81.案内を頼もうか
いつもより豪華な朝食を食べ終えたナンテ達は連れ立って領主邸を出た。
本来であれば辺境伯夫妻が案内をすべきところだけど、彼らは留守番だ。
「今日はこちらの素敵なレディに案内をお願いするよ。
それとも、そうされると何か不味いのかな?」
「い、いえ。そのような事は。
ただナンテはまだ子供です。何か粗相があってはいけません」
「なぁに。儂らの孫も同じくらいの歳頃じゃ。
大抵のことは笑い話にしかならんよ」
ヒマリヤ王国の前国王とアウルム帝国の現皇帝に睨まれては引き下がるしかない。
(やはりこうなったか)
ナンテが彼らに見つかればこうなることは予想出来ていたので、何だかんだと理由を付けて家から離しておいたのだけど結婚式が終わって気が緩んでいたらしいと反省する父親だった。
ただそれが無くても昨日の結婚式後の収穫祭でやらかしていたので結果は変わらなかっただろう。
なにせ流石に兄の結婚式にナンテを出席させない訳にはいかなかったのだ。
「皆さん温厚な方だったのが救いか」
「そうですわね。
我が国の方々は結婚式が終われば早々に帰られたようですしナンテの事は気付かなかったでしょう」
夫婦で寄り添って遠くなっていくナンテ達を見送る。
これがもし彼らが野心家でナンテに価値を見出してしまったら誘拐、までは行かなくても何だかんだと理由を付けて自国に引き入れようとするかもしれなかった。
ちなみに昨日の結婚式に出席していたアンデス王国の貴族達は、隣国の王族の姿を見て慌てて自領に逃げ帰っていた。
何故なら先日中央の辺境伯経由で輸出したジャガイモは彼らの領地で採れたもので、それが不評だったことも聞いていたから責任を追及されては敵わないと思ったようだ。
実際には歯牙にもかけられていなかったのだけど。
そんな貴族たちのあれこれには気付くことなく、ナンテはお客様を連れてポテイト村へと向かった。
移動には豪勢にもマネイが乗って来た2頭立ての馬車を使う。
「私あの村に行くのに馬車に乗ったのは初めてです」
「おや、普段は馬に乗っていくのかな?」
「いえ自分の足で走ってます」
「なんと」
ナンテが馬車の窓から楽しそうに外を眺めながら答えた言葉に他の3人は驚いた。
なにせこれから隣村に行こうというのだ。
普通なら馬車でも数時間か1日掛かるのではないかと考えていた。
それを走っていくとは。
見たところこの少女はまだ10代前半だ。普段から農作業をしているなら体力はあるだろうけど、馬車並みに走れるとは到底思えない。
ネモイ辺境伯領はよくある田舎領地だとは思っていたが、領主の娘にそんな苦労をさせる程だとは思っていなかった。
これは戻ったら少しお節介を焼こうか。
などと3人が考えていたら。
「あ、着いたみたいです」
「「は?」」
まだ馬車に乗ってから1時間と経っていない。
窓から後ろを見れば領都の外壁が見える。
まさかこれほど近くにある村だったとは思ってもみなかった。
ナンテ達が馬車から降りると、村人たちが何事かと集まって来る。
その人達に向けてナンテが声を掛けた。
「皆さんおはようございます。
昨日のお祭りで飲み過ぎて二日酔いになっている人はいませんか?
今日は見ての通りお客様がいらっしゃってますが、皆さんは気にせずいつも通り過ごしてください」
「「はいっ」」
ナンテの呼びかけに全員が揃って背筋を伸ばした。
その様子はどこか軍隊のようにも思える。
……持っているものは農具だけど。
と、そこで村人の一人が遠慮がちに聞いて来た。
「あのお嬢様。今日はお客様が来てるならいつものあれは無しですか?」
「……あーそうね。いえ、やりましょう!」
一瞬考えたけど、気を取り直してナンテは「いつものあれ」をやることにした。
その為にはまず足元に土魔法で1メートルほどの高さの台を作って飛び乗る。
マネイ達は何が始まるのかと後ろで興味津々に見ていた。
そしてナンテが声を張り上げる。
「さあみんな! 鍬を持て。鎌を掲げよ!
