第10転 理由
「私は例外。ほら、『竹取物語』で私は竹の中に転生していたでしょ。それで転生のノウハウが月の都にはあるのよ」
「ノウハウの問題なのかよ。……ん? じゃあ、なんで獣月宮は神々に従っているんだ? よく知らない事なんだろ? なのに命懸けでよ」
「お父様の命令だからよ。子が親に従うのは当たり前でしょ」
「そうか? そうかもしれないがよ……それだけでかあ?」
俺にはいまいち共感できない考えだ。
竹と違って、俺の戦いに対してのモチベーションはいまいち低い。そもそも輪廻転生者側全体の戦い理由が「異世界転生軍の要求を通したくない」という神々の意向と大量殺人の報復だけである。俺個人の都合には何ら関係がなく、これでやる気など出る訳がない。
あとは、これ以上の被害を止める為というのもあるが、いずれにしても一介の高校生が背負う問題ではない。自分の国が滅茶苦茶にされたのには腹が立ったが、人類滅亡なんて言われるとスケールが大きすぎてピンと来ないのだ。
「俺はもうちょっと意地の張り甲斐がある理由が欲しいがな」
「例えば、どんな?」
「えぇ……例えば? そうだなあ……『世界を救うんだ! 皆を守るんだ!』って奴よりも『大事な人が生きている世界だから戦う』みたいな奴の方が共感できるかな。そういうの」
「じゃあ私を大事にしなさいよ。それでいいでしょ?」
「お前よくそんなプロポーズみたいな台詞をサラッと吐けるな……今日が初対面なのに。さすが姫様だな」
「姫だもの」
なんて話をしている内に飛行場に出た。手前には一機の飛行機が止まっている。数人乗りサイズの小型ジェット機だ。あれが竹のプライベートジェットだろう。
そのジェット機の前に一人の少女が立っていた。
「やあやあ。ここで待っていれば必ずや誰か来ると思っていましたぞ」
修道服に似た衣装を着ているが、額当に描かれているのは十字ではなく五芒星だ。陰気で、両目はクマが濃く、卑屈そうな笑みを浮かべている。髪型はボサボサで野暮ったい印象だ。肉付きは豊満で、特に一部分が目立つ。
ふと傍らに立つ竹の一部分を見た。まな板とまではいかないが、豊満とはとてもとても……
「ブッ殺すわ」
「何も言ってねえだろ!?」
「目で語っていたのよ。いやらしい男ね」
そんな事を言われても目は口と違って閉ざす訳にはいかないし、勘弁してくれ。
「こらこら、こっちを無視して会話するんじゃありませんぞ。デュフフフ。
拙僧の名はカルル・トゥルー! 異世界転生軍の七番隊長、『僧侶』の――」
「【大神霊実流剣術】――【追儺】」
カルルが最後までその台詞を言い終える事はなかった。それよりも早く俺の一太刀がカルルを叩き斬ったからである。
俺の剣術【大神霊実流剣術】は鬼退治に向けて編み出された桃太郎固有の戦闘技術だ。膂力で人類を遥かに上回る鬼に対抗する為に速さに特化した。どれほど威力があろうとも、当たらなければどうという事はないという理屈だ。スピードで俺の右に出る地球人類はいない。
そして、今の技【追儺】は体を大きく前傾させ、重力を利用して素早く移動する古武術・縮地法の究極だ。
敏捷性に長けたクリト・ルリトールすら上回る神速の斬撃だ。何もできないままカルルは倒された。そう見えたが、
「せっかちな男ですなあ。他人の口上くらい最後まで聞いてくだされ」
カルルは無傷だった。傷どころか衣服にしわ一つ付いていない。俺の斬撃など何事も起きなかったかのようだ。
「では、改めまして。『僧侶』の異世界転生者、カルル・トゥルー。大帝教会所属の信徒ですぞ。よしなに」
大帝教会というのはよく分からないが、多分異世界で流布している宗教なのだろう。今は重要な話ではない。
「お前もチートスキルって奴を使うのか」
「|そのとおりでございます《Exactly》。我が妙技【海の王者】、究極攻撃たる【陸の王者】と対を為す絶対防御ですぞ。デュフフフ」
「絶対防御……!」
言いながらカルルが左掌をかざす。五指全てをぴったりと閉じて伸ばした形だ。手の甲には海竜の刺青が入れられている。
クリトの【陸の王者】は常時発動型スキル兼任意発動型スキルだった。【海の王者】も同様なのだろう。指をあの形にしている間、如何なる攻撃をも無視できるのだ。
「さて、自己紹介も済んだところでお見せしたいものがありますぞ。喜んで頂けるとよいのですが」
カルルの手が飛行機のドアを開ける。機内には男が一人縄で拘束されていた。息があるようだが血まみれで、到底無事には見えない。
スーツを着た男だ。その顔には俺も竹も見覚えがあった。
「石上……!?」
男は竹の部下だった。