第9転 岡山桃太郎空港
岡山空港。
岡山県岡山市北区にある地方管理空港。愛称は『岡山桃太郎空港』であり、多くの人間が国内・国外への旅行・ビジネスに利用していた。国内線は東京・札幌・沖縄の三路線、国際線はソウル・上海・香港・台北の四路線である。
◆ ◇ ◆
岡山桃太郎空港に辿り着いた俺達を迎えたのは無人の静寂だった。
空港には誰もいない。竹が獣月宮機関の権限を使って人払いを済ませたのだ。実際、異世界転生者達に蹂躙された今となってはどこにも航空できやしないだろう。スタッフを残しておくだけ無駄というものだ。
「ひっ、はあっ、はあっ……!」
荷物持ちの不比等さんが息も切れ切れに喘いでいた。リムジンがクリト・ルリトールにぶち壊されたところから三時間、歩き続けたせいでへとへとになってしまったようだ。一方、俺はともかく竹も汗一つ掻いていない。手ぶらというのもあるが、輪廻転生者の肉体が強靭である事の証左だ。
「不比等さん、やっぱり俺も少し荷物任せておいた方がよかったんじゃねえか?」
「い、いいえ。お二方の手を……はあはあ……塞ぐ訳にはいきませんので……はあはあ。お二方は異世界転生者の相手をして貰わなくてはいけませんので……」
それは確かにそうなんだが。剣と魔法が当たり前の異世界でも超人として崇められているのが異世界転生者だ。地球の常人では肉壁にもならない。俺達輪廻転生者でないと太刀打ちは不可能だ。
しかし、ここまで疲れ切った人を見ているとなあ。何もしないというのも気が引けるというか。
「不比等、ゆっくり来なさい。すぐに飛び立つ訳じゃないから」
「は、はいぃ……」
不比等さんを置いて、俺達は誰もいない空港ターミナルビルに進入した。
「そういや、クリトにも訊いてみたんだが」
ふと俺は竹に尋ねたい事があったのを思い出した。
「何よ?」
「異世界転生軍って何が目的なんだ?」
「目的って……」
竹はスマホを弄る手を止めないまま俺の話に応じる。
「異世界ってのがどんなのか俺は知らねえ。知らねえが、地球とはそう簡単に行き来できないところだってのは分かる。前世じゃとんと聞いた事がなかったしな。そんなところからわざわざ地球に来て、やる事が人殺し? なんでそんな事するんだ?」
クリト・ルリトールは大義の為と言っていた。だが、その大義というのが分からない。何故、地球人類大量虐殺が異世界の大義とやらに繋がるのだろうか。人を大勢殺しておいて何が得られるというのか。それとも復讐か何かだろうか。
「私も殆どの事は知らないわ。知っているのは一〇〇〇年以上も前から地球の澱みを異世界に押し付けているって事と、神々はそれを止める気はないって事の二つだけよ」
「地球の澱み? そういえば、どうのこうのと連中が言っていたな」
異世界転生軍が地球人類の半分を滅ぼしたあの日、地球の澱みの始末を押し付けるなと彼らは神々へ発信した。「地球と異世界との繋がりを切断せよ」とも言っていた。
「その澱みってのは何なんだ?」
「それが分からないのよ。私は地上に転生する際に記憶を幾つか封じられたから」
「記憶を封印? 俺そんなのされた事ないぞ?」
いや、厳密にはされていない訳ではない。基本的に転生する際には前世の記憶は忘れさせられる。記憶を保持したままでは来世で色々と差し支えるからだ。これは地球に転生する者全員に共通して行われる事である。
それで、例外的に前世の記憶が覚醒した俺なのだが、桃太郎だった時代で思い出せない事は特にない。
「それはあんたが前世では封印するような情報を渡されていなかっただけの話よ。まあ、神の血を引いてはいても神そのものじゃないあんたじゃ是非もないけど」
「神そのもの……って事はお前って」
戸惑う俺に竹はフッと失笑する。
「そうよ、私は神。三貴子が一角『月読命』の赫奕なる愛娘、それがこの私。敬いなさいな、人間」
「……神を自称する人間を生で見るのは初めてだわ」
「事実なんだもの。しょーがないでしょ」
そう言った竹の横顔は「しょーがない」と思っているようには見えなかった。自信満々を通り越して、当たり前だと言わんばかりだ。
「ていうか、神は転生できないんじゃなかったのか?」