8.先生の手伝い
次の日。
「昨日マッサージしてもらった二人は随分回復しているよ。本当にありがとう」
仕事が終わってから医務室を訪ねると、とてもにこやかで上機嫌なルーィ先生に迎えられた。
「お役に立てたようで良かったです。
調子が悪くなっていないのなら、今日もマッサージしましょうか」
「うん、よろしく頼むよ。シュミット君、今日は起きられているから、多少の説明はしてある」
昨日と同じように、まずはシュミット様の部屋へ。
今日は昨日と違って明かりがついているし、先生がノックをすると返事もあった。
かなり回復しているみたいだ。
「失礼します」
先生に続いて部屋に入った私を見たシュミット様は、動きづらいだろう身体を無理やり起こして床に寝転んだ。
何も言っていないのに。
「あっ、あの、すみません」
私がさせた訳ではないけれど何となく申し訳なくなる。
「先生のおかげでめちゃくちゃ楽になりましたので! 今日もぜひよろしくお願いします」
強制された訳ではなく、ただの超積極的な患者さんだったようだ。
それならば。
「はい! では施術させていただきますね!」
私も超積極的にマッサージしてあげようじゃないか!
「うぎゃあ」
悲鳴を響かせるけど全く動かず逃げないので遠慮なくマッサージをする。
昨日はどうしたらいいか悩むほど魔力の流れが悪くて全身で詰まっていたけれど、今日はそこまで悪くない。
訓練している騎士様の中には、今のシュミット様より状態が悪い人も居たような気がするほど、マシになっている。
「ぐあああぁ」
強く押して、離してから擦って流す。
押し続けるよりも、流す動きを入れた方が魔力の詰まりは速く良くなる。渦が目に見えて小さくなるのでやっている私の方もなんだか楽しい。
「エリシア君、その身体を擦る動きはどういう意味があるんだ?」
ルーィ先生は興味津々で聞いてくる。
自分の仕事に興味を持って貰えるのは嬉しいし、マッサージしている間、手以外はヒマなので話をする。
「こうして魔力の流れをサポートするように摩ってあげた方が効果が上がるんですよね」
「ほう、なるほど。魔力は物理的に触れないのだが、それをやれば流れは変わるのか?」
「普通は触れないんですか。でも、流れは確実に良くなりますから、やった方が良いですね」
ふむふむ、と少し考え込んだあとで。
「流す動きにも、ピンポイントでの技術が必要なのか?」
「んー、どうでしょうか。私は流れに沿って擦っていますけれど」
「もしも魔力の流れを精確に感知する必要性が薄いのなら、俺にも出来るのでは?」
そう言われて考えてみる。
確かに、押すのは渦を精確に見極める必要があるので魔力視の能力がないと難しいと思う。
でも、流すのは手のひら全体で摩るのだから、別に誰でも出来そう。
「じゃあすみませんけれど手伝って貰えますか。
私が肩を押しますから、離すタイミングで、肩から背中にかけてしっかり流れを良くする感じで摩ってみてください」
「わかった」
しばらく分担でやってみると、ルーィ先生に手伝ってもらった方が良いことが分かった。
「先生の手の方が私よりもずっと大きくて力がありますから、先生がする方が効果がありそうですね。
それに、私が離した瞬間から流す方が良さそうです。これは一人では難しいですね」
「ぐぎゃああ」
私達が普通に喋る間にも悲鳴を上げ続けるシュミット様に、あえて話しかけてみる。
「シュミット様、先生が背中を摩るのは痛いですか?」
「いや゛、、、痛くはない」
ちょっと悲鳴まじりながらも答えてくれた。
「それなら、先生そのままお願い出来ますか?」
「もちろん!」
その後も、私が揉む所を変える度に効果のありそうな所を擦ってもらった。
押すだけの私より先生の方が大変な仕事なので、すぐ近くに見える額には少し汗をかいているよう。
「あの、大変だと思うのである程度して頂けたら後はさっきみたいに一人でやりますから」
貴重な治癒魔法使いで軍医のルーィ先生に労働の手伝いをさせているのが申し訳なくなってそう言うと。
「いや、俺は大丈夫。出来ることなら何でもやるよ」
眼鏡の奥から、強い意志を感じる瞳にまっすぐ見据えられた。
「っ、ありがとうございます」
その目があまりにも強いから、咄嗟に驚いて声が出なかったほど。
「いくら治癒魔法が使えても、俺は傷を塞げるだけだ。
皆がいつも一番悩まされている反動痛に対しては、無力なんだ。
どうにかならないのかと、ずっと研究を続けていた反動痛の解消が、君なら出来ると分かった時の感動といったら!」
強く断言するルーィ先生にとって、魔法騎士達の反動痛を治せる力は画期的なのだろう。
私も、自分の力で誰かを元気に出来るなら、これ以上嬉しいことはない。
「ふうぅ……」
話ながらマッサージしているうちに、ずっと続いていたシュミット様の悲鳴が少なくなり、そのうちに無くなった。
「もう大丈夫そうですね。魔力の流れが悪いとマッサージがとても痛く感じますが、流れが良くなるとむしろ気持ち良いらしいです」
「そうですねぇ〜。かなり、かなりいい感じです!」
シュミット様は、さっきまで悲鳴を上げていたとは思えないほど上機嫌だ。
「もう少し続けたら、ほぼ反動痛は無くなりますし、多少魔法を使っても、しばらくは痛くならないと思いますよ」
「マジすか! やった!」
騎士様達の使う魔法がどのくらい体の負担になるのか詳しくは知らないけど、少なくとも院長先生は1ヶ月くらい痛くならないって言ってた。
「このくらいでいいでしょう! お疲れ様でした」
魔力の詰まりは綺麗に解消されて、魔法を使えない人と同じ感じになった。
「うおお! マジですげえぇ!
こんなに身体が軽いなんて、今までで初めてだ!」
子どものように飛び跳ねて喜ぶ姿は本当に嬉しそうで、それだけ彼の役に立てたのだと思うと誇らしい。
「あの、先生の名前を教えてくれませんか?」
シュミット様にそう言われて戸惑う。
「ん? ルーィ先生はずっと騎士団に居るんじゃなかったんですか?」
「ルーィ先生はもちろん知っているんですが、貴女の名前が知りたいです」
もはや熱を帯びている気さえするシュミット様の瞳はまっすぐ私を見つめていて。
「えっ、あっ、私ですか? エリシアといいます」
「エリシア先生、本当にありがとうこざいます。俺の恩人ですので、何かあればすぐに連絡ください。全力で力にならせて頂きます!」
「いや、私はただの掃除婦ですので。先生じゃないですよ」
「こんな素晴らしい先生が掃除婦だなんて!
どうか、騎士団の専属になって貰えませんか」
マッサージはシュミット様にものすごく効いたようで、私の右手をガシッと彼の両手で握りしめ、必死に訴えかけてくる。
「あの、困ります。私の仕事は掃除婦で、ここはあくまでもアルバイトなんですよ」
戸惑う私を庇うように、ルーィ先生がシュミット様を押しとどめてくれる。
「シュミット君、気持ちは分かるが彼女の仕事を決めるのは彼女ではない。
俺からも働きかけるから、少し待ってはくれないか」
「……分かりました。では、今日の所は諦めますが、絶対専属になってもらえるように俺も頑張りますから!」
私はそこまでしてもらうほどの人間ではないと思うけれど、必要として貰えるのは嬉しかった。
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