61.帰りながら考える
「それじゃああまり王様とはお話出来なかったんですね」
「うむ」
帰りの馬車の上でナンテは昨日の謁見の話を父から聞いていた。
父としてはもっとビシッと言ってきたぞと格好良く見せたいが、見栄を張る為に娘に嘘を言うのも違うだろうとありのままに話して聞かせた。
「王宮には食糧貯蔵用の倉庫って幾つあるんですか?」
「確か20はある筈だ」
有事、つまり戦争や魔物の大量発生により王都に立て籠もるような事態が発生した時に大量の食糧を保管出来るようにと、それくらいは建てられている。
今回持って来たジャガイモは空の5番目の倉庫に納めたので、恐らく6番目以降の倉庫も空だと思われる。
それだけ聞いても前途多難だなとナンテは思った。
「ではナンテ。今後のネモイ辺境伯家としてどのように動けばよいか考えてごらん」
「はい!」
他にやることも無い馬車の旅だ。
父としても娘との交流の時間にしたいと思いつつ、期待を込めて色々と課題を与えていた。
問われたナンテは、これまで教わって来た内容や王宮での話などを踏まえてあれこれと考えてみる。
「まず今回の食料の輸送は王家からの依頼でしたよね?」
「そうだ。現在の冷夏から鑑みて飢饉に備える名目で食料の拠出を求められたんだ」
「ということは私達の王家への支援を行ったという実績は出来ました。
今後状況が悪化して、王家から国中の領主に支援要請が出た際、私達はもう済んでいると回答できます」
倉庫の状況から考えて、王家はまず間違いなくもう一度支援要請を出すことになるだろう。
タイミングで言えば恐らく小麦の収穫時期になる。
きっと各地から予想以上に小麦が実っていないという報告があがって、更に少し日和った後にこれが飢饉ではなく歴史的な大飢饉なのだと思い知った頃に動き出すだろう。
低く見積もり過ぎ? いや正しい判断が出来るのなら現時点でもっと対策を取っている筈。
そしてその段になって慌ててこちらに助けを求めて来ても「もう終わってますよ」と突き返すのだ。
ちなみにネモイ辺境伯領にはまだ今回の数倍の食料が貯蔵されている。
「王都で暮らす貴族の皆さんにも飢饉の際の対策を学ぶ機会は必要だと思うので、こちらからはこれ以上何もしない方が良いのかもしれません」
「うーむ、そうしてやりたい気持ちはあるが、学ばない者に限って弱者から奪い独占する才能に長けているのだよ」
「つまり私達がどう動こうと学ばない人は学ばない?」
「ああ。残念ながらね」
そして苦しむのはいつも力のない平民たち。
今のご時世、平民達に対して有事の際に困らないように備えておけと言うのは酷な話だ。
彼らは今日を生きるのに精一杯で、明日くらいならともかく来年の事まで考える余裕は無いだろう。
むしろ有事の際に彼らを守るために貴族や領主と言うものが居るのだ。
「どうにかして全ての人が飢えずに済む道があれば良いのですが」
本気でそう悩んでくれる娘を父は嬉しそうに見つめていた。
ただこのままでは何も答えが出せないかもしれない。
以前にも今はもう出来る事は無いと伝えた上での今なのだから。
「じゃあナンテ。考え方を逆にしてみようか」
「逆?」
「そうだ。現状から考えて自分たちに何が出来るのかを考えるのではなく、具体的にどういう結果になって欲しいのか、その為にすべきことは何かを考えていくんだ」
「えっと結果は皆が飢えないで済むこと?」
「もっと具体的に。皆というのは誰から誰まで?飢えないというのはどういう状態を指している?期間は?」
「えっとえっと……」
矢継ぎ早に問われてナンテはぐるぐると頭を回した。
そして父の言葉をかみ砕いてイメージを思い浮かべながら改めて自分の口に出してみる。
「皆は国中の人……ううん。森の民のみんなにだって飢えて欲しくはないし、以前ヒマリヤ王国から来たリモン君一家やアウルム帝国のフォス男爵も。
流石に大陸中の見ず知らずの人も全員を何とか出来るとは思えないから、せめて知っている人達は元気で幸せでいて欲しい」
「なるほど。国内に限って言っても全体を何とかするのは国王の役目だろうから、多少範囲を絞っても良いかもしれないね」
「それなら、私達のジャガイモを美味しいって言って食べてくれる人達!」
「あぁそれはいい」
そうやって1つ1つ具体的にしていき、求めているものを明確に出来たら次のステップだ。
「それを達成するために今やっている事は何だろう」
「一昨年から食料を増産して備蓄を増やして、食料支援を行えるようにしてます」
「他に出来る事はあるかい?」
「他には……あ、各地の情報を集めて食料不足の情報をいち早く受け取れるようにする、とか」
「他には?」
「え? えっとえっと……あ、今回輸送に沢山時間が掛かったからそれを短縮したいな」
今回、出発してから10日で王都に到着していた。
更に王都で数日滞在して帰路も考えれば1月近く掛かっている計算になる。
領地に残っている食料を王都にすべて運ぼうと思えば数往復掛かってしまうし、そうなってしまえば間に合わずに餓死者が出てしまうかもしれない。
「私達が運ぶのではなく皆の方から取りに来て貰うようにするとかどうでしょう」
「ふむ、それは悪くないね」
もちろん問題が無い訳ではないが。と、付け足そうとして止めた。
折角出してくれた案だ。吟味する前からダメだしするのは良くない。
例えば取りに来た者たちが中抜きする恐れがあるので、慎重に相手を選ばなければならないのだけど、そんな大人の汚い部分への対策は大人が考えるべきだ。娘には自由に考えてもらいたい。
「まだ他に出来る事はあるかい?」
「他には、えっと……そうだ、口減らし!」
(ガタッ)
まさかナンテの口からその言葉が出て来るとは思っても見なくて馬車から落ちそうになってしまった。
何とか堪えた父は、慎重に言葉の真意を確認することにした。
「ナンテ。口減らしというのは、具体的にどういう事を言っているんだい?」
「昨日王都を散策している時に聞いたんです。
最近ちょっと太ってきているから、いつもは3口食べている所を2口に減らそうって」
「あ、あぁ。そういうことか」
ナンテが言っているのは要するにダイエットの事だ。
決して本来の意味の口減らしではない。
その事に安堵しつつ、父は慎重に言葉を選びながらナンテに口減らしの正しい意味を伝えるのだった。




