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「あなたも早く婚約破棄なさったら?」って大きなお世話よ!  作者: たてみん
復興の季節

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87/200

87.ポテイト村の裁判

いつもお読み頂きありがとうございます。

今回のお話は若干暗い内容になっています。

スキップして頂いても全く問題ありません。


 発展著しい領都を横目に、すぐ隣にあるポテイト村では相も変わらずのんびりとした空気が流れていた。

 やっていることも去年と大体同じ。

 畑を耕して作物を育て、収穫をしたら領都を始め領内の商人に売る。売ったお金で農具を修繕したり子供達に服を買ってあげたりする。冬の間は子供達に勉強を教えて春になればまた畑を耕す。

 その繰り返しだ。

 変化と言えばどこそこの家で子供が生まれたとか、あいつとあの子が結婚したとかそれくらいだ。

 だから事件なんて起きるはずもないとナンテは考えていた。

 しかし実際にはポテイト村にも変革は訪れていたのだ。


「え、離婚したい?」

「はい、もう耐えきれないんです!」


 ナンテを見つけて飛び込むようにやってきたその女性は、来た勢いのまま土下座しながらナンテに訴えた。

 その後から女性を追いかけるように男性(多分彼女の夫なのだろう)が右手にすりこ木を持って走って来た。


「おめぇこの恥さらしが!

 ナンテお嬢様に何てこと言ってやがる!!

