96.家を建てよう
無事に資材を確保したナンテはそれをひとまず門の外に積み上げた。
「ふぅ」
「あの、ナンテさん」
「なあに?」
「荷馬車をお借りすれば楽だったんじゃないですか?」
ムギナの指摘にあははーと笑うナンテ。
実は何も考えずに持って来た、という訳ではないのだけど、やっぱりそっちが普通かなと思う。
「いや実はお兄様から『学院に通い始めると運動不足になるから気を付けろ』って言われてたの。
実際、家を出てからこっち、まるで農作業をしてないから身体が鈍ってる気がして。
だから少しは運動しようと思ったんだけど……やっぱり変だった?」
「変というか、目立ってましたね」
振り返ってみれば材木店からここに来るまで、ほぼ全ての人がナンテに、というよりその背負っている材木に目を奪われていたと思う。
重量にして100キロはあっただろう。
そんなものを背負って軽快に歩く少女が居たらムギナだって驚く。
まあ出来るか出来ないかで言えば、ムギナも出来るのだけど。
それでも運動不足解消にやる事ではないと思う。
「それより、ちゃちゃっと小屋を建てちゃおう」
「はい。って、私達2人でですか?」
「ううん。それはちょっと難しいからムギナは下がってて」
「はい……あら?」
ムギナはてっきり2人では無理だから学院側と交渉して建築業者に依頼しよう、みたいな話なのだと思っていた。
しかしナンテはムギナを下がらせて自分1人で何かをしようとしている。
じっと目を閉じて両手を突き出したナンテの周囲には膨大な魔力が集まってきていた。
「難しいってもしかして、2人で協力してやるのがってことですか」
ムギナの呟きは、しかし集中し始めたナンテには届かなかった。
魔法と言うのは元来、イメージが大事になってくる。
その為、1人で行うのが一般的であり、2人で1つの魔法を起こそうとするとそのイメージの微妙な違いからまず失敗してしまう。
やるとしたら2人で別の魔法を使うことになるのだけど、その段どりを説明するのも時間が掛かる。
なのでここはナンテ1人でやってしまおうという話だ。
集中すること約3分。
遂にナンテは魔法を発動させた。
「【アースウォール】!」
土魔法【アースウォール】。
それは初級から中級に分類され、主に飛んでくる弓矢や魔法から身を守るために自分の身が隠れるサイズの土の壁を生み出す魔法だ。
ただしその1ランク上の【ストーンウォール】に比べ、組成が土なので脆くあまり役に立たないと言われている。
しかしそれをナンテが放つとどうなるか。
敷地内の耕された土がまるで重力を忘れたかのように空中に浮きあがったかと思えば、次の瞬間にはレンガのように成形され、見る見るうちに家の壁が出来上がっていく。
更にナンテは積み上げた材木に触れて追加の魔法を唱えて行く。
「【ウッドショット】」
たぶん植物魔法【ウッドショット】。
ムギナは聞いたことがない魔法だけど、名前からして木を撃ちだす魔法。
実際に今、ナンテの手元から建材が凄い勢いで建設中の家に飛んでいってるから間違いない。
その間も最初の魔法によってどんどん土のレンガが積み上がって行っている。
(まさかダブルスペル?)
異なる属性の魔法を同時に発動させるのはかなりの高等テクニックだ。
それを平然と使うとはいったい彼女の実力はどれ程なのだろうか。
彼女には初めて会った日から驚かされてばかりだ。
この様子だとこれからもまだまだ驚かされることが待っているだろう。
(きっとナンテさんとの学院生活は楽しいものになりますね)
ムギナはナンテの後ろでそっとこの出会いに感謝の祈りを捧げるのだった。
一方ナンテはそんなことは露知らず着々と小屋の建築を進めていた。
「よし、まずはこんなものかな」
開始から約1時間。
ナンテ達の視線の先には2階建ての立派な家が建っていた。
たった1時間で家が建つのも凄いが問題はそこだけじゃない。
「あのナンテさん。一般的にこれは小屋とは呼ばないと思います」
「え、もしかしてまた何かやらかした?」
いい加減自分の行動が常識から外れてるなと自覚し始めたナンテは恐る恐るムギナに尋ねた。
「はい。小屋と言うには立派すぎます。
貴族の邸宅としては確かに小さいですが、平民ならある程度成功した商人の家くらいの規模ですよ」
「あー、あー……言われてみれば?
