99.職人技
翌朝。ムギナが学院に掛け合ってくれたお陰で早速職人たちがナンテの小屋の前にやってきた。
当然ナンテも玄関先で準備万端、待機して彼らを歓迎した。
「おはようございます。皆さん。
本日はようこそお越しくださいました」
「「……」」
「? えっと、私がこの小屋の住人のナンテです。
よろしくお願いします」
「「……」」
「??」
ナンテが職人たちに挨拶するも、彼らは返事をするのも忘れて呆然と小屋を見ていた。
え、そんなに変だっただろうか。
ムギナからは貴族の別荘みたいとお墨付きをもらったので大丈夫だと思っていたのだけど。
「あの皆さん、どうかしましたか?」
「え、あぁ。すみません。
あっしらは老朽化した小屋の修繕だと聞いていたもので。
こんなに立派な家だとは思っていなかったんです」
「あぁ」
3度ナンテが話しかけるとようやく返事が返って来た。
どうやら想定していた小屋とイメージが違い過ぎて困惑していたらしい。
まあ確かに老朽化した家というより、建築中の家にしかみえないだろう。
「実は前にあった小屋は老朽化が進み過ぎていて取り壊したんです。
で、新しく建てたものの、家具と塗装は手に負えなかったので皆さんにお願いしたいのです」
「なるほど。中に入ってみても?」
「ええ、どうぞ」
特に隠すものも無し、職人たちには自由に家の中を見て回ってもらう。
その中で職人たちは早くも幾つもメモを書き上げ、どう仕事を進めていくかを思案しているようだ。
1時間後。
彼らは満足した様子で家から出て来たと思えばナンテに質問を投げかけた。
「この家を建てたのはどこの職人ですか?
こんな立派な造りは王都でも滅多にありませんよ」
「壁に使われているレンガも王都のレンガ工房のものとは規格が違う。
あれよりも頑丈で、なにより呼吸のようなものを感じる。
こんな生命力の溢れる家は初めてです」
「はぁ」
呼吸などと言われてもナンテには心当たりが……あ、あった。
この家にはナンテの耕した土を使っているのだから家の形をした畑と考えれば、生きてるとか呼吸してるとか言われても「そんなこともあるかな」と思えてしまう。
まあ別に勝手に動いたり喋り出したりする訳ではないので問題ない。
「それで、作業には移れそうですか?」
「はい。扉と窓については設置個所の確認と寸法出しを終えました。
意匠や材質に拘らないのであれば明後日には設置出来ますが如何致しますか?」
「ではそれでお願いします」
仕事が早い。これは腕にも期待できそうだ。
ナンテも期待を込めて頭を下げる。
「塗装は今持って来ているのではこの壁には合わないのでこの後すぐに取り換えてきます。
今日一日で塗り上げれば、明日の夜までには乾くでしょう」
「そんなに早く出来るのですか!?」
「へへ、そこは職人の腕の見せ所ですよ。
それに塗装が終わらないと家具の設置も出来ないですからね」
ニカッと笑いながら腕に力を入れて自慢する職人。
ナンテがやれば内装だけで数日掛かりそうだったので、その腕前は確かに称賛に値するものだ。
他、細かい要望などをナンテの方から伝え、特に問題は無いようだったのでそのまま作業に取り掛かってもらう事になった。
「ではよろしくお願いします。
私も小屋の周囲で作業していますので何かあれば気兼ねなく声を掛けてください」
「「はい!」」
気合の入った様子で職人たちはそれぞれの作業の為に飛び出していった。
その背中を見送っていると今度は寮監が様子を見にやって来た。
「おはようございます。
作業は順調ですか? ……あらあの建物は?」
「おはようございます。寮監さん。
あれは学院から私が住むようにと指示された小屋を改修したものですよ?
ちょっと建て替えてしまってますけど場所は間違いないですし問題ないですよね」
「ちょっと……ちょっとね。ふふっ、そうでしたわ」
寮監はちょっと考えた後、可笑しそうに笑って現状を黙認することにした。
なにせ今回の学院からの指示には寮監も腹に据えかねていた部分があったのだ。
それがこんな形で反撃できたとなればこれ以上はないだろう。
(どちらかと言うと他の生徒にどう説明するかが問題ね)
なにせ他の生徒たちが寮の1室なのに対してナンテは家1軒なのだ。
元のボロ小屋なら同情や憐みの目で見られるだろうけど、これではちょっと。
贔屓だと文句を言われるのは目に見えているし、自分も同じ待遇にしろと言ってくる人も居るだろう。
「ナンテさん。
この小屋……小屋?がここまで綺麗に改修されたことを他の生徒に知られないようにすることは出来るかしら」
ダメ元で聞いてみるが、言いながらやっぱり無理だろうなと思う。
しかしナンテは明確に無理とは言わなかった。
「鳥避けの結界の応用で、遠くからは良く見えないようにすることは出来ます。
が、近くまで来られると効果がありません。それでも良いですか?」
「ええそうね。ひとまずはそれでお願い」
「分かりました」
鳥から畑を守る方法は幾つかあるが、その内の1つで光の屈折を利用してあたかもそこに何もないように見せると言うものがある。
幸いナンテの小屋はその外側にナンテが廃材で作った塀と門があるので、その外からなら普通にしてても小屋の2階部分が見えるだけ。それくらいなら隠すのも難しくは無い。
ただもちろん、門より中に入って来られたらバレてしまうのだけど。
「時間が稼げればこちらで対策を考えておきます」
「すみません。お手数をお掛けします」
「元はと言えば学院側のせいですからね。ナンテさんは気にしないでください」
こうして小屋が立派になり過ぎたという問題は保留になった。
そしてしばらくして塗装職人が塗料の入った樽を2つ抱えて戻って来た。
「お待たせしました。
こっちが内装用で、こっちが外壁用です」
一応使用前にナンテに見せてくれた。
外壁用と示した方はナンテの要望通り白いペンキで、内装用の方は「落ち着いた色合いで」と漠然と伝えていたのだけど、よく分からない色だ。
だけどここは職人の腕を信じることにした。
「では始めますからちょいと下がっててください」
彼はナンテを下がらせるとまずは内装用の塗料を抱えて家のすぐ前に立った。
そして徐に魔法を使い始める。
「【フローティングヴェール】」
ナンテは初めて聞く魔法だけど、効果は一目瞭然だ。
樽の中から塗料がスライムのように動き出したかと思えば、家の中に飛び込んでいった。
外からでは見えなかったが、飛び込んだ塗料は家中に薄く広がり床や壁、天井に満遍なく塗られていった。
そして余った分はきちんと樽の中に戻ってきた。
所要時間にして30分程。
「ふぅ~。これで内装は終わりです」
「ご苦労様です。
最初、刷毛などを持っていないからどうするのか疑問だったのだけど、見事なものね」
「へへ、ありがとうございます。
まぁここまで一気に出来るのは新築に限りますけどね」
今回は家具の類がまだ一切無かったから気兼ねなく魔法が使えたということらしい。
「じゃあ普段はどうしてるの?」
「塗装する場所まで行って、細かく指示しながら塗っていきます。
ぶっちゃけ刷毛で塗るのと時間は大して変わらないですね」
ナンテに答えながら、その場に座り込んでしまった。
どうやら先ほどの魔法はかなり魔力と神経を使うものだったらしい。
「お茶を淹れるから少し休憩にしましょう」
「助かります」
ひと休みしたら次は外壁の塗装だ。
こちらの方が構造がシンプルな分、楽らしいのだけど、それでも終わる頃には汗だくになっていた。




