15.天の助け
「やあ、エリシア君。来てくれたのに居なくてすまなかったねぇ!」
血と土埃で汚れた白衣を翻して現れたルーィ先生が、私には天の助けにみえた。
「ルーィ先生、これはどういうことだ」
「何が起こっているのかよく分からないのですが、説明してもらえませんか」
赤銅色の筋肉ムキムキ隊長に威嚇されても、ルーィ先生はビクともしない。
「そこの小娘が俺の部下に拷問をしていたようでな。聞いてみるとルーィ先生が呼んだと言うじゃないか」
「ええ、俺が団長に頼んで呼んでもらった優秀なマッサージ師です。
反動痛を治せる、今までに聞いた事もない技術を持っているのですよ」
飄々と返すルーィ先生は、私のことを高く評価してくれているようで嬉しい。
「本人もそう言っていたが、そんなことあるはずがなかろう。
それに、キースに対しては効果があるのかよく分からぬことを言っていた」
自信がないからじゃなくて、異常が無いかと聞いただけなんだけど。反動痛が少なくなっているのは、私は見れば分かるんだから。
でも、二人の言い合いに口を挟む度胸は残念ながら、無い。
だけど、キース様はしっかりとした口調で反論してくれた。
「隊長、彼女にマッサージをしてくれるように、俺の方から頼んだのです。
クラウゼから評判を聞いていましたし、俺は反動痛が苦しすぎて、まだ7年目ですが、もう引退を考えていましたから」
「キース君は能力的に、特に酷いからね。エリシア君の施術で、マシになったかい?」
ルーィ先生は隊長の威圧をものともせず、キース様との話をする。すごい。
「ええ、本当に信じられない技術ですね。最近は、引退して右目をえぐり出そうかと本気で考えていたのですが、今の痛みなら騎士を続けられそうです」
右目をえぐり出すって!!
その決断の方が信じられないけれど、本人からしたら切実すぎる問題だろう。
魔法は使わないことも出来るけれど、話を聞く限りキース様の能力は常時発動型のようだから、止めるには目を潰すしかないと……。
あまりにも酷い決断を下す前に、彼の痛みを緩和できてよかった。
「と、いうことで、グルマン隊長にもわかっていただけましたか?」
「……うむ。ルーィ先生の部下だと言うことは分かったし、見栄えはともかく役に立つことも理解した。
俺の態度は不適切だったろう。謝罪する。すまなかった」
きちんと頭を下げられて、私の方が恐縮してしまう。
「私も、不審者だったし上手く説明出来なくて申し訳ありませんでした」
騎士様らしく、良くも悪くも正義感の強い人なのだろう。まっすぐなのは良い事だと思うことにする。
「だが、部下の失態は上司の責任だ。
ルーィ先生は初めての部下だから勝手が分からぬかもしれんが、きちんと教育するように」
暖かな視線でルーィ先生を見るグルマン隊長は、決して悪い人ではない。というか、部下思いの良い上司なのだろうな。
「初出勤の日に上官不在の状況を作ってしまい、グルマン隊長のお手を煩わせてしまって申し訳ありませんでした。
俺の手落ちと言うことで、今回は許してもらえませんか」
ピシッと腰を折って頭を下げたルーィ先生に、隊長は鷹揚な言葉をかける。
「許すも何も、キースは喜んでいるのだ。
俺が下手に口を挟んで申し訳なかった」
「そう言って頂けると有難いです」
最初はどうなることかと思ったけれど、分かって貰えて良かったな。
「休憩もそろそろ終わりだな。キース、行くぞ」
「はい」
グルマン隊長とキース様は訓練へ行ってしまい、ルーィ先生と二人残される。
食堂前なので人が多かったのに、もう皆居なくなっていることにようやく気づいた。
「エリシア君、来てくれたのに不在にしていて悪かったね。こういう仕事なもので、許してくれないかな」
「もちろんです。というかルーィ先生の部下なのですから、待っていて当たり前かと」
「今のところは医術師見習いで俺の部下扱いなんだが、俺と君とでは仕事内容がかなり違うと思う。まあ、臨機応変に頑張ってくれたまえ!」
明るい表情で胸を張るルーィ先生は嬉しそう。
初めての部下、って言ってたし、張り切ってくれてるのが分かる。
「頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!」
「じゃあ、まずは各所に挨拶がてら案内しようかな。とは言っても軍部は広いからなぁ。
全部はとてもじゃないが1日で覚えられないと思うから、適当に聞き流してくれていいよ」
「頑張って覚えます!」
そこから怒涛の案内が始まった。
食堂、用務室、事務室ではそれぞれの人に紹介してくれたけれど、挨拶を返すので精一杯。
それから団長室や会議室は前を通っただけなので、多分もう一度行けと言われたら困っちゃうと思う。
部隊は1から7まであるらしい。
本当は10まであるはずなんだけど、人が足りなくて7までしか作れないんだとか。
ここでもそれぞれに紹介して貰えたから、自分の仕事も含めてちゃんと自己紹介と挨拶をしておく。
ちなみにルーィ先生が午前中に行っていた所へは6番隊が行っているそうで、会えなかった。
「んー、当面必要そうなのはこれくらいかなぁ。ああ、後転移盤は言っとかないとな」
そう言って連れてこられたのは大広間。
今いるのは真ん中でかなり広いけれど、何も無い。壁沿いに沢山の扉があって、それぞれに標識が付いている。
「ここが転移場。ちなみに、エリシア君はこの国の地理について、どのくらい知ってる?」
「王都のことは少し教えて貰いましたが、その他は全然分かりません」
「そうか。庶民って大体そうだよな。別に生きるのに要らねぇもん。
じゃあここは各所に繋がる転移盤がある、ってことだけ言っておいて、部屋に帰って地理の勉強しようか」
「はい、よろしくお願いします」
知らないことを馬鹿にされるかと思ったけれど、ルーィ先生はそんな人じゃなかった。
というか、一瞬だけ出た荒い言葉遣いは下町の馴染みある雰囲気で、一気に親近感が湧いた。
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