98.学院寮の食堂にて
ナンテからの倉庫に眠っている家具を譲って欲しいという願いは「学院に確認してみるけど多分大丈夫」というお墨付きを寮監から貰えた。
「卒業生たちも『下級生や次来る子に使わせればいいじゃない』って言ってたので大丈夫でしょう。
倉庫を圧迫しているのも事実ですからね」
もしダメだったとしても本来寮の備品として購入した家具も倉庫に眠っているので、それなら絶対に文句を言われる心配はないとのこと。
「ただ今日はもうすぐ夕食の時間ですし、運び出すのは明日以降にしましょう」
「はい。あ、それと今ムギナに小屋の修繕の為に職人を手配してもらえるように学院に交渉してもらっているので、上手くすれば近日中に職人たちが来るはずです」
「分かりました。寮生たちには連絡しておきましょう」
職人たちが何か問題を起こすとは考えられないけど、事前連絡をすることで無用な騒動が起きないようにするのは大事だ。
報告・連絡・相談。それと根回し。それが円滑に社会で生きる知恵である。
そしてこれで話は済んだのでお暇しようかと思ったところで寮監から提案された。
「ナンテさん、夕食はどうするのかしら。
部屋は別とは言っても食事はナンテさんの分もありますから一緒に食堂に行きませんか?」
「はい。ぜひご一緒させてください」
ここまで話している中で寮監が立派な人であることは理解出来ていた。
領地から出て、ムギナに続き2人目の良き友人となって貰えたら良いなと思い、ナンテは二つ返事で了承した。
ただ今すぐというのはちょっと問題があった。
「あ、でも出来たらムギナも一緒でも良いですか?」
「もちろん構いませんよ。
では準備が出来たらまたここにいらしてください」
ムギナに仕事を任せた手前、それを放って自分だけ食事をするのは違うなと思い待ってもらう事にした。
彼女ならそういう意図もきちんと汲み取ってくれるだろうという期待もあった。
そして一度寮を出たナンテは学院へと続く道を進んだ。
もし学院側が無理を言って交渉が難航していたら自分も参加した方が良いかもしれない。
しかしそれは杞憂だったようだ。
「あ、ナンテさーん」
向こうから元気そうにそれでいてお淑やかに手を振りながら歩いてくるムギナの姿があった。
ナンテも急いで駆け寄って合流する。
「ありがとうムギナ。それで首尾は?」
「はい。明日の朝から職人の方々に来て貰えることになりました。
ついでに費用は学院持ちです!」
「すごい!」
王都の職人に仕事を依頼したらそれなりに掛かるだろうと心配していたので、それが無料になるのはありがたい。
それにしても守銭奴、かどうかは分からないけど、ナンテに入学金を払うように言って来た学院が金を出してくれるとは思わなかった。
一体どんな交渉をしたのだろうか。
「寮は学院の設備です。
それに不備があって修繕が必要なのですから学院が全額出すのは当たり前です。
それに私、まだ怒っているんですよ」
「え?」
一体何に怒っているんだろうと思ったら、ナンテに対する処遇についてだった。
「叩けば崩れる程、老朽化が進んで危険な建物にナンテさんを住まわせようとするなんて!」
「あ、うん。まぁ」
そういえばムギナは解体前の小屋は見ていないのだった。
確かにボロボロで人の住める状態ではなかったけど、ちょっと叩くだけでどうこうと言う程では無かった気がする。
まあナンテに掛かれば1撃で崩れ去ったので大した違いは無いのかもしれないけど。
いずれにせよ生徒に住まわせるならその前に修繕するのが学院の義務であろう。
興奮冷めやらぬ感じのムギナを宥めながらナンテはこの後の予定を話した。
「まあ寮監さんとお夕食ですか。素晴らしいですね。
私もあの方は好きですわ」
「良かった」
ムギナも寮監とは何度か会っていたらしく、喜んで夕食を一緒に摂ることに同意してくれた。
そして寮監と3人連れ立って食堂へと入ると、既に何人かの寮生が食事をしていた。
「寮の夕食は17時~20時の間なら好きな時間に来て食べられるのよ」
説明を聞きながら一緒に配膳の列に並ぶ。
料理は1択。食べられないものは抜いてもらったり、量の増減が可能らしい。
ちなみに今日の献立はハンバーグセット。パンとスープとサラダはほぼ毎回固定だそうだ。
