92.最終関門。おかえりはあちら。
馬を後ろに庇うようにしながらムギナは盗賊たちを静かに見つめていた。
ちょっと速く走り過ぎたのか彼らとちょっと距離が開いてしまった。
これなら体制を整える時間もありそうだ。
「私はバクガ伯爵家の娘です。
領内で出た害虫の駆除は貴族の務め」
そう宣言するムギナの手にはいつの間にか草刈り用の大鎌が握られていた。
「ナンテさんはどうぞ下がっていてください」
「ううん、そう言う事なら手伝うよ」
元々ナンテとしてはどちらでも良かったのだ。
ムギナの手前、流血沙汰は避けた方が良いかなと思って逃走を選んだだけ。
だからムギナが戦うというのであればナンテに異論はない。
武器を構えながら害虫と呼ばれた者たちを見据える。
「ところでムギナはああいう害虫駆除の経験ってあるの?」
「はい。残念ながら私の領地には時々野菜泥棒や盗賊が出没しまして。
警備隊だけでは手が足りない場合、家族みんなで駆除して回るんです」
「へぇ」
どうやらナンテが思っている以上にムギナの実家は戦闘民族だったようだ。
ネモイ辺境伯家ではナンテ以外は自衛が出来る程度には鍛えていたが率先して前線に出る事は無かった。
まあ仮にも辺境伯なので自前の軍を持っているという強みもあったせいだが。
「それよりナンテさんの武器は鍬なんですね」
「うん。土も耕せるし害獣処理も出来るし便利よ。
鎌もあるけど収穫用のなのよね」
言いながら背中に差してある鎌を見せる。
ムギナの持っている大鎌が刃渡り1メートルを超えるのに対してナンテの鎌は20センチほど。
大人と子供、というより用途が異なるので仕方ない。
「それと同じの私も持っていますけど、害虫駆除では服が汚れてしまいますからね」
「うん。だから今回は鍬で戦うわ」
服が汚れるというのは、返り血で、という意味だ。
清楚な見た目で言ってることがかなりえぐい。
そんな話をしている内に盗賊たちもようやく追いついて来た。
彼我の距離は5メートルも無い。
それはつまりナンテ達の間合いだ。
「ふっ」
「ていっ」
短い呼気と共にナンテとムギナの姿が消えた。
それと同時に首を切り飛ばされて宙を舞う頭が3つ。しかし倒れた体は8つ。
その原因はナンテにあった。
「すごい。ムギナって戦い方も綺麗なんだ」
「私よりナンテさんの方が凄いです。
今の一瞬で5人も倒してしまうのですから」
ナンテの場合、鍬の形状からしてムギナの鎌のように首だけ切り裂くというのは難しい。
振り下ろして頭をかち割るか、突いて吹き飛ばすかのどちらかになってしまう。
いずれにしても頭部は見るも無残になってしまうのだ。
ともかくこれで残る盗賊は2人。
「ひぃぃ~~~」
「ば、バケモノ!」
一瞬にして仲間を殺されて盗賊たちは顔を青くしながらナンテ達を見ていた。
そして盗賊の親分が返り血1つ浴びていない清楚なままのムギナを見て何かを思い出したように叫んだ。
「まさかお前が噂の『純白の首狩り姫』なのか!!」
「その呼び名は不本意ですわ」
答えながらムギナは容赦なく残りの盗賊たちの首も刎ねてしまった。
もちろん鎌も含めて一切汚れてはいない。
静かになったところで改めて周囲に盗賊の仲間が居ないか確認する。
「これで終わりのようですね」
「近くに彼らのアジトがあると思うけど、探す?」
「やめておきましょう。
親分と呼ばれていた人も倒せたので、残っているのは下っ端だけでしょう。
家の方に伝書を飛ばしておきますので、探索はそちらに任せます」
言いながらムギナは魔法で矢文を作って実家へと飛ばした。
「じゃあ改めて王都に向かおう」
「そうですね」
ふたりは何事も無かったように街道に戻り、王都へと向かった。
ちなみに盗賊たちの死体は放置だ。
幸いにして街道から離れた場所に落ちているし、3日としない内に魔物たちが処理してくれるだろう。
その日の夜。
無事に次の町へと辿り着いたナンテ達は宿の食堂で一緒に夕飯を食べていた。
「やはりナンテさんはあのネモイ辺境伯家の出身だったのですね」
「うん、そうだけど、あのって何?」
ムギナがナンテのフルネームを聞いて嬉しそうに手を叩いているが、ナンテの方にはそんな風に感動される理由が分からなかった。
(悪評なら立ってそうだけど)
北方のど田舎貴族。
小麦が育たない僻地。
日常的に魔物の肉を食べている。
などなど、最近でこそ発展してきているが、それは極力喧伝しないようにしてたはず。
「ナンテさん。私の領地も5年前の大飢饉で窮地に立たされていたのです。
私の所は小麦の生産が盛んなのですが、そのほとんどが実を結ばず枯れてしまったのですから」
ムギナの口から語られる各地の様子はかなり大変なものだった。
「食べるものが無いっていうのは人にとって最も辛いことの一つですからね。
一切れのパンを求めて盗みを働く人や盗賊になって旅人を襲う人も居ました。
赤子のミルクの為に心を鬼にする母親も。
でも犯罪は犯罪ですから処罰しない訳にもいかず。
情状酌量の余地がある場合は後日罰金と言う形で落ち着けましたが、それでも平時であれば善良な方を大勢処罰しなければなりませんでした」
「そうだったんだ」
ネモイ辺境伯領でも多少は犯罪が増えたがそこまででは無かった。
この辺りは地域ごとの価値観の違いが関係している。
ネモイ辺境伯領は昔から貧乏というか食糧不足は当たり前。
少ない食糧で生き延びる為に町ぐるみで協力して助け合っていくのが常識。
対してムギナの実家を始め豊かな領地であれば貧富の差があるのが当たり前。
豊かなのはそれだけ努力したからであって、貧しい者が飢饉で苦しんでもそれは自業自得であって助ける義理などない。
結果としてのっぴきならない所になって犯罪に走るケースが増える。
もしかしたら今後のネモイ辺境伯領もそうなるかもしれない。
だからと言って貧しいままの方が良かったのかと言えば悩ましいところ。
「あの状況で各地に救いの手を差し伸べてくださったネモイ辺境伯には興味があったのです。
だからナンテさん。私とお友達になってください。
私はナンテさんのお心をそばで学ばせて頂きたいです」
ムギナの3年間の学院生活でも目標はずばりネモイ辺境伯。
あの窮地でなお他者を慮るその懐の広さ。
それこそが自領を豊かにする秘訣だと思っている。
同年代の子供が居るという噂は聞いていたのだ。
まさか入学前に会えるとは思っていなかったが。
「これからよろしくね」
「はい、こちらこそ」
こうして2人は友達になり、それから王都までの数日を一緒に過ごした。
そして無事に王都の学院に到着。
入学式までまだ7日ある。
その前に寮に向かう。学院は全寮制なのだ。
「ナンテ・ネモイ辺境伯令嬢?
変ですね。名簿には載っていませんが」
「「ええっ!?」」
寮監で部屋番号を聞いてみたところ、まさかの答えが返ってくるのだった。




