82.魔獣たちが活躍する農場へようこそ
慎重に畑の中へと足を踏み入れるヒマリヤ王国の前国王夫妻とアウルム帝国皇帝。
それをのほほんと待ち受ける少女と魔獣達。
そう、達だ。最初に見つけた1体の他にも畑の奥では複数の魔獣がせっせと畑仕事をしている。
そんな現実離れした空間を目の当たりにして護衛達は混乱していた。
「お、お待ちください。危険です」
「そうです。御身にもしもの事があっては大変です」
職務に忠実な何人かが慌てて声を掛けるが、その彼らもこの場で何が危険なのかを計りかねていた。
魔獣が暴れ出したら危険なのは確かだろう。
しかしそれ以上にその魔獣を手懐けているっぽい少女の方が危険かもしれない。
いやそもそもこの村が危険なのではないか? さっきだって軍隊並みの統率の取れた動きをしていたではないか。
そう考えるとやはり彼らの長であるあの少女が一番危険な気がしてくる。
だけど間違って少女を傷付ければ村人も魔獣も襲い掛かってくるだろう。
(魔獣を除けば戦闘訓練を受けていない村人のみ。なら後れを取ることはないだろうが)
彼らはそう考えていたが実際には違う。
万が一ナンテの敵になってしまった場合、彼らは一人残らず村から出る事は出来なかっただろう。
ナンテを除けば最大の脅威は人でも魔獣でもないのだから。
ともかく彼らがあれこれ考えている間にその主人たちはナンテのすぐ近くまで進んでいた。
「みなさん、こちらはホルスティーヌのムックです」
「ぶもっ」
「おやこれはご丁寧に。私はマネイという」
「儂はコルム。こっちは妻のカラだ」
「よろしくね」
お互いに挨拶をして握手を交わす。
ムックも獣人と言われても納得出来てしまう程、所作が人間っぽかった。
これなら突然暴れ出すことはないだろう。
「ムック殿は私達の言葉が分かるのだろうか」
「はい。大体通じますよ」
「儂の国でも魔獣を家畜として飼っている所はあるが、ここまで知能が高いという話は聞いたことが無い。
それに先ほどまで誰に指示されるでもなく自発的に作業していたように見えたが、まさか農業を理解しているのか」
「簡単に目的とやり方を伝えたら理解してくれましたよ?
分からない所があったら聞いてくれますし」
「つまり君も彼らの言いたい事が分かると」
「大体は」
流石のナンテだって言葉の通じない魔獣の目を見て全部を理解することは出来ない。
だけど、纏っている魔力からある程度の感情は伝わってくるので、そこから推測する事は出来た。
同様にナンテからも気持ちを魔力に籠めながら話す事で人間と話す以上に正確に意図が伝わっていた。それもあって人間の言葉を理解出来たとも言える。
ナンテのやっている事はまるで魔獣使いか熟練の調教師だ。
魔獣使いは従える魔獣の種類と数でその脅威度が変わる。
上手くすれば1人で中規模の軍隊に匹敵するし、下手をすると1人で町を滅ぼす災害にもなり得る。
ただ扱いに失敗すると自分たちが魔獣の餌食になるので難しいところだ。
「うーむ、これは確かに隠しておきたいのも理解出来ますな」
「これだけの魔獣を従えてなお余裕があるようですしねぇ」
「私の国で見つかれば国が囲い込む案件だ」
彼らは当初考えていたよりもナンテに対する評価を1段上げる事にした。
そして少し落ち着いたところで改めて畑を見渡してみると、ちょっとどころではなく畑は変な形をしていた。
通常、畑は横から見たら野菜を植えている所が若干盛り上がり、そうでないところが低い波状になっているものだ。
しかしこの畑は波と言うか大波。巨人が畑を作ったらこんな感じと言いたくなる凸凹具合だった。
「畝の高さが1メートル近いようだが、ここではこれが当たり前なのか?」
「いえ、これは実験畑なんです。
ちょっとこっちに来てくれますか?」
一同はナンテに案内されるままに畝の端へと移動した。
そこにあったのは穴。
巨大な畝は中が空洞にしてあるようだった。
「この地域は来月には霜が降りて雪が降ります。
そうするとほとんどの作物は育てられなくなってしまうんです。
そこで、こうして畑を洞窟状にして中の温度が下がらない様にすれば冬でも野菜が育つんじゃないかなって考えたんです」
去年は雪を使ってかまくらを作ったけど、それを今度は畑の土で作ろうという試みだ。
雪のかまくらはナンテの魔力があってこそのもの。
対してこちらは労力が掛かるけど誰でも作れる。
ネモイ辺境伯領の最大の悩みは昔から変わらず如何にして冬を越えるかだ。
1年の1/3が寒さで収穫出来ない為、それ以外の季節で作った作物で食い繋がなくてはならず、どうしても餓死者や栄養失調で病気になる人が出てしまっていた。風邪を引いて死ぬ子供だって珍しくない。
だから冬でも安定して作物が収穫出来るようになれば、それこそ去年のような冷害が来ても乗り越えられる。
「太陽の光が無くても育つ野菜は幾つかありますからね」
これまでは室内のプランターでこじんまり行っていたものを外の畑で大々的に行えれば各家に配れるようになる。
その為のトンネル型の畑なのだが。
「しかしこの穴、小さすぎないか?」
マネイが指摘するようにトンネルは外径で幅高さ共に1メートル程。
当然内径はそれより小さい。
下方向にも掘り下げているがそれでも穴の高さは1メートルあるかどうか。
これでは大人はまず入って作業するのは無理だろう。
ならば子供達がこの穴に潜って作業するのか?
暗くて狭くてさらに冬だから寒い中での作業は過酷なものになるだろう。
それを小さな子供にやらせるのは如何なものか。
だけどそれについてもナンテは解決策を持っていた。
「この穴の中で作業するのは人ではなく彼らです。
ちょっと出て来て貰っても良いかな?」
「コケーッ」
「「!?」」
ナンテの呼びかけに応えて鳴き声を上げながら穴から出てきたのは魔獣のウコッケーだった。
マネイ達は再び魔獣の登場に驚いたが、ナンテがすぐに抱きかかえるようにして羽に付いた土を払っている様子から、この魔物もナンテが従えているのだと理解した。
「この子達は意外と穴の中が好きみたいなんです。
魔獣だから夜目も利きますし、お願いしてみたら二つ返事で引き受けてくれました」
「そ、そうかい」
(全く異なるタイプの魔獣を従えられるのか)
一般的な魔獣使いは、例えば猫型魔獣を扱うのが得意な者は犬型魔獣とは相性が悪かったり、虫型魔獣を扱うものは動物型魔獣とは意思の疎通が出来ないなど、異なるタイプの魔獣を従えるのは困難だと言われている。
それは思考回路や意思の伝え方が大きく異なるからだ。
当然ホルスティーヌとウコッケーも全く異なる考え方をするので、牧場で飼う場合はそれぞれに専門の魔獣使いが就くことで対応している。
それをナンテは一人で平然とこなしているのだ。
(はっきり言ってやっていることが普通じゃない。この子は自覚しているのか?)
こんな辺境で暮らしているせいで世間一般の常識が欠落しているのかもしれない。
この子の父親であるネモイ辺境伯は常識人であったように思えたが。
ただこうなってしまった原因を彼に追求するのも酷だろうなと、ナンテの肩の辺りを見て思うのだった。




