9.畑創り
畑を創るにあたって最初にしなければならない事は何か。
国や地域によって異なるのだけど、ナンテの場合それは「挨拶回り」だった。
挨拶相手は原住民。と言っても別に近くに民家がある訳ではない。
「こんにちは。今日からこの辺りを畑として使わせてください。
よろしくお願いしま~す」
そう言いながら地面に鍬を振り下ろす。
もし他人がそれを見たら独り言か、はたまた幽霊相手に話してるんじゃないかと疑われただろう。
だけどナンテとしては真剣だし、この地方の農民、特に苦労を重ねて来た開拓民は「そうだそうだ」と嬉しそうに頷く事だろう。
「草のみんなはごめんなさいね。
虫さん達はあんまり悪戯しないでね。
鳥さん達は畑に蒔いた種を食べたらダメよ。
そして大地も風も水も、これから育つ野菜たちをよろしくお願いします」
ナンテが挨拶している相手はそこに居る全てのモノに対してだ。
この場所はナンテの父親ネモイ辺境伯の所有する領地で間違いない。
しかしそれは人間が勝手に決めた事だ。
昔からそこに生えている草木には関係ない話だし、ここを住処としていた虫たちからしたら人間はただの侵略者だ。
何も告げずに一方的に「ここは人間様が支配する、お前達は出ていけ」などと傲慢な態度を取った暁には、手痛いしっぺ返しが待っている事だろう。
ちなみに他の地域では小さな社を立てて祈りを捧げたり、地鎮の踊りを行ったりする。
いずれもその地に住む神や精霊にこれからよろしくお願いしますという挨拶なんだ。
そうして2週間が経過した頃には、民家1軒分と同等の広さの地面が掘り起こされていた。
掘り起こした地面の脇には石が賽の河原のように積み上げられていた。
もちろんそれはナンテが遊ぶために作ったものなどではなく、掘り起こした地面に元々埋まっていたものだ。
見れば親指サイズのものもあればナンテよりも大きなサイズの岩まである。
大きい岩は重さも数十キロあり、子供どころか大人でも持ち上げることは厳しいが、この世界には幸いにして魔法がある。
「【ロックショット】」
通常石弾の魔法と言えば、まずマナを石に変換して生み出し、それから撃ち出すという2工程を行うものが一般的だ。
しかしあまり知られていないが、元々地面に転がっている石を使えば最初の1工程を省くことが可能であり、魔力の消費や術者に掛かる負担も大幅に減らすことが出来る。
お陰で幼いナンテでも自分の何倍もある重さの岩を魔法で動かせてしまう訳だ。
さて、無事に地面を掘り起こす事に成功したナンテは次の行動に移った。
それは今度こそ街に戻っての挨拶回りだ。
と言っても営業マンのそれではない。
「こんにちは、メキャベおばさん」
「おやナンテお嬢様。我が家に何かご用ですか?」
「実はこの度、私の畑を創ることになったの。
それで野菜の種などが残っていたら少し分けて頂けないかしら」
「えぇもちろん良いですよ」
向かった先は農家。そこで畑に蒔く種を分けてもらおうという訳だ。
その農家も決して余裕がある訳でもないが、領主の娘のナンテが直々にやってきて頭を下げるのだ。無碍には出来ない。
まあ中には子供の遊びの為に大切な種を渡す訳にはいかないと拒否した家もあったが。
それでも10件も回った頃には十分な量の種を手に入れる事に成功した。
これでようやくただの掘り起こした地面が畑へと進化出来る。
翌日からは畑に等間隔に溝を掘り、そこに頂いて来た野菜の種を蒔いて土を被せ畝を作っていった。
残念ながら今はまだ肥料らしい肥料はない。
もちろん種をくれた農家に無理を言えば分けて貰えたかもしれないが、それは領主の娘という立場を使った結果だ。
どの農家も肥料が余っている筈もない。むしろ足りないくらいなのだ。
そこにまだ何の実績も出していない状態で出せと要求するのはナンテの価値観では無しだった。
だからその代わり、出来る限りの魔力を籠めて畑を耕していった。
「コロちゃん。魔力も肥料になるの?」
『いや、残念だけど直接肥料の代わりにはならないな』
「じゃあ意味無い?」
『そんなこともないよ。
水や土に多くの魔力が含まれていると、そこに生きる虫が元気になる。
虫が元気になると地中の枯葉や堆積物を沢山食べて土に還る手伝いをしてくれるんだ。
その結果、肥料を与えるのと同じように植物も成長するよ」
「あれ、それなら肥料は与えなくて良いの?」
『これがそうでもないんだ。
肥料をずっと与えないと虫の食べるものが無くなるから、次第に何も育たなくなってしまう』
「じゃあやっぱり早めに肥料を手に入れないといけないわね」
と言っても今のところ肥料の当てはない。
家畜を飼っていればその糞が肥料になるけど、もちろんナンテは家畜など飼ってはいない。
森に行けば腐葉土を集めて来れるけど魔物が出て危険なのでナンテひとりでは行けない。
なのでこれは今後の課題だと頭の片隅に記憶して畑仕事を続ける事にした。
そして畑創りを始めて3週間が過ぎ、順調に野菜の新芽が伸び始めてきた頃、街を出ようとしたナンテを呼び止める子供たちが現れた。
6歳から8歳くらいまで子たちだったが代表して最年長の子が話しかけて来た。
「なあお嬢。最近畑を作ってるんだって?
俺達も手伝いに行っていいか?」
「ええ、もちろん良いわよ」
この子たちはどうやら「遊んでるくらいならナンテお嬢様を手伝っておいで」と家を追い出されて来たようだ。
その子達の申し出をナンテは快く受け入れた。
ちなみにナンテは領主の娘なので、領民の年上の子供達からはお嬢、年下からはナンテ姉ちゃんなどと呼ばれている。
ただ、年上の子供はナンテの事を領主の娘だからと言って特に敬っている訳ではない。
今回の手伝いだって親に言われたから渋々来ただけだ。
むしろまだ小さいナンテが自分達でもあまり親の手伝いが出来ないのに自分の畑を満足に耕せる訳がないと思っていた。
実際の畑と、ナンテの仕事ぶりを見るまでは。
「じゃあ今日は私が掘り起こした後に出て来る石を運ぶのを手伝って」
「「おう」」
内心、石拾いかかったるいなぁと思っていた所でナンテが鍬を振り下ろす姿が目に映った。
「てぇい」
ズドドドッ!!
「「なっ!!?」」
相変わらずの可愛い掛け声からは想像も出来ない威力に、おったまげる子供達。
よく見ればその隣には自分たちの家の畑程ではないが十分に広い畑が出来ているではないか。
これをナンテ1人で作った!?
そんなこと、自分たちの兄貴どころか父親だって出来るかどうか分からない。
つまりナンテは自分たちの父親並に凄いんだと理解してしまった。
そうなれば自分たちより年下とか背が低いとか女の子だとか関係ない。
ナンテは一瞬にして子供たちの尊敬を集める存在になったのだった。