6.初仕事
次の日の昼休みには、クラウゼ様の姿は無かった。
来なかったってことは、来なくても大丈夫なくらい調子がいい、ってことよね。
昨日のルーィ先生も、クラウゼ様が不審なくらい元気だって言ってたし。
良かった良かった、と思いながら、久しぶりにゆっくりお昼ご飯を食べた。
仕事が終わってから。
「お疲れ様でした〜」
寮へ向かう同僚達と別れて、東塔へ向かう。
熱気溢れる訓練所の横の廊下は、通るだけで何か変な圧力を感じるほど。
でも、元気に体を鍛えている騎士様達の魔力の流れはかなり悪いのが視えるので、痛みと戦いながら体を鍛えるなんてどれだけ辛いのか、と想像するだけで可哀想に思える。
出来たら、みんなの魔力の流れを良くしてあげたいな、と思いつつ医務室の扉を開ける。
「あれ、ルーィ先生?」
いつも居るようなことを言っていたと思うけれど、部屋の中に姿はない。
「んー、まあいっか。掃除でもしながら待ってよっと」
しばらくフラフラ掃除をしながら待っていると。
「エリシア君、来てくれていたのか。待たせて悪いね」
「いえいえ全くお気にならさず」
私の今の身分は掃除婦&医術師補佐である。
先生は私をいくら待たせてもいい立場なのに気を使ってくれていて、ありがたい反面申し訳ない。
「早速今日の仕事なのだが、患者はヴェルナー・シュミット。7年目の魔法騎士で、かなり反動痛が激しく回復もしづらくなっている。
腕の良い騎士なのだが最近は任務に出られない日の方が多くなっていて、今も寮の部屋で寝込んでいる」
「それは大変ですね。すぐにマッサージをしてあげないと」
今日はこんなにいい天気なのに、部屋で寝込んでいるなんて可哀想。
「マッサージで良くなるなら、と思って俺がしてみたのだが、あまり効果は無さそうだった」
「先生が、ですか? どうやって?」
魔力視の能力はないと言っていたはずなのに、どうやって渦を見つけたんだろう?
「昨日君がしてくれたのと同じことをシュミット君にしてみたんだ。
ただ、痛みも感じていないようだし、反動痛の改善もしていないようだった」
「なるほど。魔力の流れは人それぞれで大きく違いますし、ルーィ先生と同じマッサージをしてもあまり効果がないと思います」
正直にそういうと、ルーィ先生は少し落ち込んでいるようだった。
「そうか……。俺には出来ないか」
「ですが、私はそもそも魔法を使うことすら出来ませんので! それぞれ得意な人がやればいいと思うんです。
では、早速行きましょうか」
痛みで困っている人が居るなら喋っている間に行こう!ってことで部屋まで案内して貰った。
薄暗い部屋のベッドで寝ている人は、その辺で見かける騎士様達と比べて明らかに弱っているのが分かるほど細い身体をしている。それを先生に聞くと。
「シュミット君はもともと線の細い方だけれど、寝込むことが増えてからはかなり痩せてしまったな」
まるで自分のことのように辛そうにする先生も、シュミット様と同じくらい可哀想だと思う。
二人を元気にするために、私が出来るのはマッサージだ!
ってことで早速始める。
「すみませんが、シュミット様をうつ伏せにするのを手伝って貰えませんか」
先生に雑用を頼むのは気が引けるけれど、痩せたとはいえ男の人を私一人では動かせない。
「了解。手伝うために来てるんだから、何でも頼ってね」
お言葉に甘えて、マッサージしやすいように手の届く所にズラして貰って、いざスタート。
「んー、やりにくいですねぇ」
かなり力を入れて魔力の渦を押しているのに、いまひとつ効かない。
たぶん、ベッドが沈んで力が吸収されちゃってるのだと思う。
「じゃあ、床に寝かせようか」
「えっ」
先生はさらっとそう言うけれど、お貴族様で身分の高い魔法騎士様を床に寝かせるって、ヤバくない???
「ああ、でも床に寝かせたら、エリシア君も床ですることになるか。それは良くないな」
「いやいや、私は本当にどこでも大丈夫ですけれど」
平民の掃除婦より、貴族の騎士様を大事にして欲しいよね?
「エリシア君が大丈夫なら、床で」
本人に確認することもなくベッドから引きずり下ろして、本当に床に寝させた。
後で何言われても私は知らないからね!
とはいえベッドで沈まない分マッサージはやりやすい。
しかも自分の全体重がかけられるから、診察台やベンチでやった時よりも力がかけられる。
「うぐぅっ」
悲鳴が上がってないな、と思っていたらしばらくしてからようやく一声聞けた。
「意識が戻ったみたいだね。良かった」
ルーィ先生は機嫌が良さそうだけれど、本人にとってはたまったものではないのでは?
だって、反動痛で意識を失っていたのに、もっとすごい痛みで起こされちゃった訳でしょう?
しかも、私は起きたからと言って手加減する気はないし。
そこからはいつも通り、私が押すたびに悲鳴が上がる。
でも、流れがあまりにも悪いから全体を摩って魔力を流す時間もとらないと。
悲鳴だけが部屋の中に響く中で先生含めた3人ってのはちょっと空気がつらいので、適当に話を振ってみる。
「昨日はルーィ先生にマッサージをしましたけれど、体調は良くなりましたか?」
「もちろん。すごい効果だね。
魔法の練習を始めて以来、こんなに身体が楽だったことは無いよ」
「うぎゃあっ」
「それは良かったです。でも、魔法使いは大変なんですねぇ。今までは身分が高くていいなあって思っていましたけれど、痛いのは嫌ですよね」
「そうだねぇ。大きな力を使える分、その反動があるのは仕方がないと思っているよ」
「うぐぅ」
魔力の流れを視て、渦の中心を狙って押す。
押して離してを繰り返すことで魔力の詰まりが減った所を流れに沿って摩ることでさらに流れを良くする。
クラウゼ様やルーィ先生と同じことをしても、中々良くならない。
いや、少しはマシになっていると思うけど、そもそもの流れが悪すぎてあまり改善した感じがしないだけかな。
「ふぅ。このくらいにしておきましょうか」
30分くらいマッサージを続けて、ほんの少し流れが良くなったからそう言った。
「そうか。シュミット君、動かすよ」
「……はぃ」
さっきはベッドから引きずり下ろされたのに、今度は先生に支えて貰ったら、辛うじて立ち上がれたし、微かながら返事もある。
そうやってシュミット様を元のようにベッドへ戻して。
明かりを落とす頃にはもう穏やかな寝息が聞こえていたので、起こさないようにそっと部屋を後にした。
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