22.マッサージの意外な効果
「エリシア君、ここに居たのか。初日から放置しっぱなしで申し訳ないね」
いつもと同じ穏やかな笑顔で帰ってきたルーィ先生は、私を探してくれていたらしい。申し訳なかったな。
それにしても、また白衣が血と泥で汚れている。よほど大変な仕事なのだろう。洗濯も大変そうだなぁ。
レイズ副団長は仕事に集中したそうだったので先生と一緒に医務室へ戻る。差し込む西日が眩しいな。
「もういい時間だな。帰るかい?」
確かに勤務時間は終わりに近い。けれど。
「ルーィ先生にマッサージしていませんので、まだ仕事中です!」
元気にマッサージアピールをする。
団長と約束した以上、絶対にやらないと!団長命令だもんね!
「今日は初日で疲れただろう。休憩もろくに取れていないし、帰ってくれていいよ」
それはルーィ先生の優しさなのだと思うけれど、その気持ちだけ受け取っておこう。
「いえ! 団長から必ずルーィ先生のマッサージをするように言われていますから。どうぞこちらへ!」
先程まで副団長がしがみついていた茶色の診察台を勧める。
身体の中ではしっかり魔力が渦を巻いているから絶対に痛いはず。
「そこまで言ってくれるなら、お願いしようかな」
黒い眉を困ったように寄せて、それでも拒否はしないでくれる。
白衣を脱いで椅子の背に乱雑にかけ、黒縁メガネを外してうつ伏せになった先生。
その背中をゆっくりと撫でさすると、筋肉もガチガチに固まっているようだった。
良く考えれば、魔物と命のやり取りをする戦場から帰ってきたばかりなのだから、緊張していて当たり前だ。
でも私は普通のマッサージについては詳しくないので特に出来ることはない。
いつか勉強したいなぁ。
「マッサージ始めます。痛いですよ〜」
黙ってやってレイズ副団長に怒られたので、きちんと声をかける。
「だぁあっ!!」
でもルーィ先生は悲鳴を我慢する気はないらしい。
息を詰めるよりも筋肉が緩んで押しやすくなるからその方がありがたいかも。
「ぐふぅっ」
「がああっ!!」
悲鳴のバリエーション豊かだなあ、なんて思う余裕があるのは私だけだな。ルーィ先生は全くそれどころじゃない。
特に酷い肩から腕を中心に、腰にかけてもなるべく魔力の流れが良くなるように。
少しでもいい方法が無いかと色々揉み方や流し方を変えてやってみて、ベストなやり方を探そう。
日もとっぷりと暮れた頃。
「先生、こんな感じでどうでしょうか?」
充分にマッサージしたので魔力の澱みは無くなり、普通の人と同じ感じになったと思う。一回のマッサージでは無くならない渦も、回数を重ねている先生の身体だとゼロに出来た。
「……ぁ……あ゛ぁ……」
瀕死の重症みたいだ。大丈夫かな。
さすがにやりすぎた……?
でも終盤は渦がほぼ無くなって、院長先生が『気持ちいい』って言う時くらいの状態になってたと思うんだけど。
悲鳴も無くなっていたし、きっと大丈夫。
「痛すぎましたか? 大丈夫ですか?」
「……ふぅ。大丈夫だ」
診察台の上で猫のようにぐうっと伸びをした先生は、大きく深呼吸を繰り返す。
「いやあ、相変わらず信じられない痛みだねぇ。
でも、それが途中からほぼ痛くなくなるんだから不思議だな」
「魔力の流れはかなり良くなりましたから、反動痛はほぼ無くなったんじゃないかと思います」
「ああ、身体が軽いよ。本当に。こんなに軽いなんて、いつぶりだろう」
穏やかな笑顔でぐるぐると身体を動かすルーィ先生は本当に嬉しそうだ。これだけ喜んでもらえたら、マッサージした甲斐があるというもの。
身体がラクになって上機嫌なルーィ先生と食堂へ行くと、クラウゼ様とキース様が待ち構えていた。
いや別に待ってた訳じゃないかもしれないけど、すごい勢いで詰め寄られたのだ。
「エリシアちゃん、何したんだ? ただのマッサージじゃないだろう」
「は、はいっ?」
クラウゼ様の青い瞳が至近距離から見下ろしてくる。脅されてるわけじゃないはずなのに、そう感じるほどの圧。
大きく筋肉質な体で目の前に立たれている事だけじゃない、問い詰めるような口調にはどこか必死なまでの空気がある。
「魔法の威力が段違いに上がっている。反動痛を鎮めるマッサージじゃなかったのか?」
何の話かさっぱり分からずにおたおたしていると、ルーィ先生がさりげなく間に入ってくれた。
「何があったのか、俺が聞いてもいいかな」
いつもと同じ穏やかな笑みを浮かべたまま、クラウゼ様から庇ってくれた背中にほっとした。私は悪いことしてないけれど、怖いものは怖いから。
