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旧式のコーヒー

「中出力サイズ、白熱素合成オイル、無潤滑式、電解信号抜きで」

「以上でしょうか。700ゼニーになります」


今日も今日とて、カフェで働いている。

注文を受け、決済を済ませ、すぐに隣の調理端末へ移る。マニュアルどおりに液体を注ぎ、撹拌し、熱を加える。


“電解信号抜き”──僕たちでいうところのカフェイン抜きや炭酸抜きみたいなものだろうか。

黒い液体をコップに注ぎながら、そんなことを思う。


「お待たせしました」


手渡すと、客は無言のまま、4本ある腕のうちの1本でカップを受け取った。

そのまま静かに奥の席へ移動し、持ち込んでいたメモリチップを頭部スロットに挿入する。


きっと何かを読み込んでいるのだろう。読書なのか、作業なのか、中身はわからない。


この時間帯は平日のおやつ時。

労働型も偵察型も、少しの休息を求めてこの店に立ち寄る。


カフェ──“隠れ家”。


この店は、表通りのマップにも載っていない。外観はただの古い民家だ。

だが、もの好きな店長が趣味で設計したこだわりの内装とメニューは、じわじわと評判を呼んでいる……と、信じたい。

今は、その店長の代わりに、僕が店番をしている。


──カランカラン。


ドアについたアナログな鈴が、来客を知らせる。


「佐藤、来たぞ。いつものをくれ」


入ってきたのは、赤い髪に赤い瞳、兵士の制服に腰の刀──

人間のように見えるが、**戦闘型ヒューマノイドの“紅”**だ。


「ちょうど来ると思って、作っておきましたよ」

「お前は気が利くやつだな。旧式のヒューマノイドとは思えないぞ」


彼女は笑いながらお金を渡す。

確認して、僕はスタンドに設置したサイフォンと専用のカップをそっと差し出した。


「うん、うん」


手慣れた様子で彼女は席につき、自分でフラスコからコーヒーを注ぎはじめる。

──自分で淹れると、さらに美味しく感じるらしい。


「佐藤の入れるコーヒーはやはり格別だな。一日の疲れがふっとぶのを感じるぞ」


そう言いながら、香りをゆっくり楽しむ。


紅は、人間の食べ物を“エネルギー”に変換できる、最新型のヒューマノイドだ。

彼女は毎週、決まって月曜日にここに来る。


一度だけ、時間がずれて来たことがあった。

そのとき彼女は──腕が一本、なかった。

何も言わず、ただ「遅れてすまない」とだけ言って席に座った。

次に会ったときには、もう元どおりになっていたけれど。


「佐藤が少しでも戦えたら、私のそばに置くのだがな。改造費用は私が出してやる」


「そんな冗談ばかり言われましても……僕は旧式で、人間のお手伝いをしていた非戦闘型ですし、人間語しか話せませんよ。紅さんの任務に僕がついていっても、お邪魔になるだけです」


「私が養ってやってもいいんだぞ? 決まった時間に、朝・昼・晩、コーヒーを淹れてくれれば」


──それって、人間でいうところの“味噌汁”みたいなものだろうか。


空返事をすると、彼女は相手にされていないとわかったのだろう、再びコーヒーに集中する。


ピピピ。

彼女の通信端末が鳴る。

画面に、何か任務らしき通知が映った。


「……今日はどうやら、ゆっくりできないらしい」


そう言って、彼女は立ち上がる。

タイミングを同じくして、奥にいたあの4本腕の客も、無言で席を立ち、店を出ていった。


……もしかして彼女を追って? いや、僕には関係ない。


残されたカップを片づけながら、僕はそっと、彼女のサイフォンを見つめる。

半分以上、コーヒーが残っていた。


「……もったいないな」


そう思いながら、ふと手が伸びた。

一口、飲もうとしたその瞬間──


「……そうだ。僕は“旧式”だったね」


静かに、手を引っ込め、食器を洗い場へ運んだ。

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