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14.黄金色の右目

 


 多分医務室を使っていいだろうとは思うけれど、部屋の主が居ない間に、勝手に使うのは気が引ける。

 それに、キース様の症状は上半身だけなので診察台に寝転ぶよりも背もたれのある椅子に座ってもらった方がやりやすいと思う。


「では、こちらのベンチへお願いできますか」


「はい」


 食堂出てすぐのベンチを示すと素直に座ってくれた。

 もうこの時期になると昼でも日影は寒いので、暖かい日向にする。


「ではよろしくお願いします。

 まず、眼帯を外して頂けますか」


「えっ、ああ……」


 ピシッとした軍人さんという印象だったのに、急に左目の視線がキョロキョロと宙を彷徨う。

 瞳が大きいから余計に目立つなあ。


「どうしても無理でしょうか」


「いや、外す。外すが、少し変わった見た目をしているんだ。

 出来れば……怯えないでほしい」


「もちろんです!」


 特殊な魔法を使えるのだから、きっと特別な瞳なのだろう。

 どんな見た目でも絶対にリアクションしない、と私が心に誓った時、キース様はぱさりと眼帯を外した。


 ……確かに、これは怯える人もいるかも。


 隠されていた右目は黄金色の瞳で、それが忙しなくぐるぐると回っている。

 普通の目は、動かすとしても黒目部分を裏側へ向けることは出来ないけれど、キース様の目は関係なくぐるんぐるんと裏側へも動く。

 その生物的に有り得ない動きは、知らなかったら怖いだろうと思えた。


 私は覚悟していたから大丈夫だったけれど。


「特別な目なのですね。金色が素敵だと思います。では、施術を始めますね」


 覚悟を持って外してくれたのだから、少しとはいえポジティブなコメントをしておく。

 ただ、これはあくまでも準備。

 本題はマッサージだ。


 だけど、ひとつ困っていることがある。


 それは、魔力の渦の中心が右目のど真ん中だと言うこと。

 魔法を使ったことで魔力の流れが悪くなって詰まるのだから、右目に症状が現れるのは当然だと言える。


 ただ、私に出来るのは渦の中心を狙って刺激することで流れを良くするマッサージだから、どうしたらいいか悩む。


 まさか、右目本体を全力で押す訳にはいかないだろう。多分潰れちゃう。


 とりあえず目の周りや首、肩の渦を狙ってみる。


「うぐぅっ」


 うん、普通に痛そうだ。

 ということはある程度は効いているのだと思うから、この調子で続けてみよう。


「んー、どうしよっかなー」


 そんな独り言を呟いても、痛みでいっぱいいっぱいなキース様はきっと聞いていない。


 悲鳴は上げるけれど動かないのをいい事に、頭のてっぺんとか、首とか肩とか、色々と押しているうちに。


「ぐわあああっ」


 一際大きな悲鳴が上がった。


「なるほど。こめかみね!」


 確かに目に近いし骨もあんまりなさそう!


