11.里帰り
王宮の女子寮からてくてく歩き、王宮と貴族街の間の内壁、貴族街と庶民街の間の外壁を越えて、そこから更に外へ。
王宮に近いほど豊かな人が住むエリアだから、孤児院はかなり遠い。
「こんにちは〜。お久しぶりです〜」
ようやくついた下町の教会の、見慣れた裏門を開ける。
「あっ、エリシア姉! おーいみんな! エリシア姉が来たよ!」
中へ知らせるのにダッと駆け出す子、私の持つ包みを真剣に見つめる子。
色んな子がまとわりついて来るのをかき分けて、まずは院長先生の所へ行く。
「あらあら、お久しぶりね。どうぞ、中へ入って」
いつもの穏やかな院長先生に会えて、それだけでもう嬉しい。
先生は、私が覚えている一番古い記憶ですら既におばあちゃんだったけれど、それから15年の月日が流れても、ほとんど変わらないまま。
優しく、時に厳しい、いつもの先生だ。
「まずはこれ、どうぞ!」
自信満々、意気揚々と先生に向かって差し出した包みは、クラウゼ様からもらったクッキー。
さらにその上に、少しとはいえお金も。
「あらあら、来てくれるだけでも嬉しいのに、こんな素敵な手土産つきなんて。
開けてもいいかしら」
「もちろんです!」
窓から燦々と太陽の光が降り注ぐ中で先生と話すだけで私はとても楽しい。
「こんなに沢山のクッキーなんて! 高かったでしょう、どうしたの?」
庶民にとって甘味は贅沢品で、もちろん孤児院育ちの私にとっても滅多に食べられる物ではない。
でも、これだけあれば皆にひとつずつ食べさせてあげられると思うの。
だけどもしこれだけのクッキーを買うお金があれば、お金として渡すか、普通に食べ物を買ってくると思う。
だから先生は、変なことになっているんじゃないかと心配してくれている。
「困ってはいないんですけれど、少し相談にのってほしいことがあるんです」
今日孤児院に帰ってきた理由は、騎士団とかルーィ先生とか魔力視とかマッサージとか、そのあたりの諸々を先生に言って、アドバイスを貰いたかったから。
昔聞いた所によると、先生は貴族の血が流れているから、国が運営する孤児院の責任者になっているらしい。
それに私よりもずっと長く生きているのだから、きっと私が一人で考えるより良い答えを教えてくれると思う。
ここしばらくの事をだーっと喋り続ける私の話を、先生は辛抱強く聞いてくれた。
「なるほどね。だいたいは分かったわ。
良かったじゃないの。騎士団にご縁が出来るなんて」
魔力視のことを他の人に話したと怒られることを覚悟していたけれど、先生の反応は違った。
「魔法騎士団は、軍部の中でもかなり強い力を持っているわ。王宮内でも随一の発言力でしょうね。
それこそ、私の縁のある家なんて、騎士団長の一言で吹き飛ぶくらいよ?」
「えっ、そんなにですか……。ちょっと怖いですね」
怖気付く私に、院長先生は畳み掛ける。
「怖くはないわ。もしも敵になったらとても怖いでしょうけれど、味方になるならこれ以上心強い組織もそうはないもの。
エリシアちゃんが嘘偽りなく話したことが、医術師様の信頼に繋がったのでしょうね」
「先生、ありがとうございます」
あの時の私の決意が認められて、心の底からほっとした。
ルーィ先生の信頼は本物だと思ったし、もちろん後悔はしていない。でも、大好きな院長先生に怒られたら嫌だなって思ってたから。
「魔力視のことはあまり言い過ぎない方がいいわ。言わなくていい時には、『ただマッサージが得意な人』ということにしたらいいと思うの。
でも、いざと言う時に守ってくれる人には、必ず本当の事を言いなさい」
「はい」
「騎士団は、特にお互いの信頼を大切にする人達よ。
生命を預けあって戦うのだから、信頼していないと無理よね。
だから、誤魔化してもいいけど、嘘は言わないことを心がけなさい。これは、騎士団に限ったことではないのよ」
「はい、分かりました」
氷色に透き通った瞳をまっすぐ私へ向けて、真剣に語ってくれる先生の言葉を胸に刻む。
昔から何度も言われてきたこと。
『明るく、丁寧に、正直に。』
そうして生きていけば、どんな人とも仲良くなれると。
「王宮に勤め始めた時も凄いと思ったけれど、そこまでしっかりと関わることが出来るなんて。
魔力視の能力だけじゃ出来ないことよ」
「ん〜、そうでしょうか」
