75.やはり実食してもらうのが一番説得力がある
いつもありがとうございます。
本来もっとねちっこく嫌味をグチグチと言われる回なのですが、
私がそういうのあまり好きではないのでサラッと流してます。
ネモイ辺境伯が王都に着いたのは6月5日。
そこから更に王への謁見に辿り着くまで10日も待たされることになった。
その待たされた原因だが、恐らくは見物人たちの集合を待つ為だったのだろう。
(錚々たる面子が揃っているな)
謁見の間に入って周囲を見渡せば国王陛下と王妃(?)の他に王都や近隣の領地に住む大貴族達が集まっていた。
今回の謁見はその内容から考えれば大したものではない。
普通に考えれば関係役人が数人居れば十分なところにこの大人数。
彼らがなぜここに居るのかと言えばそれは当然決まっている。
(暇つぶしだな)
気晴らしとか鬱憤晴らしの側面もあるだろうけど、要するにそう言う事である。
自分でこうなるように仕向けたところはあるのだけど、辺境伯としては貴族なんだから仕事しろと声を大にして言いたい。
こっちは1月以上も領地を空けてまで王都にやって来たというのに。
まあそうは思うが辺境伯も貴族だ。顔には出さない。
王の御前にて臣下の礼を取りながら挨拶を述べる。
「ネモイ辺境伯、王の命により参上致しました」
「うむ」
王は一つ頷くと横に控えていた秘書官に目で合図を送った。
それを受けて秘書官が書状を読み上げた。
「ネモイ辺境伯。
貴殿には幾つかの嫌疑が掛けられている。
1つ。昨年秋から再三に渡り王家からの食糧の拠出要請を断っていた。
にも拘らず、冬頃に地方に対し食糧支援を行った。
この事に相違無いか?」
「はい、相違ありません」
問われた事にはっきりと返事を返した。
それを聞いて周囲の貴族達が騒ぎ出す。
「何と言う事だ。
我等貴族がまず守るべきは陛下の御身。
それを蔑ろにするとは許せん所業だ」
「辺境伯という身分に驕ったか!?」
「地方に手を回すとは、まさか謀反を企てているのではあるまいな」
ほかにも幾つもの根拠のない憶測や非難が飛び交う。
それがやや落ち着いたところで辺境伯は口を開いた。
「陛下。この場は弁明の場だと聞いておりましたが、発言をお許し頂けるでしょうか」
「ふむ。よかろう。申してみよ」
「ありがとうございます。
我が辺境伯領では小麦を始めとした貴き方々が口にする食糧はほとんど生産出来ぬ地です。
育つのはジャガイモを始めとした下賤の者や家畜が食べるようなものばかりでございます。
その為、陛下に献上したくても出来る物が何もなかったのでございます。
地方領地に送った食糧もそう言ったものばかりであることは確認を取ればすぐに分かる事でしょう」
辺境伯の言葉を聞いて今度は非難の代わりに嘲笑が広がった。
「ジャガイモって人間が食べられたのか?」
「少なくとも我々貴族が食べるものではないでしょう」
「確かにそんなものを送りつけられても陛下も困ってしまうな」
「流石ど田舎辺境伯だ」
「地方領主も貴族とは名ばかりの者ばかりなのだろう」
「私の寄子の領主も辺境伯から支援を受け取っていたようだが、特に辺境伯を擁護するような事は一言も言っていなかったな」
「有難迷惑な話だったんじゃないか?」
彼らの声を聞きながら王は何も言わずに憮然と玉座に座っていた。
そして再びちらりと横の秘書官に合図を送った。
「続いて。昨年冬にネモイ辺境伯領から他国に大量の物資が運び出されていたという報告が挙がっている。
それについてはどうか」
「確かに荷馬車数台が国境を越えたと報告を受けています」
「国境を守護する辺境伯ならば阻止するべき案件ではないか?」
「お言葉ですが、南部から我が領内に食糧が持ち込まれたという話はありません。
ならば仮にその荷物が食糧であったとしても、やはり家畜の飼料のようなものでしょう。
止めたところで国に益はありません。
それにもし商人の馬車を没収したとなれば領内から商人は居なくなるでしょう。
そうなれば碌に作物も取れない我が領はあっという間に干上がります」
商人だって身の安全と商売の安全が危ぶまれるような場所に近づこうとは思わない。
街道に盗賊が出るとか疫病が流行っているとかであれば短期的な問題で、それが解消されれば再び来ることもあるだろう。
しかし領主が権力と軍事力を使って商材を強奪していくとなると、その領主が代替わりするまで領内に商人が近付く事は無い。
