17.王国について
「ちょっと俺の個人的な想いを話しちゃってごめんね。ここからはちゃんと説明するから。
次は、このリッツトレア王国の地形と軍の編成の話。
まずこの国が、どのくらいの大きさか、知ってる?」
国の大きさ。
私は自分の生活では馴染みが無さすぎて考えたことも無いな。
「分かりません」
「分からないことを正しく認めて分からないと言えることは大切なことだよ。
大きさで言うと、かなり小さな国だそうだ。特に東側には魔物が少ないから大国が沢山あると聞いている。
この国は北側を山、南側を海に挟まれた、ほんの僅かな平地に人々が住んでいるようなものだ。
東西南北でそれぞれ特徴が強く出る地形だから、軍も東西南北でそれぞれ部隊が割り振られている」
孤児院では、自分達の住む地域のことや、大まかな王都のことは教えてくれた。
けれど、この国がどんなものか、他の国がどうなのかなんて、おとぎ話のような事だと思っていて、考えたことも無かった。
一般庶民の感覚なんてそんなものだと思うけれど、先生は色んなことを知っているし、私に分かるように教えてくれる。
いつか先生みたいに賢くて優しい人になれるように、目を見て真剣に話を聞こう。
言われたことを、ひとつも忘れないように。
「一番人数が多くて『最強軍団』と名高いのが北部軍団だ。
北側には果ての山脈と呼ばれる山があるのは知っているかい?」
「はい。冒険物語ではよく出てくるので、男の子達には特に人気な所ですよね」
「ははは、そうだね。ただ、軍としてはあまり人気はないかな。
冒険物語の舞台に出来るほど、魔物が多い激戦地だから戦闘の頻度も高いし怪我人も多い。
俺が呼び出されることが一番多い地区だ」
庶民の勝手で気楽なイメージと、実際の戦場はきっと全然違うのだろう。
それに今更気づいて不安になる。
掃除婦になる時は感じなかった不安た。
「私、本当にやっていけるのでしょうか」
「怖がらなくていい。俺たちは文字通りの生命線として、騎士団が全力で守ってくれる。
しかも、君はそもそも戦場へ行くこともほぼないと思う。
即座に治癒術を使って治療しなければならない俺は呼び出されるが、君は戦闘後のアフターケア担当だ。
わざわざ向こうへ連れていく必要もない」
「それなら、大丈夫だと思います」
直接戦場へ行く可能性はほぼ無いと言われ、少しは安心出来た。
私の顔色が落ち着いたのを見計らって、先生の講義は続く。
「次に西側は大森林と接している。特に豊かな森で、魔物も多いが実りも多い、今一番開拓に力を入れている地域だ。
日頃は割と平和ではぐれ魔獣を追い払う程度だが、ある程度の間隔で集団暴走が起こる。
そうなったら本格的に騎士団の出番だな。
普段は地元兵団でどうにかなる程度だ」
ふむふむ、と私が大人しく聞いているので先生は話を続ける。
「南には海があって、南部軍団は海軍だ。とはいえ広い海を全て守るメリットはないから貿易船の護衛がメインだな。
それに、国内唯一の迷宮があるから、その管理もしている」
「迷宮って、どんなのですか?」
それこそおとぎ話にはよく出てくる物だが、実際の所はどうなのだろう。
「非常に強い魔物が居る危険な所だが、その代わりに多くの資源が取れる。
周りに魔物が出てくる訳でもないから、上手く活用すれば利益の出る、危ない鉱山って印象だな」
「そうなんですね! 魔物って言っても、危ないだけじゃないんだ」
「そうだよ。恐れるだけでなく、きちんと理解して有効に使うことも大切だ」
先生の話には説得力があって分かりやすい。
戦場と聞いて不安になっていた気持ちもだいぶん和らいだ。
「最後に東側には平原が広がっていて、その向こうには他の国がある。海を渡るのは危険だから、こちらの国々との方が関わりが深いな」
「他の国、ですか……。想像したこともありませんね」
自分の国のことですら、ほとんど知らなくて今教えて貰いはじめたばかりなのだから、当然と言えば当然だった。
「庶民にとってはそんなものだが、俺たちは王宮に勤めているのだから、いつか国レベルの話をする機会もあるかもしれない。
その時のために、知れることは何だって勉強しておいた方がいいよ」
そう言うルーィ先生は、きっと知らないことで苦労したことが沢山あったのだろう。
開拓村の生まれなら、私よりも教育を受けられなかったのだろうから。
「教えてくださって、ありがとうございます。また色々教えて欲しいです」
「もちろん。部下の教育は上官の務めだと、グルマン隊長からもお叱りを受けたからな!」
ははは、と笑い飛ばすルーィ先生はやっぱり強いと思う。
この騎士団には強そうな人が山ほどいるけれど、そういう強さじゃなくて、内面的な強さ。
「どうぞ、よろしくお願いします!」
騎士団の所属になって、ただの掃除婦から医術師見習いになれたんだから!
先生に教えてもらえることは何でも覚えて、先生のことをよく見よう。
こんなに強いひとに、私もいつかなりたい。
憧れるだけじゃなくて、目指したいから。
頑張るんだ!
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