91.出会いの第三関門
領都を出て2日目の昼頃。
ナンテは道なき道を身体強化を使いながら駆け抜けていた。
進行方向は南東。
王都はネモイ辺境伯領都から見てほぼ真南にあるので大分ずれていたが別に迷子ではない。
「入学式には数日余裕があるし、行った事が無い場所を通って行きましょう」
以前冬将軍に会いに行く為に領地から出た時は南西に向かったので今度は南東という訳である。
一応冬将軍からの帰り道で東側も通ったはずだけど、進行方向が逆なら見える景色も違うものだ。
ナンテは興味津々に周囲の動植物に目を向けながら、速度を緩めることなく走り続けていた。
「昨日みたいに変な待ち伏せが無いと良いね」
『あっても気にせず走り抜けばいいんじゃないかな』
「それもそうだね」
もし仮に前を塞ぐように人が出て来たら跳んで避ければ良いだろうし、間違ってぶつかってしまうと相手は馬車に撥ねられた時みたいにただでは済まないだろう。
そんなことにならない様にと、ちゃんと周囲を警戒しながら走っている。
お陰で幾つもの気配がナンテの探知に引っ掛かっていた。
「あっちのはゴブリン、そっちもゴブリンかな。
向こうのは狼系の魔獣だと思う。
まぁどれも進路から外れてるから無視で良いよね」
見つけた端から討伐していったらキリがないし、別にナンテはバトルジャンキーではない。
食料もまだ十分にあるので今は先に進むことを優先することにした。
走りながら思うのは魔物の森以外でも魔物が増えたなということと、ゴブリン以外も多く居ると言う事だ。
「この数が多いのはきっと蟻の魔物ね。近づかれると面倒そう。
そして真っすぐ行った先に居るのは……人間?」
もしかしてさっきの待ち伏せ云々って話が早くも現実のものになってしまったのかと思ったけど、どうやら違うようだ。
今度の気配は10人以上。なら普通に盗賊だろう。
「無視して迂回しても良いんだけど……誰か襲われてる?」
ナンテの視線の先には東西に伸びる街道が現れ、その街道を塞ぐように綺麗とは言い難い身なりの男たちがこちらに背を向けていた。
普通待ち伏せをしている最中なら街道の脇に隠れているだろう。
それがのこのこ出て来ているってことは獲物が既にそこに居るってことだ。
ナンテは気付かれないように気配を消しながら回り込んでみた。
すると男達に対峙するように1人の少女が小柄な馬を連れて立っているではないか。
「あの、そこを通りたいので道を空けて頂けませんか?」
つばの広い麦わら帽子を被った少女は、まるで状況を飲み込めていない感じで丁寧に話しかけていた。
その話し方と言い、綺麗な仕草と言い、間違いなくどこかのお嬢様だろう。
男達も同じ感想を抱いたようで下卑た笑みを一層深くしながら答えた。
「ここを通りたかったら通行料を払って貰わないとなぁ」
「お金ですか?
