67.救援物資
空腹に悩まされながらも何とか3月を迎える事が出来た。
この頃になると日中の気温も上がり始め、少しずつ雪も解け始めている。
王都近郊や南部の土地では春野菜の栽培がおこなわれ、去年からの食糧難で需要が高まっている分、今が稼ぎ時だとどこの農場でも競い合うように収穫し、出荷しているだろう。
だけど。
「こちらに回す分は無いだと!?」
ドンッ!!
ナンテの父は送られて来た書状の内容を読み、思わず机を殴りつけた。
足の早い葉野菜は確かに南部から北の辺境伯領まで運び込むことは難しいだろう。
しかし同様の返答が中央付近の領地からも送られてきていた。
生産した食料は自領内を賄うので精一杯であり、そちらに回すことは出来ないと。
だが密偵の報告によれば外貨獲得の為にと領民が飢えているのも無視して他領へ積極的に販売しているというではないか。
「王宮からの嫌がらせか」
「そうでしょうな」
ジーネンも応えつつため息をついた。
今回の飢饉において、ネモイ辺境伯領の食料は王都を始めとした高位貴族の領都には極力回さないように手配していた。
それは、位の高い貴族であるほどネモイ辺境伯領の食料、つまりジャガイモを毛嫌いする風潮があったことと、なにより都市部にはそれなりに食料の貯蔵があるので領主の差配によって餓死者は出なくなると見積もったからだ。
その代わり辺境の町や村にはどこよりも多くの食料を配っていた。
これにより餓死せずに済んだものが大勢居るはずなのだけど、そう言った所は上の命令には逆らえないので返礼を期待するだけ酷というものか。
「しかし実際の所どうしたものか」
怒ろうが嘆こうが雪がまだ多く積もっているネモイ辺境伯領では食糧の生産は儘ならない。
かと言ってあと1月我慢できるかと言えば、かなり厳しい。
「お父様。私は少しでも早く収穫が行えるように畑を耕してきます」
ナンテは一言父に伝えて家を出た。
以前行き先も告げずに10日も外泊した上に帰ってきたら倒れてしまったので、きちんと家を出る前に行き先を報告することが義務付けられてしまったナンテである。
ともかく鍬を担いだナンテが向かうのはいつもの畑。
村人たちと力を合わせて雪は畑の外に運び出しているので土は見える状態だ。
しかし冷えて固まっているし奥の方はまだ凍っているだろう。
これでは苗を植えても枯れてしまう。
「まずは掘り起こすところからね」
鍬を振り上げて畑へと振り下ろす。
が、凍った土と言うのは非常に硬い。さらに流石のナンテも空腹が長く続いたために普段の力の半分も出せていなかった。
それでもどうにか1面分を耕したところで体力切れでへたり込んだ。
「お腹が空いてちからが出ない」
『がんばれ~ナンテ』
「こういう時はコロちゃんが羨ましいわ」
コロちゃんは精霊なので人間と同じようにご飯を摂る必要がないので、こんな時でも元気だ。
だからと言ってコロちゃんの力で食べ物を生み出す事は出来ないので今出来るのは応援くらいなのだが。
「とにかく冷え切った畑を温めないと。
どうすればいいかな」
単純に暖を取るなら焚き火をするという手もあるが、その場合ほとんどの熱が地面に伝わらずに上に逃げてしまう。
なら穴を掘ってその中で燃やせばと思うが、穴の中では残念ながら酸素不足であまり燃えないのだ。
魔法で生み出した炎ならその限りではないのだけど、ナンテは火に関する魔法は苦手だ。畑仕事に火はあまり使わないから。
『たとえば、ナンテなら寒い時に何がほしい?』
「私?うーん、温かいスープかな」
『ならそれで行こう! 温かいスープ作戦だ』
コロちゃんの案は、火じゃなくて熱いお湯を畑に流し込もうというもの。
水系統の魔法ならナンテもある程度は使える。
熱湯を作るのはちょっと大変だけど、手で触れるくらいの温度ならそこまででもない。
