74.召喚状が届いた
ガジャ達の懸念が現実になったのは5月になったある日の事だった。
王家から召喚状が届いたのだ。
「『昨年の飢饉に際し、幾つか見過ごせない報告が届いている。そこで辺境伯自身の口から弁明があるなら聞いてやろう』
手紙の内容を要約すればそんなところだな」
手紙をテーブルの上に放り投げながら辺境伯は天井を仰いだ。
まったく弁明とは、最初から罪が確定しているかのような言い様ではないか。
それを見てテーブルを囲んでいる他の家族もため息をついた。
「王都に行かれるのですか?」
「行くしかないだろう」
妻の気遣わし気な問いに辺境伯である夫は答えた。
この要請を無視すれば、それこそ無実の罪を山のように積み上げられてしまうだろう。
しかし馬鹿正直に出向いて本当の事を伝えたとしても冤罪を掛けられる危険は大きい。
「彼らの目的が何か、だな」
辺境伯家の罪を問おうとしている者たちは、その結果として何かを得ようとしているはず。
それが分かれば彼らの目を別の方向に逸らしつつ問題を終息させることも出来るだろう。
「この辺境伯の地位や土地が欲しいとかですか?」
「うーむ、自分で言うのは気が引けるが、この地にそれだけの価値はあると思うか?」
「ナンテがセットで付いてくるのであれば十分な価値があるでしょう」
「え、私ですか?」
家族会議の場で急に名前を挙げられてナンテは驚いた。
ナンテとしては自分など居なくても十分にこの地には価値があると思っている。
もちろん他人から強引に奪ってまで欲しいかと言われたら首を横に振るけど。
「仮にナンテを嫁に寄越せと言ってくる者が居たら畑の肥やしにしよう」
「ええ、それが良いですね」
「きっといい野菜が育つ」
夫の過激な発言に妻も同意しガジャまでも横で頷いていた。
唯一ナンテだけは、そんなことあるはずないのにと気楽に構えていた。
「しかし土地が目当てで無いとすると他に何があるだろうか」
「北の魔物の森はどうですか」
「今年になってから出没する魔物が昔に戻ったが、それでも手に入る素材と討伐に掛かる費用を天秤にかけると大した収益にはならないな」
ホルスティーヌやウコッケーなど、家畜の代わりになる魔物は存在するし、オークなどの食肉に加工できる魔物もいる。
他にも大きめの魔石を手に入れられたらひと財産築けるだろう。
だけど魔物の襲撃に対する備えも必要になるし、出ていく経費は結構な額だ。
ここ数年で言えばナンテが領都の北に畑と言う名の防衛線を敷いてくれたから大分経費が浮いたのだけど、その事に中央貴族が気付いているとは考えにくい。
「あと考えられるのは隣国との貿易、でしょうか」
「それとて家同士の取引を行っている程度で国として貿易している訳ではない。
仮に我が家を奪った状態で取引しようとしてもなかなか成立しないぞ」
「そうかもしれませんが、欲に目がくらんだ者たちは良い所しか見てない可能性があります」
「それは、たしかに十分あり得る話だな」
経費とか襲撃の危険とか冬の寒さとか、マイナス面は丸っと無視して儲けたところだけを切り取れば辺境伯領にも多少の旨味はある、かもしれない。
断言できないところはちょっと悲しいが。
「後は単純に嫌がらせとか鬱憤晴らしとかの線はどうでしょう」
「むしろそれが一番ありそうだな。
各領地は去年の冷害と飢饉で多くの被害が出ているし、民に不満が溜まっている事だろう。
その不満と怒りの矛先をどこか適当な場所に向けさせる為に仕組んだというなら納得がいく」
民衆と言うものは基本的に国がどうとか世界がどうとか知った事ではない。
ただ自分たちの生活が少しでも楽になれば幸せだし、苦しいのは生まれのせい、もしくは領主の治世が悪いせいと考える。
日々の食べ物に困る事態になったのも、喧嘩が増えたことも、隣家の赤ん坊の泣き声が五月蠅いのだって、みんなみんな誰かが悪いんだと思っている。
領主たちはその負の感情が自分たちに向かないように、適当な悪者を求めているのだ。
『恨むならあいつを恨め』
それで民衆の鬱憤を晴らすことが出来れば、事実として一切彼らの生活が潤わなかったとしても、領主の平和は保つことが可能だ。
その怒りを向けられた側は堪ったものではないが。
「そうだとすると、解決策は何だ」
「いっそのこと何か大きな事件でも起きてくれたら早いんだけど」
「他人の不幸を願うのは良くないわ」
「かと言って彼らの為に犠牲になる訳にはいかない」
話し合いは堂々巡りであった。
そしてナンテは辺境伯家の一員としてこの場に同席しているけど、人の悪意には疎いせいでイマイチ話について行けていなかった。
(みんな飢饉を乗り切れたのだから良かったねじゃダメなのかしら)
鬱憤が溜まっているなら身体を動かして発散すればいい。
畑仕事をすればみんな解決するんじゃないだろうか。
なんて思ったりもするけど、そういえば王都は畑が無かったなと思い直した。
だけどそれならこれだ。
「みんなお腹いっぱいになれば解決するんじゃないですか?」
5歳の時に兄のガジャから教えてもらった事だ。
人間、お腹いっぱいに食べられたなら笑顔になれる。
だから畑を耕して美味しい作物をいっぱい育てればみんな幸せになるはずだ。
今回文句を言って来た人達もきっとお腹を空かせているからそんなことを言って来たに違いない。
ただ、もちろん今のネモイ辺境伯領に彼らを満腹に出来るような食料は残っていない。
が、そこで父が1つ閃いた。
「なるほど。ナンテの言う通り主だった貴族達を集めての食事会というのは名案だ」
「あなた。中央の貴族たちが満足する料理をどうやって手配するというのですか?」
「なに。満足させる必要はないさ。
ナンテ、あれはまだ沢山残っているかい?」
「あれですか? あれならまだ馬車数台分はありますよ」
ナンテの返事を聞いた父はニヤリと笑みを浮かべた。
そして数日後。準備を整えた父は食材を満載した馬車に乗って王都へと出発したのだった。