我らは誇り高き畑の民である。
その誇りは大地に実りをもたらす為にある。
その誇りは自分と家族と友人達を幸せにするためにある。
畑は我らの心の鑑。決して驕ることなかれ。裏切ることなかれ。
その鍬の一振りに感謝の想いを籠めなさい。
そうすればきっと畑は応えてくれる。
さあみんな。共に笑顔を育てに行こうではないか!!」
「「おおーーーっ」」
力強いナンテの呼びかけに、村人たちも腹の底から声を出して答え、それぞれの畑へと散っていった。
それを見送った後、地面を元通りにして振り返るとどこか感心した顔が並んでいた。
「ナンテさん。今のはいったい何かね。
どうやら恒例のもののようだったけど」
「あ、はい。いつも朝礼の最後に気合を入れる為にやってるんです。
最初は好きな詩集の言葉をみんなに披露してただけだったんですけど、気に入られてしまって」
「そうだったのかい。
しかし悪くないと思うよ。それは彼らの表情を見れば明らかだ」
先ほどまで居た村人たちは凄く生き生きとした顔をしていた。
その理由がナンテにあるだろうことはこの短い時間でも良く分かった。
どうやらこの少女がこの村の大黒柱のようだ。
「皆気合の入った良い笑顔だった。それはきっと君のお陰だろう。実に素晴らしい」
「あはは。あ、村の中を案内しますね」
褒められて照れたナンテは話題を切り替える事にした。
その姿も年齢的に祖父母と孫くらい離れている彼らの表情を綻ばせるものだった。
「今はもう11月ですから畑は閑散としてますけど、春から秋にかけて様々な野菜を育てているんですよ」
「ほぉ、思ったよりも大分畑が広いな」
「具体的にはどんな作物が収穫出来るのかな?」
「大豆、トマト、きゅうり、ナス、ホウレンソウにアスパラガスなど、あとジャガイモも育ててます」
指折り数えていけばキリがない程、色々な野菜を季節ごとに育てている。
中でもやっぱりジャガイモは外せない。
「小麦は育てないのかな?」
「残念ながらここでは気候的にあまり育たないんです。
全く育たない訳ではないんですけど、無理するくらいならジャガイモを育てた方が有益ですから」
「確かにそうだな」
などと話しながら歩いていると、遠くから牛の鳴き声が聞こえて来た。
声のする方を見てみれば、牛っぽい何かが二足歩行で畑の中を歩いているではないか。
そんなこと普通の牛に出来るはずがない。
「ナンテ嬢、あの牛っぽいのは何だ?」
「ホルスティーヌです」
「魔獣ではないか!」
「はい、そうですね」
驚くマネイ達と、後ろに控えていた護衛達も慌てて剣に手を掛けるが、対してナンテは平常運転だ。
先行してトテテと畑に踏み入ると無警戒に魔獣に近付いていく。
護衛達はこれは止めた方が良いのかと考えたが、この距離なら魔法で守る事も出来るので様子を見ることにした。
「おはよう、ホルスティーヌ。
今日も精が出るね」
「ブモォ」
ナンテがホルスティーヌの腰をパシパシと叩きながら挨拶すると、ホルスティーヌも鍬を下ろして嬉しそうに返事をした。
まるで友人同士のような気安い距離感だ。
これが人間だったなら問題ないのだが。
そこでようやくマネイはあることに気が付いて疑問を口にした。
「なんで魔獣が鍬を持っているんだ??」
「確かホルスティーヌの上位種は二足歩行で斧を携えていると聞いたことはあるが」
「それに先ほどまでも畑仕事をしていたように見えましたよ」
警戒を緩めないまま近付く彼らは、既にナンテの非常識空間に足を踏み入れていた。