幸い水源はすぐ近くに山のように積まれている。
そうしてナンテがせっせと雪山を温水に変えて畑に流し込んでいると、魔物の森に異変があった。
『ナンテ。森から何かやってくるよ』
「うん、魔物? にしては変な感じね」
畑仕事の手を止めて様子を窺っていると、10体ほどの巨体が森から出て来た。
姿形からしてオークのようだったが、正しくはオークを背負った獣人たちだった。
その先頭に立っている者の顔にナンテは見覚えがあった。
「こんにちは。
あなたは確か、森の民の戦士ブナでしたか?」
「そうだ。畑の民のナンテ。我らの救世主」
ナンテが駆け寄って挨拶すると、森の民たちは背負っていたオークを地面に置いて深々と頭を下げた。
彼らは以前食糧難に陥っていた所をナンテに助けられた者たちだった。
その時に村長がナンテを『救世主』と呼んで感謝を示したせいで森の民たちは揃ってナンテを『救世主』と呼ぶようになってしまった。
ナンテとしては全然そこまでの事をした気はないのだけど。
「それで、皆さんがここまで来ると言う事は余程の事ですよね。
また村に巨大な魔物が出現したりしたのですか?」
「いや、村は無事だ。凶悪な魔物も村には近づいて来ない。すべては救世主様のお陰だ」
「それを伝えに?」
「本題はこれだ」
言いながら横に置いたオークをポンと叩く。
「去年の夏からゴブリンが減り、オークを始め以前のように様々な動物や魔物が姿を現わすようになった。
そして今回、纏まった量が狩れたので救世主様に捧げようと言う話になり、こうして持って来た。
どうか受け取って欲しい」
10体分のオークの肉。
更には内臓や血液もちゃんと処理して持って来ているという。
これらをスープにして領民に配ることが出来れば今の飢餓状態もかなり改善出来るだろう。
ナンテも思わず膝を突いて手を組み感謝の祈りを捧げた。
「ありがとうございます。
これがあればもう、ゴブリンを食べなくても大丈夫になります」
「「も、申し訳ございませんでしたーーー!!」」
「え? え?」
今度は急にブナ達は頭を地面に叩きつけて土下座をし始めた。
突然過ぎて何が起きたのか分からないナンテはオロオロと説明を求めた。
「まさか救世主様がたがそのような窮地に陥っているとは露知らず。
我らはまず自分たちが無事に冬を越せるようにと、獲れた獲物は村内で食べていたのです。
もちろん、オークを始めとした美味しく食べられる獲物です。
こんな事なら最初に獲れた獲物を救世主様に献上すべきでした」
恩を仇で返す、とまでは行かなくても恩人が窮地に陥っている時にそれを救う手立てがあったのに何もせずに自分たちだけのうのうと生きていたなど、切腹ものの大罪である。
「こうなったら我らもゴブリンを食べて死にます!」
「ちょっと待って! 死ぬ必要はありません。
あとゴブリンを食べても死ねません」
「しかしそれでは我らはどうやってこの罪を償えば良いでしょう」
別にナンテとしては彼らが自分達の村を護った事を罪だとは思っていない。
むしろ折角助けた人たちが、その後無事に過ごせているのなら良いことではないか。
でもそれを言っても彼らは納得しないだろう。
だから代案を出すことにした。
「見ての通り私達の畑はまだ作物が育っていません。
無事に野菜が収穫できるようになるまでで良いので、今後も獲物を持って来て下さい」
「はっ。それくらいお安い御用です!」
こうしてこの日から3日に1回は獲物が届けられるようになった。
お陰でネモイ辺境伯領の食料問題はだいぶ改善された。
毎日でないのは、狩った場所から距離があって運ぶのに時間がかかるかららしい。
後日、魔物ハンターズギルドと揉める事になるがそれは別の話だ。
やっとここまで辿り着きました。
当初の予定では20話も掛からずに済む予定だったのですが。