料理を受け取り空いているテーブルに陣取って食事を始めつつナンテは気になった事を聞いてみた。
「食堂には男性もいるんですね」
「ええ、そうよ。
寮は男子寮と女子寮、そしてそれを結ぶように食堂とサロンの共有部分で出来ているの。
共有部分にはだれでも自由に出入りして構わないわ。
もちろん男子寮側にあなた達は入れない、女子寮に男子は入れない決まりよ」
「なるほど、それと男女で一緒に座っている所が多いようですが、何かそういう決まりがあるのですか?」
「えぇあれはその……」
ナンテの質問に寮監が言い澱む。
なにか良くない事を聞いてしまっただろうか。
しかしその答えは別の方から勝手にやって来た。
「やあ、こんばんは。お隣は空いているかい?」
「?えぇ。特に誰かが来る予定はないわ」
「なら失礼するよ」
ふらりとやって来た男子たちがナンテとムギナの隣へと座った。
まあここは共有の食堂だ。何処に座ろうと彼らの自由。
ただ他に空いているテーブルは幾らでもあるのになぜここに、しかも知り合い同士っぽい男子と分かれて座ったのか。
(もしかして私達を狙ってる? その証拠に向かいに座る寮監の目が鋭いわ)
ナンテの予想はある意味合っていた。
彼らの狙いはムギナ、とついでにナンテだった。
その証拠に食事もそこそこにムギナに話しかけて来た。
「ねえねえ、君達見ない顔だよね。今年入学の新入生?」
「はい、そうです」
「やっぱりね~。
あ、俺はカライ。そっちはムカタラ。1つ上の2年だ。
君たちは何て言うの?」
「ムギナと申します」
「ナン……」
「ムギナちゃんか。良い名前だね!」
カライと名乗った男子はナンテの事を無視して話を進めた。
その瞬間、ムギナからカライに対する評価は1段下がっていたが、カライは気付いていない。
一応ムカタラと呼ばれた男子がナンテの方にそっとフォローを入れてるが、一度下がった評価はそう簡単には回復しない。
なおも続けられる中身の薄い雑談に空返事をしながらナンテ達は食事を終えた。
「ごちそうさまでした。
それではお先に失礼しますね」
「え、あ、ちょっと!」
寮監も含めて3人は空になった食器を持って早々にその場を後にした。
残された男子たちはまだ全然食事が残っているし、食べかけで席を立つのはマナー違反なので追うに追えなかった。
そして寮監の部屋へと戻って来た3人は口直しにとハーブティーを頂くことにした。
「あ、これ前に飲んだのと味が違いますね」
「分かりますか?
これはカモミールティーです。
リラックス効果があるので夜にお勧めなんですよ」
「へぇ」
博識な寮監に感心しながらも香りを楽しむ。
ほっと一息ついたところで。
「それでさっきの男子は何だったんですか?」
「あれねぇ。良く言えば婚約者探しをしに来てたのよ」
「良く言えば? じゃあ悪く言うと……」
「ただのナンパね」
ナンパ。あまり聞かない言葉だけど、たしか(主に)男性が初対面の女性を口説く行為のことだったはず。
都会の庶民の間で時折行われるもので、貴族社会には無縁のものではなかっただろうか。
「ここって貴族が多く通う学院ですよね?」
「そうよ。だからナンパとは呼ばずに婚約者探し」
「婚約者って親が決めるものじゃないんですか?」
「あら」
「まぁ」
ナンテの質問に寮監だけでなくムギナまで驚いていた。
どうやらここではナンテの考え方の方が少数派なようだ。
「ナンテさんは知らなかったのね。
確かに通常の婚約は家同士で決めるものよ。
だけど最近では学院を卒業するまでは婚約も婚約破棄も本人達が行う事を黙認されているの。
そのお陰で多くの学院生が毎月のように婚約と婚約破棄を繰り返しているわ」
「はぁ。そんな婚約に一体何の意味があるのでしょう」
「そうね。何の意味も無いわね」
思わずと言った感じでナンテの口から出た言葉に寮監はあっさりと同意した。
明日着る服を選ぶように婚約者を変えるのだから、そこに有益な人間関係などありはしない。
きっと茶飲み友達の方がまだ強固な関係と言えるだろう。
「先ほどの様子からしておふたりは大丈夫だと思うけど注意してくださいね」
「「はい」」
寮監の言葉にナンテ達はしっかり頷いた。
都会のそんな変なゲームに巻き込まれる気はないのだ。
やっとここまで戻って来れました。