 効きそうな所を見つけて一気にテンションの上がった私は、より効果的に刺激する方法を考える。

 あんまり動かないとはいえ、こめかみを押すとキース様が耐えきれずに横に倒れてしまうので、頭をしっかり固定した方が良さそう。


 背もたれ越しに後ろから左腕で頭を抱えるようにして、逃げられないようにした上で右のこめかみをしっかり押す。

 指を曲げて第二関節でぐりぐりしているので、魔力とか関係なくても普通に痛いと思う。


「い゛だい゛! い゛だい゛!!! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


 あまりにも全力で悲鳴を上げるものだから、食堂から出てきた人たちが何事かとこちらを見ている。


「おい、何をしている!! やめろ!!」


 みるみるうちに魔力の渦が小さくなっていくのが見ていて面白い程で、調子に乗ってマッサージしていたら怒鳴られた。

 キース様にも休憩が必要だと思うので言われた通り手を止める。


「はあ、はあ……」


 息も絶え絶えの様子だけれど、肩や首の渦はかなり小さくなった。魔力の流れが良くなると、押した所以外も全体的に良くなって行くから。


「キース様、いかがでしょうか」


「お前、いかがでしょうか、じゃないだろう! 何をしていたのか、きっちり説明しろ!」


 赤銅色の髪をした、騎士様の中でもかなり大柄で筋肉ムキムキな人が怒鳴ってくる。

 この人怒鳴らずに会話出来ないのかなぁ。


「キース様のご要望で、マッサージをしておりました」


「マッサージ?? そんなもの、下町の女が日銭稼ぎにやることだろう」


 この人の中でマッサージはあんまり良い印象じゃないみたいね。

 確かに、色気のあるお姉さんがやってるようなマッサージもあるかもしれないけれど、魔力関係なく筋肉を解してリラックスさせるようなものもあるのに。


「私のマッサージは、反動痛を和らげるためのものです。ルーィ先生に呼ばれて、今日から騎士団で働くように言われました」


「はあ? ルーィ先生が、お前のような小娘を呼んだだと? それに、その腕の紋章、王立孤児院とはいえ平民の出身じゃないか!

 そんな奴、信用ならん!」


 髪と同じくらいに顔を赤くして怒っているから、身体が大きいこともあってとても怖い。

 ベンチとキース様を挟んでいるから何とか居られるけれど、目の前だったら怖気付いて逃げてるかも。


「グルマン隊長、お話中の所口を挟んで申し訳ありません。

 エリシア先生、とてもとても、体がラクです。

 特に肩や首は、もうほとんど痛くありません。頭の左側も、随分ましになりました。

 話ながらでも結構ですので、続けて頂けませんか」


「はい、分かりました!」


 きっと、キース様的には私に対する助け舟なのだろう。グルマン隊長は階級が上のようだし、面と向かって刃向かえる相手じゃないと思う。

 彼が最大限庇ってくれて、マッサージの続きを望んでいるのだからその期待に応えないと。


 さっきと同じようにこめかみをぐりぐりしても、キース様は悲鳴を上げなかった。

 グルマン隊長に言われたのは自分の悲鳴のせいだと思っているのか、歯を食いしばって耐えている。


 しかし、それでは私が困る。

 奥歯に力が入るとこめかみの筋肉が張るから、マッサージの力がかかりにくくなってしまう。

 ただでさえ筋力のない私がムキムキな騎士様のマッサージをするのは大変なのに、力を入れられると効果が薄まる。


「キース様、口を開けて頂けませんか。私が塞いで差し上げますから」


「はあっ、はあっ……」


 一度手を離してそう言うと。


「……ぁあ゛、わかった」


 よろよろと自分の手で口を塞いでくれたので、私はマッサージを続けよう。


 キース様が望んでしていると分かって貰えたからか、グルマン隊長はただ黙って私のすることを見ている。


 怒鳴られて怖かったし、今も鋭い視線でガン見してくるのをやめてほしいんだけど。

 出来たらどっか行ってくれないかなぁ……という私の願いは届きそうもない。


「今日はこのくらいにしておきましょうか」


 渦はだいぶ小さくなり、肩や首はほぼ完治と言って良いと思う。

 全体的に流れの悪かった頭も、今は右側だけになった。


「エリシア先生、本当にありがとうございます。

 クラウゼが自慢していた気持ちが良く分かりました。

 これは本当に素晴らしい技術ですね。産まれてこの方ずっと痛い頭が、こんなにもラクになるなんて!」


 キース様の能力は魔法と違って常時発動型なのか。

 止められないのに反動痛は起こるって、ただの地獄じゃない?


「お役に立てて何よりです。目の動きがさっきとは違うのですが、見え方や感じ方に違和感はありませんか?」


 さっきまでぐるんぐるんと忙しなかった瞳の動きが、明らかに遅くなっている。

 もしかして、自分の魔力の流れと連動するような能力なのかな? マッサージで痛みが無くなっても、能力が落ちたら困るんだけど。


「んー……見え方には、特に変化は無いようです」


「それなら良かったです」


「おい、良かったです、じゃねぇだろう」


 それまで黙っていたのに、野太い声が響く。

 キース様本人が希望して、納得してくれているのに……。


 威圧感の強い人と正面切って張り合うのはたまらなく怖くて、その場から逃げ出したくなった。





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