94.拠点準備
その日は流石に埃まみれのオンボロ小屋の中では寝られなかったので庭の一角を急ぎ開墾して野宿をすることにしたナンテ。
普通に考えればすぐ近くに王都の宿屋があるのだからそっちに泊まれば良かったのではないかと思うが、ナンテの頭にそんな発想は無かった。
そもそも辺境伯領からここまでも半分は野宿だったし、しっかりと耕した場所なら安宿のベッドよりも快適に眠れる。
翌朝、まだ日も登らぬ内からナンテは活動を開始した。
「ボロボロ過ぎて修繕は無理ね」
『だね』
ざっと外側から見て回り、さっさと結論を出した。
そして無理ならどうするか。
簡単だ。1度全部解体する。
先に周囲に防音結界を展開しておきお隣の寮に迷惑にならないように配慮する。
そのうえでナンテは鍬を振り上げ思いっきり小屋に振り下ろした。
「てりゃっ」
ドガシャッ
哀れ元からボロかったとは言え、あっという間に瓦礫の山になってしまった。
まあ特に思い入れがあった訳でもないので感慨も無い。
ナンテは魔法で石材と木材に分けて行き、石材を雑草が生い茂る外側に四角になるように飛ばしていく。
続いて木材の程度の良い所を選んで、寮から続く道の所に簡単な門を組み立てた。
「よし、これでこの区画は私のものね」
寮監からは小屋とその周囲の雑草が生えている範囲を自由に使って良いと言われたけど、明確な基準が無かったので、小屋の瓦礫を使って線引きをしたのだ。
その結果、元の小屋の優に6倍の敷地が確保できたことになる。
後から誰かが文句を言いに来ても、既に元の小屋は土台すら消え去っているし、むしろその土台で今の外枠が作られているので「元からこの範囲がそうでした」と言い返せる。
ともかくこれで区画整理は出来たので後は雑草を伐採して新たに小屋を建てるだけだ。
「おはようございます。ナンテさんいらっしゃいますか?」
門の向こうからナンテを呼ぶ声が聞こえた。
この清楚な感じは間違いなくムギナだ。
ナンテはすぐに門を開けムギナを迎え入れた。
「おはようムギナ。こんな朝からどうしたの?」
「あぁ良かった。あの後どうなったのかと気になっていたのです。
朝食にもいらっしゃらなかったし、寮監さんに聞いた所、こちらに居るのではないかということで来てみたんです」
「なるほど、心配してくれてありがとう」
「いえいえ」
ムギナの手にはバスケットが1つ。中身はサンドウィッチとお茶だ。
どうやらナンテの朝食を持って来てくれたらしい。
ナンテはテーブルと椅子を取り出して朝食を頂くことにした。
その様子を見ながらムギナはお茶を片手ににこにこしている。
「それにしてもナンテさんの【倉庫】の魔法は便利ですね」
王都に来る途中、【倉庫】の魔法の事は説明してあるし、何度か【倉庫】から道具を取り出したり収納したりする姿も見せていたが、何度見ても驚くものらしい。
なにせ同じような事が出来る【収納】魔法の使い手は神と呼ばれる上位存在と契約を結んだ勇者を始め数人しかいないはずだ。
最初ムギナが【倉庫】を見た時もナンテに「あなたは勇者だったのですか」と問いかけたほどだ。
もちろん、ナンテは勇者ではない。
「他の人には内緒にしておいてね」
「はい。ふたりだけの秘密です」
下手に知られると騒ぐ人も居るかもしれないので、こっちではこっそり使おうと心に決めた。
といっても絶対に秘密にしないといけないものでもないので、いざとなったら遠慮なく使うが。
朝食を食べ終えて、立ち上がり周囲を見渡せば雑草だらけ。
「ムギナ、手伝ってもらっても良いかな?」
「はい。元々そのつもり出来ました」
ムギナの手には例の草刈り鎌があった。
それを使えばここの雑草なんてあっという間だろう。
「って、本当にあっという間だった!」
「えっへん」
お嬢様姿のムギナが胸を張る姿はどこか笑いを誘った。
だけど実力は本物。ナンテがやるより数倍速く、しかも地面ギリギリの所で刈り取る匠の技!
刈った雑草は1か所に纏めてこれまたムギナの魔法で焼却。
「ムギナって火魔法も得意なんだね」
「はい。私の実家では雑草などをこうして灰にして肥料にしてたんです」
「なるほど」
雑草はそのままではなかなか土の栄養にはならない。
だから燃やして灰にするのか。
「ナンテさんの所は違うんですか?」
「私の所はそもそも雑草もあまり生えない荒れ地だったから」
魔物の森はともかく、領都周辺から北は碌に草も生えない荒れ地。
それをナンテのご先祖様達が何年も掛けて人が住めるようにしたのだ。
ナンテの畑だって魔物を肥料にする方法が見つからなければ早々に土の栄養が枯渇して草1本生えない死の大地になっていたかもしれない。
そんな話をしながらもナンテはせっせと地面を耕し、昼前には瓦礫で囲った範囲を掘り返してしまった。
「よし、後は肥料を与えて馴染ませれば畑になるわね」
「って、ナンテさんはどこに住むんですか?」
「あ……」
いつもの調子で畑創りに没頭してしまっていた。
慌ててナンテは鍬で地面に線を引いていく。
「こ、この辺りに寝泊まりできる小屋を作るわ。
大丈夫。小屋造りのノウハウもあるから」
ポテイト村の家はナンテが直接建てた訳ではないけど、何度も手伝いをしたし建てているところの見学もしてた。
気のいいおっちゃんがあれこれ建て方の説明もしてくれたので、勘所も分かっている。
あとは材料を入手するだけだ。
「王都なら材木店とかあるよね」
ということで王都へと繰り出した。
しかし2人とも王都は詳しくなかった。
なので途中で見つけた警邏っぽい人に道を聞いてみる。
「材木が欲しいのだけどどこに行けば買えるかしら」
「材木? お嬢さん達が使うのかい?」
「はい。小屋を作りたくて」
「小屋?(犬小屋とかかな)
それなら東通りにある材木店に行くと良い。
あ、いや。2人だけじゃ危ないし案内しよう」
「「ありがとうございます」」
親切なおじさん、もといお兄さんに出会えたようだ。
警邏の男性としては見るからに貴族のお嬢様と、侍女(?)の2人組なので放置出来なかっただけだ。
昼前のこの時間、人通りはそれなりにあるので色々な人が居る。
悪意ある者からすれば格好のカモだろう。
「お二人は学院生さんかな?」
「はい、今年から入学するんです」
「なるほど(やはり貴族か)
親御さんは入学式には出るのかい?」
「いえ、その予定はありません」
「それは残念だね。
(つまり地方貴族。それも徒歩で買い物となると有名なところではないな)」
歩きながら雑談で知り得た情報は他の警邏にもハンドサインで伝達。
ナンテ達の気付かないところで着々と特別警戒網が敷かれていた。
「よし着いたぞ」
案内されたのは事務所が付いた巨大な倉庫のような場所。
どうやらこの中が製材所兼資材置き場になっているようだ。




