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4.真摯な瞳

 



 ルーィ先生は2人分のお茶とお菓子を準備してくれて、テーブルの向かいに座る。

 壁沿いには見たこともないくらいに沢山の本がびっちりと置かれているから、かなり勉強する人なのだと伝わってきた。

 奥にはよく分からない機械もいくつか置いてある。


 彼はとても人の良さそうな笑顔を浮かべているから第一印象はかなりいい。

 でも、眼鏡の奥の真っ黒な瞳はとても真っ直ぐで、何故か全てを見透かされそうな気がした。


「申し訳ないけど、用件を直截に聞かせてもらうよ。

 任務後の反動痛で動けなくなるはずのクラウゼ君が、とても元気に挨拶に来た。

 君のことを女神だと絶賛していたけれど、何をしたのかな?」


 やっぱり聞かれた。

 そうなると思って、ちゃんと答えは用意してきてる。


「何、というほどのことは、していません。ただ単に、私が孤児院の院長先生に教えてもらったマッサージをしただけです」


「うん、どんなマッサージ?」


「どんな、って言われても、普通です。

 院長先生が喜んでくれるからしていただけで……」


「うんうん、そういうことにしているんだね。面倒事を招かないためにも、とても良い事だと思うよ。

 ただ、お願いだ。絶対に君に良いようにしかしないと誓うから、本当のことを教えてくれないだろうか。

 この通りだ」


 突然立ち上がって深く深く頭を下げるのを見せつけられて、戸惑ってしまう。

 騎士団の治癒医術師って、めちゃくちゃ偉い人だよね?

 そんな人に、こんなに深く頭を下げられたら、居心地悪いどころじゃないよ!


