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8.5歳のプレゼント

 この大陸において乳児の生存率というのはまだそれ程高くはない。

 その為、無事に5歳の誕生日を迎えた時はいつもより盛大に祝う風習があった。

 決して豊かとは言えないネモイ辺境伯でも、ナンテが5歳の誕生日はちょっとしたご馳走が振る舞われた。


「5歳のお誕生日おめでとう。ナンテ」

「無事に元気に育ってくれて嬉しいわ」

「ありがとう。お父様、お母様」


 普段はなかなかお目にかかれない鳥の丸焼きや3段重ねのジャガイモのパンケーキなどを前にナンテは目を輝かせていた。


「ほらナンテ。あーんだ」

「あーん」

「美味しいか?」

「はい。お兄様」


 少し年の離れた兄も妹の笑顔にデレデレだ。

 そうして一通り食事が済んだところで、父がナンテに尋ねた。


「さてナンテの5歳のお祝いに何かプレゼントをしたいのだが、何か欲しいものはあるかな?」

「えっと……」


 ナンテを囲む家族は笑顔ではあるが、内心不安があった。

 というのもこの答え次第で今後ナンテをどう教育していくかが決まるからだ。

 最悪な例としては「奴隷が欲しい」などと言い出した場合は思考の矯正を行う事になり、どうしても無理と判断された場合、風邪をひいて死んでしまうことになる。

 まあこれは極端すぎる例で滅多にない事だけど、それでもここで求めた物によってその子の価値観や将来の方向性を見定めることになるのだ。

 そしてナンテが求めた物は。


「それではお父様。私は土地が欲しいです」

「土地?」


 全く想定外の答えが出てきて首を傾げる事になった。


「土地など貰ってどうするんだい?」

「畑を創ります」

「え、あぁ。畑作りがしたいのか。なら適当な農地を用意すれば」

「そうではありませんわ。

 今ある農地は農家の皆様の物。それを取り上げたくはありません。

 領内には未開拓の土地が沢山ありますよね。

 その一部を自由に使わせて欲しいのです」

「ふむ」


 ナンテの言葉を聞いて顔を見合わせる大人たち。

 ネモイ辺境伯領の領民は大半が農家であり、辺境伯自らも自前の畑を持っているほどだ。

 だから領主の娘として農家や畑を大事にするのは良い心がけだ。親として兄として育て方は間違っていなかったのだと胸を張れる。

 しかし未開拓の土地となると色々と問題がある。


「いいかいナンテ。地面を掘り起こせば畑になる、という程農業は簡単なものではない。

 この家の畑だって私達のご先祖様が何年もかけて、今の実り豊かな状態になったんだよ。

 だからそう、最初は家の畑を耕すのを手伝う事から始めてはどうだろうか」

「ご心配には及びません。

 私も今日明日で畑が出来るとは思っていません。

 それに先日読んだ御本にもこう書いてありましたわ。


『貴族は3代目で没落することが多い。

 それは1代目が苦労して築き上げた地位を、2代目はその1代目を支えた重鎮達が居るお陰で維持出来るが、3代目となると1代目の苦労を知る者が居なくなるために苦労を知らず、維持することすら出来なくなる。

 それを防ぐには改めて1代目の苦労を体験させる以外に道はない』


 ということなのです」

「ふむ。ナンテは難しい本も読んでいるのだな」


 ナンテの父は書庫に納めていた本にそんな内容のものがあっただろうかと記憶を漁ってみたが、残念ながらそこまで勉強熱心ではなかったので読んでいない本の方が多くて分からなかった。


「それに聖獣シシオンは自分の子供を千尋の谷に叩き落して、更に雷撃の魔法を降らせ、這い上がってきたところを爆裂魔法で吹き飛ばすというではありませんか」

「いや最初に落とすだけではなかったか?」

「似たようなものです」


 これらは全部コロちゃんが言っていたのでちょっと誇張表現が入ったかもしれないなと思いつつも言ったもん勝ちだと胸を張る。


「ともかく上手く行かなかったとしても誰も損をすることはないのでやらせてください」

「まあ、そうだな。小さいうちは失敗も良い経験だろう」


 若干の不安は残りつつも、ナンテのお願いは聞き入れられた。

 しかしこの時、ナンテの家族は1つ重大な問題を見落としていたが、それに気づくのは数か月後の事だった。


 翌朝からナンテは身の丈に合わない大人用の鍬を抱えて家を出た。

 道を歩けば既に顔なじみとなっている領民たちと顔を合わせる事になる。


「おはようございます、ナンテお嬢様」

「おはようウリリおじさん」

「あら鍬なんて持って今日はどちらおでかけですか」

「スィーカおばさん。お父様から許可を頂いたから私専用の畑を創りに行くのよ」

「ナンテ姉ちゃん。遊ぼうぜ」

「ごめんなさい、今日はこれから大事なお仕事なの」


 領都と言っても小さな街だ。

 ほとんどが顔見知りで余所者が居ればすぐに分かるし、子供1人で歩いていても誘拐される心配などもない。


「ナンテお嬢様。この先、街の外は危険が多くあります」

「大丈夫、お父様から許可は頂いているわ」

「そうでしたか。ではお気をつけて行ってらっしゃいませ」


 外門を守る警備隊に見送られて、ナンテは悠々と街の外へと出てそのまま北へと向かった。

 そして辿り着いたのは本当に何もない草原。

 北を見れば遠くに魔物蔓延る危険な森があり、南には領都の外壁がギリギリ見える。

 他には近くに小川が流れているだけで何もない。そんな場所だ。


「さあコロちゃん。今日からここが私達の畑よ。

 一緒に頑張っていこうね!」

『おうさ。みんながビックリするような畑を創ろう!』


 ナンテは抱えていた鍬を持ち直して大上段に構えた。

 そして力の限りに振り下ろした。


「てぇい」

ズドドドッッッ!


 可愛い掛け声とは裏腹に、鍬が突き刺さった場所から3メートル程地面が掘り起こされた。

 これこそが大地の精霊たるコロちゃんの力……などではなかった。

 これを起こしたのはナンテ自身の力だ。


『僕が教えたことはちゃんと実践出来てるみたいだね』

「むぅ、前にバッケさんの畑で試した時はもっと行けたのに」

『地面が硬いんだから仕方ないさ。

 それより今日中にここ一面掘り起こすんでしょ?

 ならどんどん行こうよ』

「うん!」


 ナンテがコロちゃんと出会ってから2年。

 この2年の間、ナンテは色々な事をコロちゃんから学んでいた。

 誕生日の日に父親に話した内容もそうだし、それ以外にも畑の作り方や魔法の使い方などを、遊びながら実地で教えてもらっていた。


『まずは全身を魔力で満たしてみよう』

「こうかな」

『そうそう上手上手。

 それが出来たらお手伝いとかが捗るから、出来る限り常にその状態を維持するんだ』

「うん、やってみるー」


 こんな感じでコロちゃんは最初は冗談半分でナンテに魔法を教えていたのだけど、思いの外上達が早くて気が付けばコロちゃんも楽しくなって色々と教えすぎてしまっていた。

 ナンテは知らない事だけど5歳にして貴族学院卒業生以上の魔力量と魔法制御力を身に着けており、今なら呼吸をするように魔力を操作していた。

 ここから先、畑創りという実践を経て更にその能力を成長させていくことになる。



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