62.突然の冬
ナンテ達は無事に辺境伯領に帰って来た。
1月近く留守にしていたので溜まっている仕事を片付けていけばあっという間に夏が終わってしまった。
そしてやって来た冬。
「お父様お母様。見てください雪です。雪が降ってきました」
「おぉ、すごいな。今年の初雪は早いなぁ」
「あらあらまあまあ、ほんと。結構本格的に降ってるわねぇ」
ネモイ辺境伯領は国の最北端。
毎年雪は結構積もる地域だ。
だから冬の到来を告げる雪を見るとちょっとテンションが上がる。
揃って屋敷の窓から空を見上げてふわふわと落ちて来る雪に目を細めた。
あぁやっぱり冬と言えば雪だよなぁ。
「って、そうじゃなくて今はまだ9月の終わりです。
雪が降るのはまだ2月も早いじゃないですか」
「「うぐ」」
頑張って現実逃避していたのにナンテに現実に引き戻された両親。
いくら最北端と言っても9月に雪が降った事は生まれてこの方1度も無い。
夏の次に秋が来ずに冬が来るなんて完全に異常気象である。
まあ今年は夏も夏で全然気温が上がらなかったのだけど、それでも今朝から急に気温が下がった。
「冬将軍は予定より早く仕事が終わるって言ってたのに」
『まぁ何かあったんだろうね』
ナンテの呟きを拾ってコロちゃんが答える。
「何かって、まさか勇者に討伐されてしまったとか」
『それならむしろ気温が上がってもおかしくない。
だから多分逆だね』
「逆?」
『討伐されたんじゃなくてしたんだ。冬将軍が勇者を。
寒くなったのはその戦いの余波じゃないかな』
ナンテが出会った勇者と同じ人かどうかは分からないけど、最近になってまた勇者が冬将軍の元に訪れ剣を向けた。
それに対抗するために冬将軍が自身の力を開放したんじゃないかというのがコロちゃんの見立てだ。
ナンテの魔法が畑魔法であるのと同様に冬将軍の魔法は冬そのもの。
精霊の魔法は人間が扱うものよりはるかに強力だ。
戦いが激しかったのであればその余波で周囲一帯が真冬になってもおかしくないし、ある程度離れたこの場所も秋を通り越して冬になってしまったのだろう。
お陰で問題は山積みだ。
単純に冬が長くなったという話ではないのだ。
「あの、お父様」
「ナンテはナンテのやるべきことをやりなさい。
国や領地の事を考えるのは私の仕事だ」
「はい!」
ナンテの逡巡を一瞬で看破した父はナンテの背中を押すように頷いて見せた。
それを受けてナンテは迷いなく雪の降る外へと飛び出していった。
目指すは自分の畑。
そこにはまだ収穫まで1月近くあるジャガイモが残っている。
幾らジャガイモが寒さに強いと言っても限度がある。霜が降りて凍ってしまうとジャガイモは駄目になってしまうのだ。
それを防ぐために、ナンテは他の問題を両親に預ける決断をした。
そしてナンテを送り出した両親も、頭を突き合わせて今後起きるであろう問題を考えた。
「もしこの現象が大陸中で起きているとしたら想定以上に大変なことになるぞ」
「地域によっては丁度これから収穫ですものね」
小麦の収穫時期は10月に入ってからという地域は多くある。
元々冷夏の影響で収穫量が大幅に減るだろうとは予想していた。
しかしここに来てそれが更に減り、来年用の種籾すら確保できなくなりそうな勢いだ。
「それにここまであからさまな異常気象なら馬鹿な貴族でも気付く」
今から動いても手遅れなのは間違いないが、馬鹿な貴族は馬鹿だからこそ馬鹿な事をしでかす。
きっと今頃馬鹿みたいに騒いで事態を悪化させているだろう。
そんなものに巻き込まれたら堪ったものじゃない。
こういう時こそ冷静にだ。
「私達は領内の保護に尽力しつつ、各地に放っている諜報員からの連絡を待つ」
「はい」
辺境伯領は国の端にあるから各地の情報が入って来づらい。
なので国内外に自前の諜報員を派遣してそれを補っているのだ。
今年の冷害対策に増員も行っていたが、今回はそれが幸いした。
「辺境伯様にご報告に上がりました」
雪が降った数日後には各地から情報が舞い込んでくる。
それによると南部の方が雪の被害が酷いことが判明した。
しかも報告のタイミングから考えて向こうの方が数日早く雪が降っていたようだ。
「王都近郊やそれより南部でも雪が降ったと言うのか」
この国では王都付近は年に数回、それもパラパラと積もらない程度にしか雪は降らない。
もっと南に行けば全く降らない地域もある。
それなのに今現在、王都では雪が積もっているというのだ。
するとどうなるか。
「路上生活者の多くが凍死しているものと思われます。
それ以外でも雪に足を取られて転倒し怪我をする者も出ているでしょう」
北国では何を馬鹿なと言いたくなるが、たった1センチ積もっただけでも慣れない人達は足を滑らせコケる。
その拍子に打撲なら良いが骨折したり頭を打ったりすればそのまま死に至るケースも出て来る。
他にも馬車が車輪を滑らせて民家に突っ込むかもしれない。
「飢饉にばかり目が行っていて寒さにまで気が回らなかったな」
悔やむが事前に知っていたら何か出来ていたかと問われるとそれも怪しい。
精々暖を取る為の薪の貯蔵量を増やしておく位しかないだろう。
そして王都を始め主要な街では不安と混乱で麻痺状態に陥ってしまい、落ち着くまでに数週間を要するだろうと言う話だった。
また農村については予定していた収穫が出来ずに混乱よりも絶望している地域が幾つも確認されている。
そこの領主が有能であればすぐに鎮静化に奔走するであろうが今のこの国でそれが期待できるのは数えるほどしかない。
「この冷気がすぐに納まってくれればまだ被害が抑えられるのだが」
その願いは、幸いにも叶えられた。
突然の冬は10日ほどで納まり、例年通りの秋の日差しが戻って来た。
気温はむしろ例年よりも高くさえ感じられる。
これでやっと肩の荷が少し軽くなったと思った辺境伯の元に顔色の悪い妻がやって来た。
「あのあなた。ナンテを見ましたか?」
「む? 部屋に居ないのであれば畑に行っているのではないか?……んん?」
答えつつ、その質問の仕方に疑問を持った。
普通こういう時は「見ませんでしたか?」が普通じゃないだろうか。
そう言えば雪が降ってからこっち、その対策やら何やらで食事も執務室で摂るなどほとんど家族とも顔を合わせていなかった。
最後にナンテを見たのは10日前の雪が降ったと大騒ぎになったあの日だ。
まさかあれからずっと帰ってきていないのかと慌てたところで、ちょうど玄関を開けてナンテが帰って来た。
「ただいま帰りました。お父様、おかあさ、ま」
どさっ
「「ナンテっ!!」」
挨拶の途中でナンテはその場に倒れてしまった。
慌てて駆け寄った両親はナンテの脈や熱を確認し、ひとまず危険な状態ではないと胸を撫でおろし急ぎベッドへと運ぶのだった。




