97.残りの作業はプロにお任せ
無事に家の壁と屋根が出来たところで、日暮れまであと2時間ほど。
今日はもう少しで作業を切り上げないといけないだろう。
だけどやらないといけない事はまだ沢山ある。
まず扉や窓を付けなければならない。
今のままだと横殴りの雨とかは防げないし、防犯と言う意味でも(学院の敷地内だから大丈夫とは思うけど)無いと困る。
続いて家具。
野営用の物はあるけど実用重視で見た目が余り宜しくない。
折角の新居なのだから相応に見栄えのするものを用意したい。
特にベッドやクローゼット、鏡台なども貴族令嬢の住む家としては必須だろう。
後、これは急ぎではないけど外壁の塗装も出来るならやりたい。
今はむき出しの土レンガなので、家というより倉庫のような無骨さだ。
ナンテ以外誰も来ないのであれば、このままでも良いかなと思ってしまうが、ムギナを始め友達を呼ぶと考えるとちょっといけてないだろう。
(そう、友達が招待されて喜ぶようにしないと)
友達の令嬢の代表はもちろんムギナである。
というか早くもナンテの中でお嬢様と言ったらムギナを指す代名詞になりつつあった。
だから清楚な家にしようと思えばムギナのイメージカラーである白を基調に塗装しようと思う。
だけどそこまで考えてため息が出た。
「問題は、このどれも今の私じゃ無理ってことなのよね」
指折りやることを挙げた後の結論がこれだった。
その発言を聞いてムギナはちょっと驚いた。
「てっきりナンテさんなら最後まで全部お一人で出来ると仰るのかと思ってましたわ」
「やりたいのは山々なんだけどね。正直能力不足なの」
例えば最初に端材で作った門であれば見た目度外視で良かったので大丈夫だったのだ。
しかし、家の扉は言い換えると家の顔だ。不細工な顔など見られる訳にはいかない。
それに扉は微妙なズレがあるだけで上手く閉まらなかったりギーギー音がしてしまったりする。
テーブルや椅子も足の長さを揃えられないとガタガタと不安定になったりしてしまう。
なによりも、お洒落なものを作るのにはセンスが大事なのだ!
ど田舎出身で勉強はしてきたがそれ以外は農民並みに畑仕事ばかりしていたナンテに芸術を求められても困る。
「という訳で、あとは専門家の力を借りましょう」
「具体的にどうされるのですか?」
「扉や窓、塗装については学院側に掛け合って、専門の業者に来て貰いましょう。
もしかしたら学院お抱えの所とか紹介してもらえるかもだし。
壁と屋根は出来てるのでこれ以降は多少時間が掛かっても仕方ないわ。
雨風は最悪、布を張って凌ぐって手もあるし。
家具についてはちょっと当てがあるの」
「ふむふむ。それでしたら学院側への交渉は私が引き受けますわ」
「本当!? それは凄く助かるよ。
期日は出来れば入学式まで。でも無理は言わないで。やっつけ仕事をされても困るし。
予算は上を見たらどこまででも行きそうだから極力抑えて、中古品なんかがあれば積極的に使ってもらって良いわ」
「分かりました。では早速行って来ますね」
ムギナは清楚な見た目に反して行動力は凄い。
やることが分かれば流れるように学院へと駆けて行った。
その後ろ姿を見てナンテは思う。
(私の走り方とは全然違うのよね)
あれこそがお嬢様である。
もう何度目か分からないけど、学院ではムギナの所作を真似て行こうと心に決めるナンテだった。
そしてムギナを見送ったナンテも行動を開始した。
「まずは私が居ない間の警備の強化ね」
呟きながら鍬を取り出したナンテは改めて家の周りをぐるりと耕していった。
と言っても別に畑にする訳ではない。
「殺傷力が強すぎるのは良くないし、踏み入れた人の足を拘束するくらいかな」
耕した場所にはナンテの魔力が通う。
他人から見ればただの掘り起こされた土の地面だけど、一歩踏み込めば底なし沼のようにズブズブと沈み、侵入者を動けなくするだろう。
これだけだと空を飛ぶ相手には無力じゃないかと思うかもしれないが、そもそも空を飛べる魔法使いはほとんど居ない。
だから心配する必要はまずないだろう。
「後は『この先私有地につき無断で立ち入りを禁じる』と」
きちんと立札も立てておく。
これでもまだ侵入してくるようならトラップで動けなくなっても文句は言わせない。
ひとまずこれでここで出来る事は終わったので後は家具の調達だ。
ナンテは寮へと向かい、寮監に会いに行った。
「こんにちは。寮監さん、いらっしゃいますか?」
「はいはい、ちょっと待ってくださいね。
あらナンテさん。どうされました?
やはりあの小屋で暮らすのは無理があったのかしら」
「そのことでちょっとお願いがあってきました」
「分かったわ。さ、立ち話もなんですし中へどうぞ」
「はい、失礼します」
寮監の部屋へと入ったナンテはその良く整頓された内装を見て感心していた。
決して豪華な家具は無いけれど、統一されたデザインと色味は住む人のセンスの良さを感じさせる。
「質素な部屋でごめんなさいね」
「いえ全然。とても素敵だと思います」
お茶を用意してくれている寮監に答えながら、自分以外にも良く誰かが来るのだろう、来客用の椅子へと腰を下ろした。
この椅子も座面に柔らかい布が付けてあって凄く落ち着く。
少ししてティーポットを携えて寮監が向かいの席に座ると部屋の中にハーブの爽やかな香りが広がった。
「ミントティーですか?」
「ええそうよ。ナンテさんはハーブに詳しいのね」
「多少聞きかじった程度です」
淹れてもらったお茶の香りを嗅ぐとスッと鼻の奥が澄み渡る気分にさせてくれる。
そうしてリラックスしたところで、話を始めることにした。
「それで今日ここに伺った理由なのですが、お察しの通りあの小屋についてです」
「やはり学院に抗議して今日からでも寮の空き部屋に移れるように手配しましょうか?」
「あ、いえ。場所はあそこのままで大丈夫です。
もう既に大分手を入れてスッキリさせましたし」
実際には丸々造り変えてしまったのだけど、確かにスッキリはしたので嘘ではない。
「ただ家具については全て新調しないといけないのですが、新しいものを買うとなるとお金が相当掛かってしまいますよね」
「そうねぇ。ナンテさんはご実家も遠いし、そちらから取り寄せる訳にもいきませんものね」
「はい。
そこで相談なのですが、寮の倉庫に卒業していった先輩方が置いていった家具とかあったら譲って頂けないでしょうか」
「まあ、そういうことね」
寮の各部屋には備え付けの家具がちゃんと用意してある。
しかしそこは貴族が通う学院の寮だ。
人によっては「他人が使ったものなんて使いたくない」とか「私に相応しい豪華なものでないと」と我儘を言って取り換えさせてしまう事がある。
その人達が卒業した時、持ち込んだ家具を実家に持ち帰るかと言えばそんなことはしない。
大半が処分は面倒だからとそのまま置いて行ってしまうのだ。
その後どうするかと言えば元の家具に戻すにしても戻さないにしても一式余ることになり倉庫に仕舞われる。
売りに出してしまえば良いじゃないかと言う意見も出たが、売ったお金をどうするかでまた揉める事になり、売るに売れない状態だ。
お陰で寮の裏手、つまりナンテの小屋の近くにある倉庫の中は不良在庫の家具でいっぱいになっているのだった。




