83.精霊の集い
特に見所の無い(とナンテは思っている)村なので、ナンテはさて次はどうしようかと考えていた。
このままでは折角来てくれた皆さんを退屈させてしまう。
そこへ助け舟を出すようにカラが言った。
「ナンテさん。少し疲れてしまったので休憩しませんか?」
「あ、はい。すみません気付かずに。ではこちらへ」
ポテイト村には随所に休憩所が設けられている。
これは畑仕事はどうしても体力勝負な所があり、小まめに休憩と水分補給を行う必要があるからだ。
朝から晩までノンストップで動き続けるのはナンテくらいだ。ホルスティーヌ達でさえ数回休憩を挟む。
向かった休憩所には炊事場も付いており、宿泊することだって出来る設備が整っていた。
休憩所と言うより普通に民家に近い。
以前村で結婚した人達へと渡した家も、こうした休憩所を改造したものだ。
ナンテは手際よく暖炉の火を熾して部屋を暖めた。
「お茶をどうぞ」
「うむ、頂こう」
メイドは連れて来ていないのでお茶もナンテが淹れて配った。
するとどことなく甘い香りが部屋の中を満たしマネイ達は思わずほっと溜息をもらす。
「珍しい香りのお茶だな。
どこで採れた茶葉を使っているのかな?」
「これは北にある森で採れるハーブを使っています」
「ほほぉ。ナンテさんはハーブにも詳しいのか」
「以前、薬師の方から教わりました。
このハーブはリラックス効果があるそうです」
マネイ達の質問に答えながら先にナンテが飲んで見せる。
それを見てからようやくマネイ達もお茶を飲んでほっと一息入れた。
流石に無いとは思っているものの、いつもの癖で毒見が済んでいないものをおいそれと口にしないようだ。
一息ついたところでマネイが話し始めた。
「さて、護衛達には席を外してもらっている」
「?」
お茶を飲んでリラックス、と思いきや何故か空気が張りつめていた。
人払いをしたと言う事は何か重要な話があるのだろう。
ナンテも姿勢を正して続きを待った。
「ここは私が先陣を切ろうか」
マネイがそう前置きをしてから右手を手のひらを上にして胸の前に出した。
「我が呼びかけに応え姿を現わしたまえ、炎の精霊フレア」
まるで火の魔法を使った時のようにボッと火の玉が出来たかと思えば、にゅるりと形を変えて猫の姿になった。
それは紛れもなく精霊。つまりマネイは精霊術師だったと言う事だ。
呼び出されたフレアはマネイの手のひらからトンっと飛び降りてテーブルの上に座った。
「ではお次は儂らじゃな。
風の精霊エリアル。今ひと時ここにお越しください」
「今日はあなたの好きそうなお茶もありますよ」
老夫婦が語り掛けるように呼べば、彼らを包むように風が巻き起こり、いつの間にかテーブルの上に1匹のモモンガが居た。
エリアルと呼ばれたこのモモンガももちろん精霊だ。
エリアルは短い手足でトテトテと移動するとコルムが飲んでいたティーカップに顔を突っ込んで中のお茶をチロチロと飲み始めた。
ここまで来ればナンテにもどうして人払いをしたのかその理由は理解出来た。
精霊は滅多に精霊術師以外の前には姿を見せないし、視ることの出来ない人には自分たちの話を聞かれるのも嫌がることが多い。
だから護衛の人達を外したのだ。
そして同時にナンテの事を「外さなくて良い側の人間」だと理解しているということでもある。
「それでどうだろう。
君の精霊も私達に紹介してくれないかな」
マネイが優しく問いかけるようにナンテの肩の辺りを見ながら言った。
それを聞いたナンテも自分の肩の上であくびをしていたコロちゃんに目で問いかけた。
(いい?)
