86.発展する辺境伯領
どことなく文章が説明っぽくなってしまった気がしますm(_ _)m
その年の冬は大きな事件もなく過ぎて行き、明けて3月。
雪解けが始まる頃にヒマリヤ、アウルム両国からネモイ辺境伯領に使節団がやってきた。
彼らの目的は領都に自国の大使館を建設することである。
事前に辺境伯の方で土地だけは確保してあるので、後は必要な資材などを運び込み、これまた自国から建築技師を連れてきて建築に当たらせる予定だ。
なお、それ以外の人足は現地調達なので領都在住の男達が担当することになっている。
「隣国のイケメンが来てくれると期待してたのに」
などという一部の声が挙がっていたそうだけど無視である。
また領都まで物資を運ぶ際に、国境の町から領都までの道も整備した方が良いという話になり、辺境伯の承認の下、大部分を両国が出資する形で街道の工事が進められることになった。
今後の物流の事も考えれば先行投資をして損は無いだろうという判断だ。
ただここまで来ると一朝一夕で終わるものではない。
「土魔法が得意な者を数人動員しても数年掛かりの大工事になるでしょう」
というのが工事責任者の見積もりだ。
本来なら国を挙げての大事業であり、アンデス王国が主体となって行う事だろう。
しかしアンデス王家はこれに関しては一切ノータッチ。
というよりもネモイ辺境伯が情報管制を厳しく行っていた為にほとんどの情報が王宮にまで届いていなかった。
「去年阿漕な商売をしていた者たちは全て出入り禁止にしたし、馴染みの行商人にも良くない噂を流してもらうように頼んである。
王家を始め馬鹿な貴族どもの妨害は全力で防ぐぞ」
実は例の収穫祭後の好景気が終われば例の商人達はほとんどが辺境伯領に寄り付かなくなっていた。
それを聞いて一番喜んでいたのは中央貴族達。
所詮は田舎の馬鹿どもが商人に食い物にされていい気味だと笑った。
しかし辺境伯達はただ彼らの行動を指をくわえて見ていた訳ではない。
真っ当な商売をしていない者をチェックしていたのだ。
まぁこれには新顔の商人のほぼ全てが該当したのだけど。
ともかく辺境伯は冬の間に主要な街道に検問所を設け、その商人達がまた来た場合全て追い返してしまった。
普段であればそんなことをすると商人ネットワークを通じてネモイ辺境伯領に商人が寄り付かなくなり、辺境伯領の物資は枯渇してしまうところだ。
しかし国内からの商人が来なくなっただけで、隣国との輸出入は以前よりも活発に行われるようになったのでむしろ領内は豊かになっていた。
領都の大通りを歩く人もアンデス王国人とそれ以外で半々くらいに外国人が多い。
「なあ知ってるか?
以前のここは国の中心部からも離れてるってんで人が寄り付かなかったんだぞ」
「まあ確かにアンデス王国と商売しようと思ったら遠回りだもんな。
俺も以前は中央の国境を越えて商売してたよ」
「ああ。だけど向こうは国境越える時に入国税を払って、領地を越える度に関税を取られるから費用が馬鹿にならん。
その点このネモイ辺境伯領は良い。
入国時だって税金は一人頭たった銀貨1枚。積み荷に対する関税なし!
お陰で以前の半額近い値段で向こうの品が手に入る。
街道こそまだ整備中だけど、むしろそのお陰で道中で盗賊や魔物に襲われる心配もあまりしないで済む。
まさに良い事尽くめだ」
「しっかし、そんなに税金安くしてこの領地は大丈夫なのか?」
「ま、浮いた金でこうして飲み食いしてるんだから大丈夫だろう」
そんな会話が領都を始め、各地の食堂や酒場で交わされていた。
実際の所、ネモイ辺境伯領の財政は大幅にプラスになっていた。
隣国との関税を撤廃することで、ヒマリヤ王国の商人とアウルム帝国の商人がお互いの特産品を交換する場として利用するようにもなったし、同時にネモイ辺境伯領の民芸品なども仕入れていってくれたり、数日は領内に留まってくれるので食事や宿泊、道中の護衛依頼など色々なところで経済を回してくれていた。
なので辺境伯領としても良い事尽くめである。
ただ、国境を越えてくるのが良い商人だけとは限らない。
悪徳商人もそうだけど、盗賊団や間諜などもやってきていた。
しかし街の外の人目に付かないところを根城にする盗賊団は早々に逃げ帰っているのが実状だ。
「くそっ、何だこの森は。魔物だらけじゃねえか」
「お頭! またゴブリンの群れが来やすぜ。今度は30体以上だ」
「やってられるか。ずらかるぞ」
そう、人目に付かないところとはつまり魔物の森と呼ばれている場所だ。
冬将軍が到来してからゴブリン以外の魔物も出るようになったが、魔物の出現頻度はむしろ増えている。
特に夜の森は慣れていない者たちでは朝を迎える事は出来ないだろう。
結果として彼らは魔物の餌になるか、元の国に戻るか、南下して他の領地に行くかの3択を迫られることになった。
続いて間諜達だが、彼らの多くがまず領都を目指した。
人が集まる所に情報も集まるのだから当然だろう。
そして多少優秀な者であればナンテと領都の北にあるポテイト村に何か秘密があるというネタを掴む。
そうすると領主の娘であるナンテをどうこうするのはリスクが高すぎるので、まずはポテイト村に向かうのだが、今の所何かを得て戻って来た者はいない。
「え、また夜中に外来種の害虫が来てたの?
やっぱり商人にくっついて飛んできちゃうのね。
作物が病気になる前に処理してくれたんだ。
いつもありがとう」
『ぶもっ』
『こけっ』
みたいな感じで悪意を持った者は人知れず処理されていた。
無能な間諜はポテイト村をただの農村としか見ず、本当に優秀な間諜はポテイト村にもナンテにも近寄らない事で安全に活動を続けていた。
『報告。今年のトマトは絶品です』
『来週にはジャガイモの収穫が始まります。
買い付けの商人の手配を急いでください』
『先日、隣のおばあちゃんから畑を一部譲ってもらいました。
まずは手軽なきゅうりと大豆を育ててみようと思います』
一部それで良いのかと言いたくなる報告も混じっていたが、平和な証拠とも言えるので黙認された。
ただ彼らも遊んでばかりではない。
『南部から送り込まれて来た奴らに偽情報を持たせてやったぜ』
『街道に潜伏している盗賊の情報は警備隊に共有済みだ』
『南の子爵の不正の証拠を手に入れた。もし辺境伯を脅かすようなら目に物見せてやる』
本来の業務とは違うが、辺境伯領の安寧、ひいては自国の利益に繋がるので積極的に活動していた。
その結果としてアンデス王国からネモイ辺境伯領は「田舎で閉塞的な僻地」と蔑まれたままになり、その実2国を結ぶ流通の要所として発展することになった。




