10.夜の騎士団食堂
その日の夜の騎士団内では。
「うお、シュミットどうしたんだよ、身体は大丈夫なのか?」
任務後の反動痛で休んでいるはずのシュミットとゴウエンが相次いで食堂を訪れたことで、その場は騒然となった。
「いやあ、女神さまが俺の反動痛をぜーんぶ無くしてくれたからさ!」
こくり
たまたま同じくらいの時間に来たクラウゼも会話に加わる。
「エリシアちゃんだろ? あの子のマッサージは本当に凄いよな」
「マジでよく効く。ただ、信じられんくらい痛いけど。最近来たのか?」
「ああ、俺が紹介したんだ。あれでただの掃除婦だっていうから、びっくりというか、勿体ないよな」
「そうだよな! こんなに身体が軽いなんて、魔法の練習が始まる前にしかなかったよ」
ワイワイとエリシアを褒める会話を続けていると、自然と周りに人が寄ってくる。
「そんなに効くのか?」
「もちろん! だって、俺がこうやって自分で歩いて食堂に来てるんだぜ?
一昨日までは起きていることすら出来なかったのに!」
先輩後輩関係なく、痛みが無くなるという話はものすごく気になる。
特に歳を重ねている方が深刻な問題なので、後輩の話の輪の中に入るほどではないものの、耳だけはかなり真剣に聞いている者も多い。
「それで、どこへ行けばマッサージして貰えるんだ?」
興味津々で訊いたのはクラウゼの同期で眼帯の男、キース。
「俺の所へは、ルーィ先生が連れて来てくれましたよ」
シュミットがそう言い、ゴウエンも頷く。
「俺は掃除のルートを知ってるから、昼休みにやってもらったんだ」
「それなら、俺が行ったらやってくれるかなぁ」
厳格な軍医のルーィ先生に直接言いに行く勇気は無くとも、女の子に声を掛けるだけなら全然出来る。
「ダメですよ! 俺の女神の昼休みを奪うなんて!」
先輩相手でも、シュミットははっきり反対する。俺の女神様のためだから!
「一応言っとくけど、めちゃくちゃ痛いぜ?」
「地獄ッスね!」
2人は明るく言うが、その底抜けの明るさと遠くを見るように虚ろな目を見ていると、どれだけ痛いのか想像も出来ない。
「地獄とは言うが、今の俺の身体も充分過ぎるくらいに痛いからな。これ以上になった所で関係ないだろ」
「反動痛で意識が無くても無理やり起こされるレベルの痛みを俺は初めて感じました。
もちろん痛いけど、その後に圧倒的な効果があるって分かっているから耐えますけどね」
横で頷きながら淡々と食事を進めるゴウエンは、話せるようになったとは言え日頃からほぼ喋らない男。
「かなり痛いです」
それがわざわざ口を挟むのだから余程なのだろう。
「だが、彼女の腕は本物だ。俺が見出したのだから、保証するぞ」
これだけ絶賛される才能を見つけ出したクラウゼは、自分が褒められている訳でもないのに得意げだ。
「また痛くなったら女神のマッサージをお願いしようと思ってますよ。地獄ですけど」
ははは、と軽く笑うシュミットは、引退すら考えるほどの反動痛だった。
それを救ってくれたのだから、彼女は正しく『女神』。
いつまでも続く反動痛という名の地獄に現れ、更に激しい痛みの地獄へとたたき落としながらも、最後は痛みの全てを取り除いてくれる女神。
日々魔法を使って魔物と戦い、反動痛を当たり前のものとして生きていく魔法騎士団の中で。
彼女が『地獄の女神』と呼ばれる日は、そう遠くない。
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