(うん)
コロちゃんは一つ頷くとぴょんとナンテの肩から飛び降りてテーブルの上に立った。
そして同時に自分に掛けていた隠蔽の魔法を解除する。
突然小人がテーブルの上に現れても3人に驚いた様子は無い。
先ほどの様子からして精霊の持つ波動か魔力かでコロちゃんの存在を認識していたようだ。
「やあやあ、初めまして。
僕はコロちゃん。ナンテとはお友達だから、その点間違えないでね」
「お初にお目に掛かる。申し訳ないがここではマネイと呼んで頂きたい」
「コルムです」
「カラです。それにしても人の言葉を話せる精霊様は初めて見ました」
「ふふんっ。僕は凄いからね!」
精霊には人間の身分なんて関係ないからコロちゃんは誰に対してもいつも通りの態度だ。
普段は精霊の言葉で語りかけて来るのに今日は音にして人の言葉を使って見せていた。
そして人との挨拶が済んだところで火の精霊のフレアと風の精霊のエリアルもふわっとコロちゃんの前にやって来た。
『やあ、フレア。エリアル。直接顔を合わせるのは何年ぶりかな』
『30年。いえ50年くらいかしら』
『フレアは寝坊助だからね。ぼくは15年前に1度会ってるよ』
『あたしは寒いのは嫌いだから滅多にこっちに来ないだけよ。
あなたの場合、美味しいものを探してふらふら飛び回ってるだけでしょ?
食いしん坊なんだから』
フレアとエリアルの言葉の応酬は、仲が悪いというよりじゃれ合っている感じだ。
それにしても15年とか30年とか、なかなかに気の長い話だなと横で聞いているナンテは思っていた。
そんな精霊たちの久しぶりの邂逅を邪魔しないようにマネイ達に質問してみた。
「あの、先ほどコロちゃんが私の事を友達だって言ってくれましたけど、皆さんは違うんですか?」
「ふむ。もちろん仲は良いと思っているよ。だけど前提が違う。
私達の場合、まず契約がある。そのうえで今の関係があるのさ」
「契約……」
精霊術師というのは精霊と契約を交わした者の事を指す。
その契約で精霊にお願い出来る事、出来ない事、そして禁忌が決まる。
どんなに仲良くなったとしても、その契約で出来ないと決めたことは出来ないのだ。
そして禁忌を犯せば契約は破棄され、精霊は二度と術師の前に姿を現わさないだろう。
ある意味ちょっとドライな関係だ。
対してナンテはコロちゃんと契約を交わしてはいない。
それはつまり出来る事に限界が無いと言う事であり、コロちゃん自身の意思でナンテと一緒に居ると言う事になる。
なので先ほどの挨拶の言葉をガラ悪く言い換えると、
『てめぇら俺のダチを少しでも悲しませてみやがれ。ブチ殺すからな』
となる。
和やかな挨拶に見えて、実は激しい牽制が行われていたのだ。
マネイ達としてはこの場で仲良くなって、あわよくば将来的に自分の国に来てくれないかな、などと画策していたのだけど、全て見透かされていたようだ。
それにさっきからフレアとエリアルからもそれぞれの契約者に警告が飛んできていた。
『死にたくなければ大人しくしていなさい』
『コロちゃんが怒ったらぼくではどうしようもないからね』
同じ精霊でも強さはそれぞれだ。
属性が違うので対等な感じで和気藹々と話しているが、人で言うなら王と門番くらい力の差がある。
近所の仲の良いおじさんが実はヤクザのドンでした、みたいな感じだ。
そんなコロちゃんからお友達だと紹介されたナンテとどう接しようかと考えた結果。
『にゃー』
『チチッ』
「ナンテです。よろしくね」
自分たちの見た目を利用して可愛いペットですよアピールで乗り切ることにした。
ナンテの方も最近ではホルスティーヌやウコッケーを始め、様々な生き物と接する機会が増えているので撫でる手つきも上達している。
(何この子。魔力量が異常なんですけど!?
ああ、でもこの手つき、プロだわ)
(頭撫でられながら魔力波がマッサージになって全身に染み渡る~)
ナンテに頭なでなで、喉ごろごろされてすっかりリラックスしてしまっていた。
それを見たコロちゃんがちょっとむっとしていたが、すかさずナンテが頭ポンポンすることでその場を収めた。




