79.汗が流れる結婚式
秋も深まる11月。
空は快晴、気温も例年よりも高めで過ごしやすいこの日。
ネモイ辺境伯領では各地から沢山の賓客を招いてお祭を開催していた。
そして領都の中央広場には、この日の為に特設会場が設けられ、演壇では領主が挨拶を行っていた。
「皆様、本日は遠い所から、またお忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございます」
年に数度しか袖を通さない正装に身を包みながら、ネモイ辺境伯は早くも背中にびっしょりと汗を掻いていた。
それというのも、用意してあった貴賓席に本来予定していた方々が座っていなかったからだ。
しかしそれは別に欠席されたからという訳ではない。ちゃんとそこに居るのだ。
なのに最初立っていた(今は急ぎ追加した席に座ってもらっている)理由。
それは、明らかにその人達よりも高貴な人達が用意していた席に座っているからだ。
(一応お忍びだとは聞いているが、どうしてこうなった)
彼らは数日前から現地入りしていたので、当然領主であるネモイ辺境伯とも挨拶は済んでいる。
その際に本当の身分をほのめかされていた。
正面向かって右手の一番前の席に座っているのはヒマリヤ王国の前国王夫妻。左手の席に座っているのはなんとアウルム帝国の皇帝その人だという。
(ほんとどうしてこうなった! 皇帝暇なのか?!)
心の中で全力で叫びつつもきっちりと挨拶は進めている辺り、辺境伯もプロである。
そして格上の相手には特に長い挨拶は嫌がられるので、当初予定していた内容の半分以上をカットして次の式次へと進むことにした。
「それでは本日の主役である、息子ガジャとその伴侶チュリ。私の前へ」
その言葉に合わせて、ガジャが広場の奥に停車していた馬車の扉を開けて、中で待機していた花嫁姿のチュリの手を取り降車を手伝う。
そしてそのまま大勢の住民の間に設けられた花道をゆっくりと歩いていった。
「結婚おめでとうございます!」
「お幸せに!」
横に控えていた人達は口々にお祝いの言葉を投げかけながら用意していた花びらを振り撒く。
ガジャもチュリも笑顔で応えながら父である辺境伯の前まで進んだ。
演壇を挟んで向かい合った3人はお互いの顔を見合ってしっかりと頷いた。
「ガジャよ。
この地は人が生きるには厳しい土地だ。
お前ひとりの力では到底生き抜く事は出来ないだろう。
今日から妻となるチュリと手を携え、皆と力を合わせてこの領地を護っていきなさい」
「お任せください父上」
「チュリ。まずは私の息子の元に嫁いでくれたこと、心からお礼が言いたい。
この半年で分かったと思うが、ここは決して豊かな土地ではない。
楽な暮らしも出来ず貴族としての華々しさもないだろう。
それでもガジャと支え合い皆が笑顔になれるように尽力して欲しい」
「はい、お義父様」
教会が取り仕切れば定型文が並ぶところだけど、地方の結婚式はそうではない。
そもそも式を行うこと自体が稀で、両家を集めてささやかな食事会をするくらいが一般的だ。
ガジャ達は領主の子供で次期領主なので領民への顔見せの意味も含めてこうして大々的に行っているが、本質は家族でのお祝いと変わりない。
なので父から息子たちに贈る言葉も自分で考えた言葉になった。
そして新郎新婦を皆の方へと向き直らせ、最後に全体に向けて声を掛ける。
「お集りの皆様。
この若きふたりの門出に祝福をお与えください!」
「「おおおーーーっ」」
パチパチパチパチッ
広場に集まっている人達から歓声と拍手が巻き起こり、ガジャ達は深く頭を下げた。
これで結婚式は終了だ。会は次へと進む。
ガジャとチュリは目線を合わせて頷き合い声を発した。
「それではこれより、収穫祭を執り行います!
