80.隠し子、ではありません
ちょっとした騒動はあったものの、収穫祭は無事に大盛況のまま深夜まで続いた。
明けて翌日。
早い時間からナンテを始めとしたお酒を飲まなかった子供達が中心になって街の清掃作業に駆け回っていた。
と言っても通りに落ちているゴミと言えば串焼きの串とかくらいだ。
なにせネモイ辺境伯領にはポイ捨て出来る程の物が無い。
食べカスなども猫や鳥が回収していくので残らないのだ。
「ゴミがあまり落ちていないのは良いのだけど、あれがねぇ」
お祭り騒ぎでお酒も振る舞われたので、飲み過ぎたり飲んだ後に歌って踊って酔いが回った結果、ケロケロと吐いた人が少なからず居た。
一応頑張って道の真ん中で吐く様な事はしなかったようだけど、その分脇道とかに誰にも処理されなくて残ってしまっていた。
このまま放置すれば虫が湧いて病気の元になるので、せっせと水をかけて綺麗にしていく。
「どうして大人はあんなにお酒が好きなんだろうね」
「さあ。親父にちょっと飲ませてもらったことあるけど、美味しくは無かったぞ」
普段あまり飲む機会は無いけど、その分お祭り騒ぎの時には盛大に飲むのがお酒だ。
飲んでる大人たちは幸せそうだけど、飲まない子供からしたら迷惑以外の何物でもない。
吐くくらいなら飲むなよと言いたいが、それでも飲みたくなるのがお酒らしい。
子供のナンテ達には良く分からない。
ともかく無事に一通りの清掃が終わったところで集合した。
「みんなお疲れ様。
お祭り本番は昨日だったけど、領外からのお客様はまだ数日滞在することが見込めるわ。
稼ぎ時ではあるけど同時にトラブルも増えると思うの。
衛兵の皆さんにもフルで見回りをしてもらってるから、もし何か見つけたら自分達でどうにかしようとせず、近くの衛兵に助けを求めるようにしてね」
「「はーい」」
「じゃあ、解散!」
ナンテの号令で子供たちはそれぞれ自分の家に帰っていった。
それを見送って自分も一度帰ろうかなと思ったところで声を掛けられた。
「おやそこにいるのは昨日のお嬢さんじゃないかな」
振り向いてみれば昨日ジャガイモを食べて感激していたおじさんが居た。
昨日の結婚式で一番前の席に座っていたので、かなり身分の高い人の筈だが早朝に護衛も付けずに街を散策している所を見るになかなか奔放な性格らしい。
「おはようございます。おじさま。
あ、昨日は名乗っていませんでしたね。私はナンテ・ネモイと申します」
「おやおや」
きちんと淑女の礼を取りながら挨拶した筈なのに、笑われてしまった。
何か間違っていただろうかと首を傾げるナンテに、その男性は「いや済まぬ」と詫びた。
「手に持っているゴミ袋とのギャップが可笑しくてな。
それと済まぬついでにもう一つ、一応私はお忍びということになっているのでな。本名は名乗れんのだ。
ここではそう、マネイと呼んで欲しい」
「マネイ様ですね。よろしくお願いします」
「うむ。ナンテ嬢は今から帰るところかな。折角だから一緒に行こう」
気さくに挨拶を交わして、その流れのまま一緒に歩くことになった。
少し進んだところでマネイの方からナンテに問いかけた。
「ところで君の苗字がネモイということは、辺境伯家ゆかりの子なのかな?」
「はい、父が辺境伯その人です」
「ふむ。それにしては昨日まで見かけなかったのは何故だろう」
マネイがここネモイ辺境伯領に到着したのは5日前の事だ。
寝泊まりしているのは領都の中でもっとも立派な建物、つまり領主邸だ。
そこにはネモイ辺境伯夫妻を始めガジャやチュリも寝泊まりしていて、宿泊中に何度も挨拶を交わしていた。
しかしナンテに会ったのは昨日の結婚式の時が初だった。
昨夜のうちに護衛達にも確認したがナンテに該当する少女は領主邸に居なかった。
もしかして隠し子かとも思ったが、それならこんなに堂々としているのはおかしい。
「実はここ数日は昨日の収穫祭で出す料理の材料を用意する為に、北の村で寝泊まりしていたんです」
「ほほう」
ナンテの言葉を聞いて、マネイの目がキラリと光った。
昨日のジャガイモと今の話は恐らく繋がっている。つまりその北の村で例のジャガイモが栽培されている可能性が高い。
これは是非見に行かねば。
「もし良かったらその北の村というのを案内してくれんかね」
「もちろん良いですよ。
では朝食を食べたら向かいましょう」
「うむ」
連れ立って領主邸に戻ってくると、中から屈強な男たちが飛び出してくるところだった。
彼らを見たマネイは小さく「げっ」と呟いた。
向こうもマネイを見つけて「ああっ!」と声を上げた。
「陛下、どこに行ってらしたのですか。
出掛ける際には我々に一言伝えてくださいとお願いしたではありませんか。
御身にもしもの事があったらどうするのです!?」
なるほど彼らはマネイの護衛達のようだ。
朝一にマネイに挨拶に行ったらもぬけの殻だったので、こうして探しに出ようとしたところらしい。
「安心せい。今この街で私に危害を加えられる実力者は、あー、数える程しかおらん」
なぜかちらりとナンテを見つつ答えるマネイ。
ナンテはそれには気付かず凄い自信だなぁくらいに聞いていた。
「それより今から朝食だ。
その後はこのお嬢さんと北の村に行ってくる。
帰りは……」
「夕方には戻れます」
「だそうだ」
「はっ。ではこちらでお待ちいたします」
どうやら彼らは北の村まで付いてくるようだ。
朝食を一緒にしないのは、立場的なものもあるし食堂がそんなに広くないせいでもある。
ナンテ達が食堂に入ると、そこには既にナンテの両親と他の宿泊客の姿があった。昨日の結婚式にも出席していた老夫婦だ。
ガジャとチュリの姿はないが、きっと寝坊だろう。
「皆さまおはようございます」
「お、おぉ。ナンテ。おはよう。
さ、空いている席に着きなさい」
「はい」
なぜかナンテを見た父の目が泳いでいたが何だったのだろうか。
ともかくナンテが父の隣の席に座り、配膳が済むと朝食が始まった。
普段は雑談を交えながら食事を勧めるのだけど、皆気になっているようだったので早速父はナンテの事を紹介することにした。
「遅れましたがご紹介します。娘のナンテです」
「ナンテです。皆さまよろしくお願いいたします」
食事しながらなので軽く会釈するだけに留まったナンテの紹介は概ね宿泊客に好意的に受け入れられた。
その代わり、ナンテの父に向けられる視線は鋭い。
「ナンテさんは今までどちらにいらっしゃったのですか?」
「この数日は北の村に行っていたのです」
老婦人からの質問。
やはり気になる事はマネイと同じらしい。
そして先程と同じ話をすれば当然のように続く話も同じになる。
老夫婦は顔を見合わせて頷いた。
「では儂らもその村にご一緒させて頂きましょう」
こうしてその日はナンテを含む4人+護衛数名で北のポテイト村に向かうことになった。




