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2.魔法騎士の悩み

 


 俺の名はディータ・クラウゼ。

 王宮騎士団第二部隊所属、そろそろ五年目になる魔法騎士だ。


 代々魔法を使える貴族の家系に生まれ、魔法使いの中でも王都を守る英雄と名高い王宮騎士団の魔法騎士を目指して鍛錬を積んだ。


 魔法という人智を越えた力を扱うには激しい痛みが伴うが、父も兄達もその痛みに耐えて強くなってきたと聞かされ、自分も同じようになりたいと頑張った。


 ついに正式に魔法騎士と成った時は本当に嬉しかったし、その後の任務にも全力で挑んだ。


 王都周辺の魔物掃討はもちろん、転移陣を使って辺境に遠征に行くことも多く、とてもやりがいがある。


 しかし、そもそも魔法騎士の任期は10年と短い。なぜかと言えば、10年ほどした頃には反動痛が激しくなりすぎて、戦うことは難しくなってしまうからだ。

 身分の低い者はその後の仕事に困ることもあると聞くが、それでも10年の任期満了を待たずに去る者も居る。


 それほどまでの痛みで、ある程度は慣れるとはいえ嫌気が差す者が多いのはよく分かる。

 五年が経った俺も、「まだ折り返しか」と絶望することもあるからな。

 特に、ここからは反動痛が激しくなり、休んでも痛みが改善しにくくなって行くと言うから気が重い。




 ーーそんな時に、彼女に出会ったのだーー




 それは、任務明けだと言うのに人手不足だとか言って警備に駆り出されていた日。

 あまりの痛みにベンチに座ったまま動けなくなり、早退して帰ることも出来ずに座り込んでしまった。


「あの、大丈夫ですか?」


 声を掛けられたが、顔を上げることも出来ない。

 その後も何か言っているようだったが痛みが激しすぎてそれどころではなく、全く無視してしまった。


 そのあと、彼女が手に触れたと思ったら、もう信じられないくらいの痛みが襲ってきた。


 しかも、痛みで身体が強ばって動けないのを良いことに、ずっと痛いことをしてくる。

 こちらが悲鳴をあげてもお構い無しだ。


 ずっとある反動痛の影響で痛みに慣れているはずなのにこんなに痛いなんて、どんな拷問だ?


 そう思っていたのに、ある瞬間にふぅっと右手が軽くなった。

 なんだかぽかぽかして、痛みが少なくなったような……。



「うぎゃあっ」



 気を抜いた次の瞬間に、左手から絶望的な激痛が襲ってきた。

 さっきの気持ちいいと感じたのは錯覚だったのかと思いながらもその痛みに耐えていると。


「えいっ」


 両手のひらをぐぅっと押されて。


「ぅゔゔぅ……っ?」


 激痛に悲鳴をあげた、はずなのに。

 その声はしりすぼみになって消えていく。


「どういうことだ? ほとんど痛くない、だと?」


 魔法を練習し始めた幼い頃からずっと感じていた手のひらの痛みがほとんどない。

 軽いどころか頼りないと感じるほどで、解放感に溢れていることが信じられずにいた。


「では、私はこれで!」


 それまで見る余裕も無かった、手を触ってくれた女の子はたたた、と軽い足音を立てて去っていった。

 まともに顔も見られなかったけれど、後ろ姿は清掃の制服に見えた。


 それなら、きっと明日もここに居るだろう。

 立ち上がるどころか全く動けなくなっていた俺を、ここまで回復させてくれたなんて信じられない。


 あれだけの痛みなら、自然回復を待っていたら10日はかかると思っていたのに。


「明日もまた、来よう」


 嘘のように軽くなった手と、まだ痛いながらもさっきまでよりはマシになった身体を引きずって、早退申請をしに隊舎へ戻った。





 翌日。


 昨日は、痛みがかなりマシになったとはいえ、一時的なものかもしれないのでそのまま早退したが、結局今朝起きても全くぶり返して来なかったので本当に感動した。


 真面目に、俺に遣わされた天使、いやもはや女神様だと思っている。本気で。


「ただ、あまりにも痛かったなぁ……」


 反動痛の全盛期で、全身を激痛が襲っているのにも関わらず突き抜けてくるように感じる程の痛み。

 昨日は反動痛で身体が動かなかったが、普通の日にされたら痛みでのたうち回るかもしれない。


 それでも、これだけ身体が軽くなるのなら、その痛みにだって耐えられる。

 寝ても醒めてもいつだって身体が痛い、というのはかなりつらい。

 一瞬の痛みで治るのなら、全然我慢できる。


「そうだ、お礼を持っていかないとだな!」


 急に思いついて、クッキーを買いに行く。

 決して、彼女に会うちょうどいい口実を思いついたとかそういうんじゃない。ないったらない!