 おら、んなところに蹲ってねぇで起きやがれ」

「いたいいたいいたいっ」

「待ちなさい!」


 男が女性の髪を掴んで立ち上がらせようとし出したので、慌てて待ったを掛けた。

 しかしそんなナンテに対して男は言った。


「これは俺達夫婦の問題です。

 お嬢様は口を挟まないでください」

「なんですって?」


 この発言にはナンテのみならず騒動を聞きつけて集まって来た村人たちも驚いた。

 こいつ何言ってんだと。


「問題があるのでしょう? なら村長として介入するわ。

 まずは彼女の髪から手を放しなさい。

 人の髪の毛を引っ張るというのがどういうことか分かっていないの?」

「いやいや、俺の女をどう扱おうと俺の勝手だろ」

「……質問に答えないっていないって事は分かってないのかな。

 なら実際に体験してもらうのが早そうね」


 小さくため息をつきながら、ナンテはトンっとジャンプすると男の髪を鷲掴みにして地面に引き倒した。


「いだだだだっ」

「ね? 痛いでしょう。男性も女性も髪を引っ張られると結構痛いのよ」


 淡々と伝えるナンテの目には怒りの色はない。

 ごくごく平淡な声音で言葉を紡いでいく。

 だけどそれこそがナンテが本気で怒っている証拠だ。

 普段の優しさは微塵も感じられないその姿に誰もが息を飲んでいた。


「それと、いつから彼女があなたの物になったのかしら。

 ここネモイ辺境伯領では人身売買や奴隷は認めていないのだけど」

「いでででで、わかった。分かったから離せ」


 全然何も分かっていないようだけど、少なくとも痛みで女性に掛けていた手は離したのでナンテも手を離した。

 すると何を思ったのか男は立ち上がると一目散に逃げだした。


「くそったれが」

「まだ話は終わってないわ」

「ぐえっ」


 ナンテが指を一振りすると近くの畑の土が飛んできて男の足に絡みついてこけさせた。

 そしてそのままずるずると引き擦るようにしてナンテの前に戻って来た。

 男はこけた拍子に顔面を打ち付けたのか呻くくらいしか出来ないようだ。

 これでようやく落ち着いて話が聞けるとナンテは改めて女性に問いかけた。


「それで離婚したいという話だけど、原因はこの暴力的な所かしら」

「はい、それもありますし、最近では働きもしないで一日中家でゴロゴロしてますし、折角貯めたお金も領都に遊びに行って使い果たしてしまって。

 もう家には食べるものも無いんです」


 彼女の話を聞いて思うのは、豊かになったことによる弊害がこんな形で現れたんだなと言う事だ。

 以前の、飢饉の前の年とかであればこんな事は絶対に無かった。

 みんなであくせく働いて何とか食べていけたあの頃は、仕事をさぼろうとか遊び歩こうなんて余裕は無かった。

 毎日健康でいられるだけで良くて、ご飯を食べられることに感謝する日々は、それはそれで幸せだったのだ。

 しかしここ数年は野菜は昔の倍近い値段で売れるし、畑の質も良くなってきたので収穫量も増えた。

 経済的にも肉体的にも余裕が出来たのだ。

 それだけならまだ良かったのだけど、お隣の領都に酒場や娼館などの娯楽が出来て村人たちも通うようになった。

 その結果、余裕だと思っていたものは怠惰へと変化していったのだ。

 時代の流れ、とも言えるだろう。

 なので単純にこの男が全部悪いと言ってしまうのは酷かもしれない。

 しかしだ。

 中央ならいざ知らず、辺境のこの地ではまだ結婚というのは一生ものの事であり、離婚などあり得ないと言っていい重大事件なのだ。

 離婚した側もされた側も、ずっと後ろ指差されながら生きる事になる。


『嫌になったから離婚します』

『はいどうぞ』


 ではないのだ。

 それでも離婚したいというのだから余程の事なのだろう。

 ナンテは周囲に集まっている人達(ほぼ村人全員だ)を見回して声を掛けた。


「出来る事ならこんな事はこれっきりにして欲しいわ。

 だから、他にも離婚したい人が居るなら今名乗り出なさい」

「「……」」


 ナンテの言葉に互いに顔を見合わせながらどうしようかと考える村人たちを見て、ナンテは頭を抱えたくなった。

 考えなきゃいけない程、夫婦仲が拗れているのか。

 彼らが結論を出すのをじっと待った所、追加で3人の男女が名乗り出た。

 意外だったのは女性だけじゃなく男性も居た事だ。


「彼らの夫や妻も前に出て。

 もう他に居ないかしら」


 もう1度見回してももう居ないようだ。

 ちなみに離婚を申し込まれた側は全員申し込んだ相手を恨みがましい目で睨んでおり、申し込んだ側は相手を見ようともしない。

 少なくとも関係の修復は不可能なようだ。

 そしてナンテが裁きを申し渡した。


「ではまず、あなた達の離婚を認めます」

「ありがとうございます」

「ちょっと待ってください。そんな一方的な!」

「そうです俺達の話も聞いてください」


 やはり離婚を申し込まれた側にも何か言い分があるようだ。

 しかしナンテは取り合わない。


「どちらにどういう問題があるのかは聞く気はないわ。

 ただ今のあなた達の様子を見て、もう戻れない所まで来ている事だけは分かるからそれで十分よ」


 周囲の人達もナンテの言い分に納得したように頷いた。

 そして、これで無事解放されると喜ぶ人たちにナンテは冷たく言い放った。


「それで離婚した人達ですが、まず畑と家屋は没収します。

 明日の朝までに荷物を纏めて出ていってください」

「そんなっ」

「どうして!」


 これには離婚する人たちだけでなく、村に来て日が浅い人達も驚いていた。

 逆に初期の頃からずっといる人達は微動だにもしない。


「結婚のお祝いにと譲ったものなのだから、離婚したら返してもらうのは当然でしょう?」

「いやいやあそこは昔から俺達が耕してた場所だし」

「ゼロから? あなたはここがただの荒れ地だった頃を知らないでしょう」

「そこは俺達のご先祖様が」

「この村はまだ出来てから10年経ってないわよ」

「うっ」


 この村の事でナンテより詳しい人はいない。

 そして村と呼ぶにふさわしい人口しかいないのだから村人全員の事をナンテは把握している。

 どこから来たのか、いつから居るのか。いつ誰と誰が結婚したのか。

 流石に家庭の事情までは把握出来なかったので、こうして直訴されるまで夫婦仲が悪化していた事には気付けなかったが。


「この村の畑は全て私が開墾したの。

 だから私がここの村長なのよ。

 そしてこの村で結婚した人は例外なく私が祝福の言葉を贈って来たわ。

 離婚すると言う事は私の顔に泥を塗るのと同じことよね。

 ちなみに他の村で同じような騒動を起こすと私財没収のうえ村から追い出されるから気を付けなさい」


 村長や領主の顔を汚すというのは、一歩間違えば死刑すらあり得る重罪だ。

 そう考えればナンテの下した罰は軽いものと言えるだろう。

 ナンテはこれで終わりだと踵を返したところで思い出したように言った。


「あぁそれと」

「?」

「次また問題を起こしたら村から追い出すから。

 みんなも他人事と思わず気を引き締めてね。

 人生を楽しむのと堕落するのは違うのだから」

「「はいっ」」


 周囲の人達が背筋を伸ばしながら(中には冷や汗をかきながら)返事をしたのを見届けて、ナンテは今度こそ家に帰った。

 そして。

 残念な事に1週間と経たずに村の人口が5人減った。



初期の段階でこういう内容の話をどこかで描こうと計画していたのですが、

いざ描いてみると、やっぱり私にはこういう話は向いてないなと自覚しました。

実はずっと先にも暗めの話を盛り込もうと計画しているのですが、無しにしようかなと悩み中です。

「明るく楽しく婚約破棄!」

というのはちょっと難しいか・・・


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