商人は横の繋がりも強いので一度噂が流れ出せばあっという間に国中に広がるだろう。
そうなれば商人の代わりに領主が部隊を動かして商人の真似事をしないといけなくなるが、当然本職よりも目利きが出来るはずもなく、輸送費もかなりの額になるので大損間違いなしである。
「で、では最後に。
今年3月ごろ、つまり北部では食糧難が最も深刻な時に度々領主邸で領民を招いて食事会を開いていたという情報があるが、これの真偽を問いたい」
「それについても事実です」
「つまりネモイ辺境伯領ではそれだけの食糧をまだ隠し持っていたということだな。
同時期に他の領地では餓死者が何人も出ている。
貴殿がその食糧を提供していれば防げたかもしれないのだ。
その罪過についてはどう弁明するつもりだ。
これについては家畜の飼料だからと言い逃れは認めない」
餓死寸前なら家畜の餌であっても喜んで食べたかもしれない。
まあここに居る貴族たちは余裕で自分たちの食糧だけは確保していただろうから関係のない話だ。
だから偉そうに言っているが所詮他人事。
感情に訴えるような話は通じないだろう。
そこで辺境伯は一計を案じてみた。
「それなのですが、当時食べていた料理をご用意させて頂きました。
こちらに運び込んで皆様にご賞味頂きたいのですが如何でしょうか」
「ほう、面白そうだな。よかろう」
辺境伯の言葉に、皆どんな貧相な料理が出て来るのかと興味津々だ。
半端な物を出せば笑いものにしてやろうと待ち構えた。
そして次々と運び込まれてくる大皿や鍋。そのどれもに厳重に蓋がしてあった。
準備が整うまでの間に、辺境伯は王に問いかけた。
「ところで陛下。王妃様はどちらにいらっしゃるのでしょうか」
「む、ここにいるエポワスがそうだが?」
「ヴァランセ様から替わられたのですか」
「そうだ。あの女は前から私の決めたことに文句ばかり言って居ったのでな。
今年の2月に離縁してやったわ!」
(何と言う事をっ)
諫言を言ってくれる者を遠ざけてイエスマンだけを身の回りに置いたらどうなるかなど、少し考えれば分かるだろう。
ヴァランセ王妃は辺境伯の目から見てもしっかりした女性だった。
それにヴァランセ王妃は公爵家の出。つまり政略結婚の側面もあったはず。
それを一方的に捨てたとなると公爵家からの印象は最悪だ。
もっと言うと、正式に結婚した妻を正当な理由もなしに捨てるのは婚約破棄などとは比べ物にならない重大事件だ。それを分かっているのだろうか。
まあこの場で何を言っても意味は無い。
それよりも食事の準備が整った。
「あ、そうそう。少し臭いがきつい料理ですのでお気を付けください」
「うむ」
「それでは皆様。これが我がネモイ辺境伯領で飢餓を脱する為に食べていた料理です。
心行くまでご堪能下さい」
言いながらスタッフに合図を送り一斉に蓋を開けた。
その直後、室内に充満する臭気に辺境伯を除く全員が呼吸困難に陥った。
余りの臭さに気絶する者、嘔吐する者なども続出して正に地獄絵図だ。
「窓を開けよ!」
「き、貴様!まさか我らを毒殺する気か!!」
そう言われても辺境伯は涼しい顔だ。
料理のすぐ近くに立っているのに飄々と立っている姿はどこか達人の風格がある。
「お言葉ですがこの臭いは毒ではありません。
もちろん料理そのものも食べられるものですし、実際に我が領で食べていたものです」
「ならば今すぐ食べてみせよ!」
「はっ、それではお先に頂きます」
一応断りを入れてから骨付き肉(?)を手に取り齧り付く。
続いて鍋からスープ(?)を取りレンゲで一口飲み込む。
その様子を意識の残っていた者たちは恐れを籠めた眼差しで見守った。
今の所辺境伯に異常は無さそうだ。
「御覧の通り、毒はありません。
我が家では今年の3月から1か月以上食べ続けた実績もありますので健康にも問題はありません。
皆様もどうぞ召し上がってみてください」
「そんな臭い物、食えるわけないだろう!
というか何なのだそれは!!」
「ゴブリンの肉です」
事も無げに言って見せる辺境伯。
そしてついでとばかりに残っていた肉を齧ってみせた。
「それで、この料理であれば提供出来たのですがした方がよかったでしょうか?」
「要るか馬鹿者!
それよりさっさと下げさせろ」
「ははっ」
そうして辺境伯を笑いものにしつつ憂さ晴らしに使う場は、多くの貴族にトラウマを植え付ける場になったのだった。




