにね」
「それで『神々の』か」
そういえば、異世界転生には神々が絡んでいるんだっけか。地球から異世界に転生するシステムは神々が経営しているんだとか。転生を直接担当する神もいると聞く。確かフォルトゥナという名前だったっけ。きちんとは知らないんだが。
「そういうあんたこそ、とどめを刺さなくていいの?」
「俺はそういうのいいや。身内が殺されたっていうんなら別だったけど、そうじゃねえし」
祖父母や同級生が殺されたり、誰かを殺すところを目撃したりしたのなら、俺も躍起になって殺し返していたかもしれない。でも、そうじゃない。だったら、そこまで熱くなる理由は俺にはない。
「そう。……ありがと」
「礼を言われる事じゃねえって」
マジで礼を言われる事じゃない。なんたって覚悟がないだけだからな。こいつらに殺された見知らぬ人達の仇を取る気概もないし。
「これからどうする? この飛行機に乗っていく予定だったんだろ?」
「石上がこれじゃあ飛行機の操縦はできないわね」
「他に操縦できる奴はいないのか?」
「生憎と近くにはいないわ。操縦できる奴は他の輪廻転生者のところに遣わしたから。そんな簡単じゃないしね、パイロットの資格なんて」
となると、どうするか。異世界転生軍の魔王城は空を飛んでいる。徒歩で行こうが車で行こうが船で行こうが辿り着ける訳がない。やはり航空機の類が必要だ。
「ちょっと待って」
竹がスマホを取り出す。先の異世界転生軍襲撃のせいで電波は軒並み使えない。だが、彼女のスマホは地上のみならず天界にも繋がっている。神々はこの状況下でも気軽にSNSを利用できるのだ。ずるいぞ。
「いたわ。鳥取空港にまだ飛び立っていない輪廻転生者がいる」
「おお、じゃあそいつが乗る飛行機に便乗すれば行けるな。でも他県かあ。やっぱり徒歩で行くのか?」
確か鳥取空港は鳥取砂丘の近くだ。砂丘までここから普通に歩くと丸一日――二十四時間以上掛かるんだよな。俺達輪廻転生者の足でも結構な距離だ。
「そうね。私のスマホは天界には通じても地上のタクシー会社には通じないし。でも、そうすると荷物をどうしようかしら」
不比等さんはへとへとだ。これ以上は歩かせられないだろう。置いていくしかない。となると、荷物もここに置いていくか俺達が持っていくしかないか。
「誰か不比等の代わりに荷物持ちしてくれる人がいればいいんだけど」
「そうは言ってもその辺の人間じゃ俺達の足にはついてこられないだろ」
「うーん……その辺の車を盗むか借りるかする?」
「非常事態とはいえ盗むのはまずいだろ。借りるのも……どうだろうな。車にしろ徒歩にしろ、そもそも事情を話しても俺達に協力してくれる奴がいるかどうか……」
「そうよね。じゃあ、やっぱり私達だけで行くしかないか。……あら?」
「どうした?」
ふと竹が視線を逸らしている事に気付いた。彼女が見ている方を見ると、そこには未だぐっすり眠っているカルルの姿があった。
「……ねえ」
「……何だ?」
「命までは奪わないけど、ちょっとくらいの人権侵害は許されるわよね。罪人相手だし」
「まあ何するかにもよるだろうけど、荷物持ちにするくらいならいいんじゃね? そもそも異世界の民に人権あるか不明だし」
「それじゃあ失礼しまして」
竹の魔の手がカルルへと伸びた。