ま、とにかく上手く出来たか中を見てみようよ」
「ええ、そうですね」
外側だけ立派で実は中身ガタガタでした、という可能性もゼロでは無いので、早速2人は中を見て行く事にした。
「扉や窓は付いて無いんですね」
「うん、材料が無いから」
壁はあれど、玄関扉があるべき場所はぽっかり空いた状態だ。
同様に窓に当たる場所もすっぽり空いている。
今なら風も鳥も通り抜け放題だ。
「ま、そこはまた後日用意するよ。今日明日は雨降らなさそうだし」
玄関入って右手が食堂だ。
もちろん今は家具の類は一切ない。
だけど6人掛けのテーブルが余裕で置けそうな広さだ。それだけ見ても小屋とは言えない。
その奥はキッチン。
ここも調理器具の類は無いので(仮)と言った様子だ。
続いて玄関から左手に応接室。
「一応言っておきますが、小屋に応接室は無いですからね?」
「あはは、うんまぁ、そもそも誰も私の家に遊びになんて来ないから、ここも(仮)ってことで」
実家を参考にしたので場所は確保したものの、今の所使う予定はない。
気を取り直して玄関正面の通路の先には洗面所。その左にお手洗いにお風呂。
「お風呂!?」
「うん。やっぱり寒い冬を乗り切るには有った方が良いでしょ?」
「そうですけどね」
ムギナはツッコミを入れるのを諦めた。
平民の家には風呂場は存在しない。お湯で濡らした布巾で身体を拭くのが精々だ。
貴族の家だってある程度裕福な所じゃないと無いかもしれない。
なにせお風呂の為に大量のお湯を用意するのが困難だからだ。
「お湯はどうなさるのですか?」
「魔法で用意する予定だよ」
「なるほど」
家を建てられる程の魔力を扱えるのだ。
湯船にお湯を張るくらい出来ても不思議じゃない。
ともかくこれで1階部分は終了だ。
続いて2階。
玄関から洗面所に行く手前で左に曲がった先にある階段を上り、すぐ右手に小部屋が2つ。
「書斎と執務室になる予定よ」
「そう」
もうツッコミは良いだろうと短く返事だけするムギナ。
通路進んで広めの部屋が2つ。
位置的には食堂とキッチンの真上だろう。
「ここが私の部屋で、隣は客室。
家具が揃ったら遊びに来てね」
「はい。楽しみにしておきますね」
後は倉庫と屋根裏に続く細い部屋があるだけだ。
一通り見て回ったふたりは改めて玄関から外に出てナンテの家を見上げた。
「結論から言いますと」
「うん」
「これは貴族の別荘ですね」
「おぉ~」
ムギナから頂いた高評価にナンテは手を叩いて喜んだ。
自分で見ても良い出来だと思ったけど、やはり他人からお墨付きを貰えると嬉しいものだ。
「ところで壁は全部土っぽいですけど、木材はどこに使ってあるんですか?」
「2階の床と屋根よ。
土だとどうしても縦に積み上げるのは良くても横に伸ばすのは無理があるから」
「なるほど」
玄関から改めて天井を見上げれば、確かに梁が木製だった。
2階の床は土レンガだったので多分あの梁の上に乗るようにしてあるのだろう。
余談ですが、家の間取りはスプシで線を引いて考えてみました。
挿絵として載せても良いのですが、今後の話で話題に出て来る事は無いかなと思うので保留にしてます。