ですが関税の徴収は役人のお仕事ですよ。
見たところ皆さんは違うようですが」
「おうよ。お役人様は多忙だからな。
こうして俺達が手伝ってやってるのさ」
偉そうに言っているが当然嘘である。
きっと小さな子供でも騙されないだろう。
しかしそのお嬢様はどこか感心したように頷いていた。
「そうだったのですね。
ただやはり役人の職務怠慢は良くありませんので後で叱っておかないといけませんね」
「あぁそうだな。気が向いたら後で俺達から話しておくぜ」
「あのぉ~親分。このやりとり何時まで続けるんですか?」
気が付けば長閑な空気になりそうだったが、盗賊の子分たちは焦れて来たようだ。
それを聞いて親分と呼ばれた男も気を取り直したようだ。
「俺達は役人ほど甘くはないからな。
有り金と荷物全部頂こうか。
ついでにお嬢様には俺達の相手をぶっ壊れるまでしてもらうぜ」
「「げっへっへっへ」」
その言葉を聞いて少女はようやく合点がいったと言わんばかりに手をポンっと叩いた。
「あぁ、皆さん盗賊だったのですね」
「今頃気付いたの!?」
「なっ、誰だ!?」
「あっ、見つかっちゃった。まいっか」
少女の言葉におもわずナンテがツッコミを入れてしまった。
そんなことをすれば当然、盗賊たちに見つかってしまう。
ナンテは失敗したなぁと思いつつも隠れていた茂みから出て少女の横に立った。
そしてそのまま少女に手を差し出す。
「こんにちは。私はナンテ。あなたは?」
「ムギナです。ナンテさんはどうしてここに?」
「王都の学院に行く途中なの」
「まぁ、それなら私と一緒ですね」
にこっと笑って握手しながら自己紹介。
同い年くらいだからもしかしたらと思っていたけど、彼女は自分と同じ新入生らしい。
ナンテは国内の他の貴族とは全く縁が無かったので同年代の知り合いも居なかった。
なのでこの出会いは実に幸先が良かったのではないかと思う。
ただ気になるのは、小麦色に焼けた肌に動きやすさ重視のパンツスタイルのナンテと、透き通るような白い肌に麦わら帽子そして極めつけは楚々としたスカート姿のムギナ。
先ほどのやりとりを振り返ってみてもナンテとは余りにも違い過ぎた。
これでは仲良くなるのは難しいかもしれない。
でも折角の学院生活。友達の1人や2人欲しい所。ここは何とか好印象を持ってもらいたい。
などと悩んでいたら水を差す輩が居た。
「おいこらっ。突然出てきて俺達を無視するんじゃねぇ!」
「……あ、そういえば」
「いまやっと気づきましたって顔するんじゃねえよ。
もういい、お前ら。とっとと捕まえてお楽しみタイムだ」
「「へいっ」」
親分の合図でそれぞれの獲物をこれ見よがしにちらつかせながら近づいてくる盗賊たち。
普通の少女なら恐怖のあまり動けなくなってしまう所だろう。
しかし日頃から魔物を相手にしているナンテにとってはどうと言う事は無い。
ちらっと隣のムギナを見れば状況が分かっていないのか穏やかな笑みをキープしている。
(盗賊たちを討伐することは出来る、けどなぁ)
ナンテがその背にある鍬を抜けば、碌に訓練を受けてい無さそうな盗賊くらいゴブリンを倒すのと変わらない。
ただ絵面がちょっとスプラッタだ。
その現場をムギナが見たらナンテのことを恐怖の対象と見てしまうかもしれない。
それは避けたかった。だから。
「ムギナって走るのは得意?」
「ええ、それなりには」
「なら走るよ」
「はいっ」
ムギナの手を取ってナンテは南へと走る。連れていた馬もちゃんとついて来てくれた。
走り出して思ったのは、ムギナが意外と走れるということだ。
(そうだろうなとは思ってたけど見た目に囚われては駄目ね)
王都まではここからまだ数日掛かるのだ。
普通のお嬢様が歩いて行ける距離ではない。
馬に乗っていくならまだしもムギナは荷物だけを馬に持たせて自分は歩いていた。
そこから導き出される答えは相当体力に自信があると言う事。
今もナンテの走りに余裕で付いて来ている。
「くそっ、待ちやがれ!」
むしろ盗賊たちの方が足が遅くて引き離されている。
情けない盗賊たちだ。
このままなら振りきれるかなと思ったけど、意外な方向から待ったが掛った。
「あのナンテさん。あの盗賊たちは置いて行ってしまうのですか?」
「え?うーん、ここは私の領地でもないし討伐する義理は無いんだよね」
「そう言う事であれば、ここはまだ父の領地内です。
ですから私には討伐する義務がありますわ」
そう言うとムギナは足を止め盗賊たちに振り返った。




