90.第二の関門は君に決めた!
しばらくは街道を進んでいたナンテだったけど、ふいに遠くに何かが潜む気配を感じて立ち止まった。
潜んでいるのは恐らく人間。それも複数人だ。
「この先に誰かいるよね?」
『そうみたいだね。盗賊にしては人数が少ないような?』
ナンテの一人旅かと思いきや、実はいつものようにナンテの肩に乗る形でコロちゃんが同行しているので2人旅だった。
そのコロちゃんに確認すればナンテの考え通りの答えが返って来た。
この先の林に潜んでいるのは3人。
たった3人で護衛が付いている商人の馬車を狙うのはリスクが高い。
せめて6人は欲しい所だ。
盗賊の見張り役という可能性もあるが、それなら3人もいらないだろう。
じゃあ何がしたいのだろうか。……分からない。
目的は分からないけど気配で良くない人なのは分かる。
なら敢えて近づく必要もないだろうとナンテは街道から外れて迂回することにした。
「隊長さんにも警戒しろって言われたしね」
『もしもの時は僕が護るよ』
「そうならないように頑張ります」
などと軽口を言い合いながらするすると草藪の中を進んでいく。
この辺りは街道以外は林か今居る所みたいに1メートルくらいまで伸びた草が生い茂っている。
お陰で成長した今のナンテでも身を隠して移動するのも訳無かった。
ただ草藪に隠れて獲物を狙う動物や魔物も居るのでそれらとぶつからないように注意する必要はある。
「あら蛇さんこんにちは」
(チロッ)
言ってるそばから胴体の太さが10センチ近い大蛇とご対面した。
ナンテの記憶が正しければ、この蛇は毒のあるタイプで耐性が無い人は噛まれると数秒で全身が麻痺して最悪死に至る危険な蛇だ。
それでもナンテは慌てない。
呑気に挨拶をすれば蛇の方も二股に分かれた舌を出して頷く。
「お腹は空いてるかしら。向こうの林に獲物が居るわよ」
(シュルっ)
蛇は1つ頷くとナンテを襲うことなく、指し示された方へと音もなく去っていった。
ナンテはそれを見送りながらぼそっと呟いた。
「意外と通じるのね」
実は別に言葉が通じると思っての事ではなかった。
単純にお互いに殺意がなかったので穏便に済ませられれば良いかなと思って、いつもホルスティーヌ達にしているように話しかけてみただけだったのだ。
ちなみにもし蛇がナンテを襲った場合、ナンテの今日の夕飯が蛇の蒲焼になっていた事だろう。
後からちょっと勿体なかったかな、なんて思うナンテだった。
一方その少し後。林の中に身を潜めていた3人はと言うと。
じっと街道の北の方を監視しながら駄弁っていた。
「しっかし、本当に来るんですかねぇ。
仮にも貴族のお嬢様でしょう? 護衛の騎士とか居たら俺達じゃ手が出せないですよ」
「安心しろ。あそこは国内有数の貧乏貴族だ。
毎回子供が学院に行く際には徒歩で行かせるのも有名な話だろう。
都内に潜伏させている仲間からは今朝出発する予定だって話だったから間違いなく来る」
「え、じゃあここを通るのは夕方か遅かったら明日じゃないですか。
今まだ昼過ぎっすよ。
ここを通ったのなんて商人の馬車1台だけですし、適当してたって見落とすことなんて無いですよ」
言いながら下っ端っぽい男は近くの木に背中を預けてあくびをした。
今日は快晴で3月にしては暖かな陽気だ。
絶好の旅日和だしそのお嬢様だって今頃鼻歌でも歌いながら街道をまっすぐ進んでいるだろう。
「これで目標の子供を捕まえて連れて行けば金貨50枚だって言うんだから楽な仕事っすよね。
ね、リーダー。リーダー? あれ寝ちゃったんすか」
「……」
呼ばれた男は地面に腰を下ろし、背中を藪に食い込ませながら無言で俯いていた。
その表情は帽子を被っているせいで窺い知ることは出来なかったが、両手がだらりと下がっている様子からも熟睡しているのは確かなようだった。
「まぁこの天気だと眠たくなるのも分かりますけどね。
でもそれなら今夜の見張りはリーダーに長めに担当してもらいましょう。ね、デッドさん」
言いながら振り返るが、そこにはさっきまで会話していた先輩の姿が消えていた。
それが意味するところはつまりあれだ。
「まったく。
小便行くときは一声掛けてから行けっていつもデッドさんが言ってる事じゃないですか。
退屈なんですから早く戻ってきてくださいよ」
さっきまでデッドが居た方向に声を掛けるも返事は無い。
どうやら大分遠くまで行ってしまったようだ。
そこから導かれる答えはひとつ。
「うんこですか?
昨日地面に落ちた肉を拾って食ってたからそのせいでお腹壊したとか?
もぉ意地汚いんですから仕方ないですねぇ」
ぼやきながら街道の監視を続ける。
なにせまだ来ないことは分かっているが流石に全員監視をサボるという訳にはいかないからだ。
もし万が一警備隊が通りかかって見付けられたら計画が台無しだ。
捕まれば投獄はもちろん、犯罪奴隷にされたり領主の娘を狙っている事がバレれば死刑だってあり得る。
そうならない為にもここはきっちり自分が頑張らねばと気合を入れるのだ。
だけどまぁそうは言っても今日は良い天気だ。
多少木々に隠れているけど視界いっぱいに広がる青空を見ていると段々眠くなってくるものだ。
「デッドさん、もううんこから帰ってくる頃ですかねぇ。
そういえば前の町で街道を外れるなら丈夫なブーツを履いて行けって言ってたのは何だったんですかねぇ」
そう呟きながら男は静かに意識を手放した。
その足元には大蛇が音もなく滑るように動いていた。
その日の夕刻、領都で捕まえた男から情報を聞き出し現場にやって来た警備隊が見たものは、脇腹を食い破られて心臓と肝臓を食われた3人の死体だった。
「これは恐らく眠りミズチの仕業だな」
「眠りミズチって講習で教わったあれですか」
「そうだ。この辺りで危険度No.1の毒蛇だ。
眠らせたように獲物を毒で仕留めるからそう呼ばれている。
抵抗した様子が無い事、また傷の具合からして間違いないだろう」
幾ら大型の蛇とは言っても人間を丸呑みには出来ない。
なのでこうしてもっとも栄養価の高い心臓と肝臓だけを食っていったのだ。
これが熊などであればもっと内臓まるごと食い散らかしていただろう。
「じゃあもしかしたらそいつがまだ近くに居る可能性もあるんじゃないですか?」
「その為のこの重装備と臭い袋だ。
この臭いは眠りミズチを始め危険な動物が嫌いで近付いて来なくなる。
それでも近づかれて噛まれても大丈夫なように牙を通さない金属ブーツを着用してきてるんだ」
「なるほど、そうだったんですね」
「それより近隣の町を回って眠りミズチが出たことを報せに行くぞ」
「はいっ」
備えはしてあると言っても危険であることに変わりない。
本当は死体を放置するのも良くは無いのだけど、埋葬する余裕は無いと判断して身元が分かるものが何かないかを確認した後、すぐにその場を離れるのだった。