「あの、そんなことされるほどの事じゃないので! やめてください!」


「では、教えてもらえるかな?」


「本当に、何もありません……」


 こんなに偉い人にバレちゃうなんて面倒なことになったな、と思うけど、魔力視のことを教えたらもっと面倒なことになると思うから、黙っておく。


 けれど、闇夜のように黒い瞳にじっと見つめられると、隠し事をしている後ろめたさまで見透かされているような気が。


「まあ、急に呼び出されてこんな話だから、信用できないよね。

 少し昔話をしたいんだけれど、聞いてくれるだろうか」


 無言で頷くと、彼は滔々と語り始めた。



 ーーーー俺は、貧しい辺境の村に生まれた。

 何の変哲もない普通の家族の元だったけれど、幼いころに治癒魔法の才能の片鱗が見つかってからは、家族ぐるみで村中から大切にしてもらえていた。


 村で唯一の医術師になるかもしれないと期待されていたし、俺にとってその期待は嬉しかった。

 村の皆のためにも、良い医術師になりたいと思っていたよ。


 だが、俺が10歳の時に、村が魔物に襲われた。

 皆は逃げ惑う中でも俺を守ろうとしてくれて、でも燃え盛る炎に飲み込まれて行った。


 結局、村は壊滅してしまい、唯一生き残った俺だけが、駆けつけた騎士団に保護された。

 その人が、前の王宮騎士団の団長で、俺を守ってくれた上に、ここの仕事まで与えてくれたんだーーーー




「……本当に、大変だったんですね」


 孤児院育ちの私だけれど、家族を失ったことはない。記憶があるのは、全部孤児院でのこと。

 もしも、私が家族として大切にしている孤児院が魔物に襲われたら……。

 考えたくもないくらいの恐怖だと思う。


「だから、俺は魔物に襲われる人が居ない世の中になって欲しい。そのために、出来ることをしてきた。

 ただ、外傷は治してあげられても、反動痛はどうしようもない。何故起こるのかも分からないし、どうすれば早く治るのかも分からない。

 優秀な若い騎士達が、たった数年で戦えなくなってしまうんだ。

 もしも、彼らの痛みを無くしてあげられたら、と研究してきたけれど、上手くはいっていない」


 ルーィ先生の瞳はとてもまっすぐ真摯で、本当のことしか言っていないと信じられた。

 それほどまでに必死な彼は、そのまま言葉を続ける。


「最近、魔物の活動が活発化しているという報告もある。

 その一方で、魔法騎士の数は増えない。

 万年人手不足で、任務明けなのに警備に駆り出されることもあるくらいだ。


 だから、本当に、お願いします。

 何も言いたくなければ言わなくてもいいから、彼らの反動痛を、治してあげてくれませんか」


 私のような小娘に、ついには敬語でまで懇願してくる様は見ていて痛々しいほど。

 この人が、これまでの人生でどれだけつらい思いをしてきたのかを表しているように思えた。


 それだけ必死に私を頼ってくれる人を、裏切ることなんて出来ない。


「あの、絶対誰にも言わないって、誓ってくれますか」


「もちろん。

 絶対に何があっても君が不利になることはしない。確実に守り抜くと、誓うよ」


 あまりにも真摯でまっすぐに必死で。

 こんな姿勢で私に向かって話てくれる人に、今まで出会ったことがないほどに。


 これほどまでの想いに、私も応えてあげたいと、強くそう思った。


「ありがとうございます。

 では、お話させていただきます。


 私は、孤児院で育ちました。

 生まれがどこで、どんな親かは分かりません。

 ただ、魔力が視える不思議な力があるのです。魔法は使えないのに、ただ視えるだけです。


 魔法を使う人の身体の中の魔力の流れは、普通の人とは比べ物にならないほど悪いです。節々で魔力が詰まって渦を巻いていて、それが痛みの原因だと思います。


 その渦の真ん中を押してあげると、その時はとっても痛いですが、その後は信じられないほど楽になるそうです。

 毎日魔法を使う院長先生は、ずっと痛みと共に生きてきたそうですが、私がマッサージするようになってからは痛みの無い日が増えたといいます」


 なるべく分かりやすく伝えたつもりだけれど、ルーィ先生は黙ったまま。


「ふうむ、なるほど。まずは、俺を信頼して話をしてくれて、ありがとう。

 誰も知らないことを教えて貰って、本当に感謝しているよ。

 そしてその上で、魔力視について誰にも言わないという君の判断は非常に賢明なものだと思うよ。

 自然に流れる魔力を視れる者は偶に居るが、人間の体内に対する魔力視というと、聞いたことがない」


「そんなに珍しい能力なんですか」


「ああ、文献を探しても載っているかどうか、というレベルだな。

 だから、お願いします。

 その眼の力を、この騎士団のために使ってもらえませんか」


 私の勤め先なんて、私に頼まなくても上に掛け合って配属替えしてしまえば幾らでも思い通りにできる。

 それなのに、真面目に私を説得しようとしているのが信用出来ると思う。


「私も、痛みで苦しむ人が居ることは、良くないと思います。その人たちが、国を守るために働く人なら、尚更。

 私に出来ることはしたいと思いますが、どうすればいいでしょうか?」


 言ってしまえば、私はただの掃除婦だ。

 何を出来る訳でもない。


「君がその姿勢で居てくれるだけで充分だよ。

 能力を大っぴらにしないためにも、あまり大きな変化は好ましくない。

 ……そうだね、ちょっとしたアルバイトをしないかい?」


「アルバイト! いいですね!」


 私はあっという間に食いついた。

 だって、お金が稼げるチャンスを逃したくないんだもん!


「今日と同じように、掃除の終業後に少し手伝う程度でいいよ。

 時給がどのくらいになるかは分からないが……医術師補佐として、このくらいかな」


「ぜひよろしくお願いします!」


 示された金額は、掃除の仕事の倍近い。

 もう全力で働かせてもらいます!!


「今日は、申し訳ないけれど面接ということでお金は出せないんだ」


「大丈夫です! クラウゼ様に頂きましたし、マドレーヌもいただいたので」

 

「そう思ってくれているなら良かった。

 では、君にとって無理のない範囲で、来れる時に来てくれたらと思っている。

 よろしく頼む」


「はい! よろしくお願いします!」


 魔力視のことがバレた時はどうなるかと思ったけど、結局は役に立つみたいだし、給金の良い仕事にもありつけたし!!


 いいことずくめだね!!



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