「今日の討伐で打った魔法の威力が、信じられないレベルで大きかったのです。いつもと同じほどの魔力しか込めていないのに。
危うくフレンドリーファイアで仲間を巻き添えにしてしまう所だったし、原因がわかりません。
変わったことと言えばエリシアちゃんのマッサージくらいしか思い浮かばなくて聞きに来ました」
「なるほど」
短く相槌を打ったまま目を瞑って考え込んだルーィ先生。しばらくしてぱっと顔を上げると、朗らかに言い放った。
「気のせいじゃなかったのか。俺もそうだから、エリシア君のおかげかもしれんな」
「いや、言っといてくださいよ」
「俺も今思い返してみれば、という感じだ。クラウゼ君と違って俺の治癒術は見た目に分かりにくいからな。ここ最近、出血量の割に浅い傷が多いと思っていたのだが、俺の魔法の威力が上がっていたのかもしれん」
「俺も、いつもより遠くが見えていると思います。はじめは気の所為かと思いましたが」
クラウゼ様だけでなく、ルーィ先生もキース様も魔法が強くなった感覚があるらしい。
「エリシア君、どうしてか分かるかい?」
話が分かった上でルーィ先生が穏やかに聞いてくれても、知らないものは返事に困る。
「分かりません……。私には魔力の流れが見えるだけで、流れが変わったからどうなるかはさっぱりです」
大した返事ができなくとも、クラウゼ様は納得してくれたらしくうんうんと頷いている。
「魔力の流れが変わっているのは確かなんだな。それなら、流れが良くなったから威力が上がったのかもしれん。
実際、今日の討伐は俺の魔法の威力が大きかったために随分早く終わった。
大きな魔法を使えばそれだけ反動痛も大きくなるから、いつもは大魔法をバカスカ打つことなどしない。でも今日はいくらでも打てそうな気すらしたんだ。
しかも、反動はそこまで大きくない。ほぼいつも通りだ」
「お役に立てたんですかね……?」
食堂に入ってきた時は問い詰めるような剣幕だったから怒られるのかと思ってたけど、結論的には褒められそうな感じ?
「もちろんだ! そのおかげで早く討伐が終わったし、他の団員の魔力も節約できた」
「それなら、良かったです」
仲間を巻き添えにしそうだったと言われた時にはしまったと思ったけれど、結果的には良かったらしい。
でも、安心する私よりも、ルーィ先生は先を見ている。
「だが、威力が上がるかもしれないということは、今後マッサージする人には言って置いた方が良いだろうな。フレンドリーファイアをされては困る。
それに、本当にマッサージの効果なのか、実際どの程度威力が上がるのかも調べる必要があるだろう。俺も色々と調べて実験してみるが、そちらも気づいたことがあればまた教えて欲しい」
くいっと黒縁メガネの位置を直す先生は、話の内容もあってめっちゃ知的でかっこいい。
「もちろんです、先生。おかげで討伐が楽になりましたから。
それと、もしマッサージの効果なら、攻撃性の高い騎士からマッサージしてもらいたいです」
「スケジュールは俺が管理しているから、出来る範囲にはなるが考慮しよう」
「よろしくお願いします!」
そうして話がまとまって油断したところで。
ぐるるるぅ〜
私のお腹の虫が盛大に鳴いた。
「あっ、あの、すみませんっ」
マジで恥ずかしすぎる。私より体の大きな人達が何ともないのに、女の子の私がこんなに鳴らすなんて!
「いやいや、夕ご飯を食べに来たのに俺らが引き止めたからね。申し訳ない。一緒に食べようか」
苦笑いのクラウゼ様と一緒にご飯を貰いに並ぶ。
その間もまだ顔が赤い気がするけど、もう忘れて欲しい。
いくつかカウンターがあり、階級によってメニューが豪華になるらしい。
私はごく普通のメニューだけれど、それでも味付け鶏の焼いたものと野菜炒めが物凄い量盛られている。
ていうか皆、あんなに食べるの? 私絶対無理だよ?
「少なくしますかー?」
前の人が受け取ったお膳を見て量にビビっていた私に、カウンターの向こうの女の子が声を掛けてくれた。
「はい、私が食べれそうな量でお願いします」
今日始めて会った気がする同世代の女の子に親しみを込めてにっこり笑うと、向こうも笑顔を返してくれた。
「おまたせしました! ありがとーございました!」
差し出されたトレイにはほどほどの量のおかずが乗っていて、些細な事だけど気遣ってくれたのが嬉しい。
黙々と早食いする軍人さんに混じっての食事は気疲れするかと思いきやそうでもなかった。
美味しいご飯って、いいよね。
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