 その後、昨日と同じ場所でエリシアと出会い、今日もまたマッサージをしてもらった。


 昨日は痛みで見る余裕も無かったが、そうじゃなくても一晩で顔を忘れてしまいそうなくらいに普通の子だ。

 茶髪のお下げに、掃除婦の制服。目立たなさの極みみたいな見た目なのに、彼女は正に俺の女神様だからな!


 正直に言うと、マッサージなんてただの迷信で、民間療法とも呼べない気休めだと思っていた。

 ただ、彼女のするマッサージは全く違う。


 もう信じられないくらいに痛いのが難点ではあるが、その効果は絶大だ。

 任務の後の10日の休みよりも、彼女との昼休みの方が何倍もよく効く。


 エリシアへの礼はプレゼントよりも現金が良いようなので、医者に診てもらう時くらいの金額を渡すとかなり喜んでいるようだった。

 平民出身だと思うが、王宮の下働きの中には孤児院出身者も居るらしいから、彼女もあまり裕福ではないのかもしれないな。




 今日から任務完了後の休暇中で、普段なら自宅のベッドで寝込んでいるが、今日は彼女のおかげですこぶる元気なので、王宮へ来たついでに騎士団へも顔を出すことにした。


「あーっ、ルーィ先生!」


「おや、クラウゼ君。任務明けじゃないのかい?」


 この黒髪黒縁メガネの人は、ルーィ先生。

 平民出身なのに激レアな治癒魔法が使える人で、それなのに身分の高い宮廷医術師にならずに、俺たち騎士団のために力を使ってくれる方だ。


 俺たちは常に反動痛があるが、魔物との戦いではもちろん傷を負うこともよくある。

 反動痛はどうしようもないが、外傷なら魔法で塞げるので、ルーィ先生が手当てしてくれるのだ。


「任務明けですけど、めちゃくちゃ元気なんですよ!」


「昨日は反動痛がつらくて早退したと聞いたけれど」


「そうなんですけど、すんごい女の子がいて!

 あの子のおかげでいつもよりめちゃくちゃ元気なんすよ!」


 きらん、と黒縁メガネが光った気がして、ルーィ先生の目つきが真剣なものに変わる。


「どういうことだい? 反動痛が無くなったということ?」


「そうです! 掃除婦のエリシアちゃんっていうらしいんですけど、その子がマッサージしてくれたらめちゃくちゃ調子が良くなって!

 いや、もう信じられんくらい痛いんですけどね?

 でも、かなり元気になったんですよ!

 マジ俺の女神って感じです!!」


「ふむ、それはとても興味深い。

 会える予定はあるのかな?」


「掃除婦は決まったルートで仕事してるらしいんで、昼休みはいつでも大丈夫って言われました」


 ふうむ、と考え込むルーィ先生は、考えが足りないと言われがちな俺とは違って、頭のいい人だ。

 俺よりも若いのに。


「出来るだけ早くにその人物に会いたいのだが、俺はあまり隊舎を離れられないからな……」


 先生は、完全に医務室に住み込んでいて、誰かに何かがあればすぐに対応してくれる。

 騎士団の性質上、いつ急患が担ぎ込まれたり出動要請が入ったりするか分からないので、いつも隊舎に居てくれるのだ。


「じゃあ、俺が明日来るように行っておきます!

 マッサージもしてもらいたいので、会いに行くつもりだったんで」


「ありがとう、よろしく頼む」


 ルーィ先生の目は期待に満ちているようで、いつも一歩引いて遠くから見ているような印象がある人が、こんなに興味を持つなんて珍しいな、と思った。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ちなみに、恋愛対象となるのはクラウゼ様ではありません。あしからず。




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