別に、マッサージが出来たら誰でも良いとは思うけどな。
「身分がうんと高い相手でもきちんと話すことや、その場の状況に応じて適切な仕事をすることは、誰にでも出来ることじゃないの。
王宮にまで認められたあなたの力なのだから、誇っていいわ」
優しくも厳しい先生が手放しで褒めてくれて、とてもとても嬉しい。
「はい、ありがとうございます! 明日からも頑張ります」
「無理のない程度にしなさいね。
それに、王宮の中で働くのなら、どれだけ小さくても後ろ盾があった方がいいわね。私なんかが心配しなくても、騎士団が守ってくれるでしょうけれど」
ちょっと待ってちょうだい、と言い残して先生は部屋を出ていってしまった。
残された私は、懐かしい院長先生の部屋をぐるりと見渡す。
幼い子はこの部屋に入ってはいけないことになっていて、入れる年齢になった時にも結構嬉しかったのを覚えている。
その後でもあんまり入っていく所じゃなかったから、実は在院中にこの部屋に来たのは数える程しかないと思う。
とっても怒られる時か、とっても褒められる時の、どちらか。
最初に勤めたお店で釣り銭を盗った疑いをかけられた時のことを、懐かしく思い出す。
先生は私のお金の流れを説明して、私の部屋を家探しさせて、潔白を証明してくれたんだ。
あの時も、本当に頼りになる先生だと思ったし、迷惑かけないように頑張ろうと思ったんだよね。
今もその気持ちは変わっていない。
私を育ててくれたこの孤児院と、先生の為にも、胸を張って生きて行きたいんだ。
「おまたせ。これをあげるわ」
先生がくれたのは、このラミュート孤児院の紋章が刺繍された袖留め。
深緑の生地にオレンジの刺繍はラミュートカラーで馴染み深いし、すっごくかわいい。
「わあ! ありがとうございます」
「ミリアが刺繍をしたのよ。今は市場へ働きに行っていて居ないけれど、夜にはよく内職で色々と作ってくれるの。
腕を上げているから高く売れるし、とっても助かっているわ」
「そうなんですね。もしクッキーが余れば、ミリアにあげてください」
ミリアは大人しいけれど手先の器用な子で、そろそろ12歳になるんじゃなかったかな。良い仕事場に通えているならよかった。
次に来る時にはミリアに何か持ってこようと心に決める。
「騎士団で仕事をする時にはそれをしておきなさい。
この孤児院の出身者だと、分かる人には分かるし、それによって私や、私の縁のある家が後ろに付いていると思って貰えるの」
「えっ、そんな。責任重大じゃないですか」
「ええ。それだけのものを背負って仕事をなさい。
でも、変にプレッシャーを感じる必要はないわ。
これは、あなたが軽んじられて、要らないトラブルに巻き込まれないためのものだから」
そう言われると、自分の腕にずっしりと何かの重みが加わった気がした。
「孤児院出身だって、バレちゃわないですか?」
「バレるも何も、みんな知ってるわよ。
それに、この孤児院は国の直営ですからね。その辺の平民よりも教育があるし国への敬意もある。
それを知らしめるためよ」
確かに、王宮へ行ってから孤児院出身だと馬鹿にされたことはない。
平民だと言われたことはあると思うけど。
「この紋章付きの袖留めに恥じない働きをなさい。それが、私の願いよ」
院長先生はいつもの優しい瞳で私をまっすぐに見つめてくれる。
氷色は冷たく感じるはずなのに、どうしてこんなに暖かなのだろう。その目に込められた期待を感じると、とてもとても嬉しくなった。
先生の期待を上回れるくらいに、しっかりと働きたいと思う。
そのためには、騎士団だけじゃなくて、掃除もきちんと頑張らないと。
「アドバイスありがとうございました。
私、これからも頑張りますね!」
決意を新たにし、部屋を辞してからはしばらくぶりに会う子ども達と遊ぶ。
年上の子達は仕事へ行っていて居ないけれど、幼い子たちと遊ぶだけでとても癒される。
みんな、私の大切な家族だから。
夕方までなんだかんだとウロウロして、遊んで小さい子の面倒を見て、ちょっと掃除して。
「エリシア姉〜また来てね〜」
名残惜しいけれど、優しくて大好きな院長先生と、可愛い子ども達に見送られて寮へと帰った。
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