78.各地でジャガイモが収穫出来たので
その話をナンテが聞いたのは8月も終わりを迎えた頃の事だった。
「そう言えばナンテお嬢様は大会には出られるのですか?」
いつもネモイ辺境伯領と南方の領地の間で行商を行っている商人が思い出したようにナンテに問いかけた。
しかしナンテにとってそれは初耳だった。
「大会って何の事ですか?」
「ジャガイモの料理大会が王都で開かれるんです。
頑張れば金一封も手に入るそうですよ。
聞いていませんか?」
「初耳だわ」
詳しく聞いてもナンテはどこ吹く風だ。
行商人としてはこれまで通って来た村の人達は金一封と聞けば目を輝かせていたので不思議に思ったが、よく考えればナンテは貴族の娘なのでお金には困っていないのだろうと思い直した。
だけどナンテが興味を示さなかったのは別の理由だ。
「残念だけど今出来ているジャガイモは質が余り良くないの」
「そうですか? 俺には他の領地のものと比べても遜色ないと思いますがね」
「かもしれないけど、自分で納得していないものを他人に披露する訳にはいかないでしょ?」
「それはそうですね!」
その道の達人であればこそ、最高の作品以外を他人に見られるのは恥と考える。
ナンテも畑の、もっと言えばジャガイモの達人だ。
他人の畑のジャガイモを批判する気はないけど、自分の畑で獲れたジャガイモには誇りを持っている。
(先日収穫した促成栽培のジャガイモはあくまで去年からの食糧不足に対する救済措置。
点数を付けるとしたら40点くらいかな)
40点というのはつまり、落第点も良い所だ。
せめて80点くらいないと胸を張って人前に出すことは出来ない。
「それに開催場所は王都なのでしょう?
往復で1月以上も畑を空ける訳にはいかないわ」
去年は村人たちに任せて何度か旅に出ていたけど、急ピッチで栽培を繰り返している今年はそうはいかない。
ジャガイモだけでなく他の野菜も連続して育てているせいで畑が少しくたびれて来ているのだ。
いま目を離せば、成長途中で枯れてしまったり、病気になる野菜が出て来てしまうだろう。
そうなってしまえば大損害だ。
折角持ち直してきた領内の食糧事情にも影が差してしまうだろう。
「あと王都まで行く旅費は自腹ですよね。
なら大半の農家の方は行けないので、参加者は行商人の皆さんになるんじゃないですか?」
「確かに産地まで仕入れに行って、王都に戻った際についでに大会に参加する、くらいが丁度良いのかもしれませんね」
そうして11月になってようやく開催されたジャガイモの料理大会は、ナンテの予想通り数組の行商人が参加するに留まった。
普通、王家主催であればこの倍どころか3倍以上の参加者で盛り上がるものだけど、実にこじんまりとした大会で残念なものになってしまった。
それを見て国王は酷くご立腹だったそうだけど、それはナンテの与り知らぬところだ。
それと、その大会の1月前の10月には、隣接する両国に向けてジャガイモが輸出されていたが、そのジャガイモの出どころもネモイ辺境伯領以外から集められたものであった。
後からその話を聞いたナンテの家族はちょっと呆れながら笑い合っていた。
「はっはっは。国王陛下は完全に私達の領地を無視することに決めたようだ」
「まあそれで私達が困ることもありませんし良いのではないですか?」
「むしろ今ジャガイモを差し出せと言われても無理ですし」
10月なら一般の農家の畑でもジャガイモの収穫が行われていたが、それは今年の冬を乗り切るためのもの。
今はまだ他国に売るほどの量は残っていない。
だから仮に王家からジャガイモを寄越せと言われたら、体裁を保つために1箱だけ持って行くとかになるだろう。
そしてこれも遅れて11月になってからネモイ辺境伯領に届いた情報だけど、両国に送り届けられたジャガイモは大層不評だったらしい。
「去年頂いたジャガイモとはまるで味が違う」
「不良品を持って来たのではないか」
「輸送途中ですり替えられたのか?」
「これではジャガイモ詐欺だ!」
などなど「これじゃない」という非難の手紙が何通も王宮に届けられた。
そんなことを言われても王宮で暮らしている者は誰一人ジャガイモの味を知らないので言いがかりを付けられたとしか受け取れなかった。
お陰で隣国との関係が悪化し貿易の多くが取り止めになったりと、冬には若干早いのに冷たい風が王都と中央の辺境伯領に流れ込んでいた。
そしてそんな都会の話とは無縁なのがネモイ辺境伯領だ。
「ふぅ、よし。
冬ジャガイモの出来はだいぶいつもの状態に戻ったわね!」
今年2度目となるジャガイモの収穫を行うナンテの手の中には冷害が来る前に収穫していたのと同程度の品質のものがあった。
点数を付けるとすれば85点。
やはり若干ではあるが畑が疲れてしまっているので最高の出来とまでは行かなかったが、これなら友人を招待してパーティーを開いても問題ないだろう。
「いかがでしょうか、お父様」
「ふむ、そうだな」
ナンテから収穫祭も兼ねて領内でイベントを開催しようという提案を受けて父は考えた。
はっきり言って悪くない話だ。
領民たちも去年からの食糧難でかなりギリギリの毎日を過ごしてきた。それが無事に乗り越えられたんだと実感してもらい喜びを分かち合う為にも、元気になれる催し物を行うのは実に良い案だ。
というか、ナンテが言う前から冬支度を始める前に領民向けに何かしたいとは考えていたのだ。
「各地から上がってきている畑の収穫量についても申し分ない。
これなら数日羽目を外しても問題ないだろう。
よし折角だからあれと一緒に執り行うとしようか」
「あれ、ですか」
あれが何かと言えばそう。今年一番のお祝い事があったではないか!!
「ガジャとチュリの結婚式だ。
既に各所には11月行う予定だと招待状も送ってある。
その時に領内の各町で同時にお祭りを執り行おう」
「なるほど、それは素晴らしいお話ですね!
それなら盛大に行いましょう」
そうと決まれば早速準備だ。
事前に招待状を送っていた所にも改めて、収穫祭も一緒に執り行う旨の手紙を送ることにした。
やっぱり結婚式とお祭りではやってくる人の層も変わってくるだろう。
領外からの来賓も当初予定していた倍は見込める。
そうすると外貨獲得のチャンスでもあるが、宿の確保なども必要になってくる。
開催日まではまだ日数があるがホストであるナンテ達は慌ただしく走り回ることになった。