今日は無礼講っ。飲んで食べて日頃の苦労を吹き飛ばしてくれ!」
「「おっしゃああああっ」」
今日の主役はガジャ達だ。
なので結婚式後の収穫祭もガジャ達が中心となって企画して開催する運びとなった。
祝福の声よりも盛大に歓声が上がった気がするけど気にしない方が良いだろう。
待ってましたと続々と屋台で料理が作られ始め、すぐにいい匂いが街中に広がっていく。
貴賓席にも料理と飲み物が運ばれてきて食事会の様相になった。
ただし運ばれるのは最初だけで、後は屋台から取ってくる必要がある。
最初、来賓の方々を見た時にこれは無礼講とはいえ無礼過ぎるのではないかという意見もあったけど「やっぱり焼きたてが一番美味しいもの」というナンテの一声でこのスタイルになった。
まぁもっとも、取りに行くのは偉い人の護衛の人達なのだろうけど。
そしてここからのガジャとチュリは自分達の為に来てくれた人達に接待する側へと切り替わった。
「今日はお越しいただきありがとうございます」
「結婚おめでとう!」
貴賓席の間をお酒を注いで回りながら、挨拶を交わしていく。
ただ、相手は格上というか雲の上の立場の人達なので粗相をしないか内心ビクビクだ。
そんなガジャ達の横ではナンテが焼き立てのジャガイモを持って空いていた人に話しかけていた。
「こんにちは、おじさま。
こちら上手に焼き上がりました。良かったら食べてください」
「おぉ、ありがとうお嬢さん。では早速一口」
まるで近所に住む祖父と孫のような会話だけどもちろん初対面。
そしてナンテが話しかけた相手はアウルム帝国の皇帝だ。
すぐ近くに控えていた護衛が目を光らせる中、ごく自然な振る舞い過ぎて警戒心を抱けず、皇帝がジャガイモを一口食べてしまったところでようやく、護衛はこれに毒が入ってたらと慌てる事になった。
「ぬおっ!?」
「へ、陛下!!」
ジャガイモを食べた瞬間、飛び跳ねるように立ち上がった皇帝を見て『やはり毒が!』と思ったが次の瞬間、皇帝が歓喜の叫びをあげたので別の意味で驚いた。
「これじゃあああーーーっ!」
「「!!??」」
普段皇帝として毅然とした姿しか見せて来なかったのに、ジャガイモ1つで叫び出すとは何事か。
そんな周囲の驚きを無視して皇帝はジャガイモをくれた少女の両肩をガシリと掴んだ。
「少女よ。このジャガイモは一体なんだ!?
というかこれが本物のジャガイモだというのか!
どうすれば手に入る。教えてくれ!!」
「えっとえっとえっと」
がくがくと揺らされるので目が回りそうだ。
「陛下、落ち着いてください」
「お、おぉ。すまんな。
少女も許してくれ」
「は、はい」
控えていた護衛達が宥めることでようやく解放されたが、しかしそれだけ騒げば当然注目を集める。
ヒマリヤ王国の重鎮達もナンテを取り囲み始めた。
それ以外の来賓の方々も集まって来てプレッシャーが凄い。
何気なくやったことが大事になって来たと慌てたナンテは手をわたわたさせながら答えた。
「あ、あの!
今日はお祭りなので、難しい話は明日にしましょう!」
「「……」」
咄嗟にそう呼び掛けてみたものの、周囲に反応はない。
言うべき言葉を間違えただろうか。
いや、一瞬遅れて皇帝が全員に聞こえるように大きな声で応えた。
「はっはっは。そうだな。いや済まぬ。
今日の主役を置き去りにする訳にもいかぬしな。
皆さんもお騒がせして申し訳ない。
今は祭りを楽しもうではありませんか!」
「そうですな」
「ごもっとも!」
皇帝の呼びかけにこの場は解散となった。
ほっと胸を撫で降ろすナンテに、皇帝はウィンクを1つ飛ばしてから小声で訊ねた。
「それで少女よ、おかわりはあるかな」
「ふふっ、少し待っててくださいね」
隠れてお菓子をねだるような皇帝の振る舞いに笑いつつ、ナンテはおかわりを取りに駆け出していった。




