60.王宮にて
すみません、体調不良で1日寝込んでました><
王都到着から2日後の午後。
ナンテの父は国王陛下と謁見していた。
玉座に座る国王はつまらなさそうな目をしていた。
「ネモイ辺境伯。食料の拠出大儀であった」
「ははぁっ」
「今年の冷害を事前に予見したことと併せて褒美を取らす」
「陛下のご温情、ありがたく頂戴致します」
要するに納品したジャガイモの代金はちゃんと払うよというだけの話なのだが、王としては持って回った言い回しをしていく必要がある。
そして早くも話は終わりだと謁見を終わらせようとしたところで辺境伯が声を上げた。
「畏れながら陛下。一つお願いしたい議がございます」
「む、なんだ」
「今回納めた食料は、あまり高貴な方々は好まないものとお聞きしております。
そこで今回の分を含め、今後私の領地から持ち込む食料は全て地方貴族に均等に下賜されるのが宜しいかと存じます」
「ふむ、我は食べたことが無いが、確か平時は家畜の餌として使われるものと言う話だったな。
我もいくら国難とは言ってもそのようなものの世話にならずに済むならそれに越した事は無い。
ただ、それでは地方貴族の反感を買うのではないか?」
「そこは問題ないかと。
貧しい領地であれば餓死するかどうかの瀬戸際となるでしょう。
そうなれば食材の好みなど言っている場合ではなくなります。
それに万が一苦情が出るようであれば私の名前を出して頂ければ良いでしょう」
その提案を聞いて王は考えた。
王家としては食糧難に苦しむ貴族に恩を売ることが出来る。
そのうえで文句は全部辺境伯に押し付ける事が出来るのだから良いこと尽くめではないか。
しかも頼みごとを聞くという体なので辺境伯に貸しまで作れる。
「うむ良かろう。そなたの願い聞き入れることにしよう」
「ははぁ、ありがとうございます!」
「では此度は以上である。下がるが良い」
「はっ、失礼致します」
時間にしてたったの10分の謁見だった。
それでも直接国王陛下と話せたのだから価値はあった。
特に納めた食料を中央貴族で独占させない約束を取り付ける事が出来たのは大きい。
(最悪、お抱え商人に売り払われる危険もあったからな)
もしそうなれば、飢饉が深刻になる冬に法外な値段で売り捌かれるのは確実だ。
それでは肥えた豚に餌をくれてやったようなもの。
本当に食料を必要としている者たちにはジャガイモの皮すら届く事はなかっただろう。
辺境伯は謁見の間を出た後、一人の文官と合流していた。
「忙しい所済まない」
「お気遣いなく。ホクト様とはこういう機会でも無ければなかなか話せませんから」
この文官は数少ない常識人だ。
平民上がりで実力で王宮勤務の文官の地位を得た切れ者だ。
王宮内で今の国の内情を正確に把握しているのも彼を含め10人もいないかもしれない。
二人は応接室に向かい合って座ると万一にも外に声が漏れないように抑えめで話し始めた。
「率直に聞くが、もし今年の小麦の収穫量がゼロだった場合、どうなる?」
「正直考えたくもありませんが、国中で餓死者が出るでしょう。それは王都も例外ではありません」
「食料の備蓄は? 注意喚起は去年のうちから行っていたのだから多少なりとも増えてはいないのか」
「増えては居ますが、全体の1割にも満たない程度です」
「そうか。やはり私の話は信じてはもらえなかったか」
「過去の文献を読み漁れば妄言ではないと分かったでしょうにね」
50年前に起きた冷害の記録は、当然ネモイ辺境伯領以外にもある。
王立図書館に行けば誰にでも手の届く場所にあるので調べる気がある人はちゃんと確認している。
残念ながら国王を始め多くの貴族にその気がなく、田舎辺境伯が何か言ってるぞと右から左へ聞き流していたが。
「それでも穀倉地帯を治める幾つかの領主は商人への穀物の売却を渋ってくれています。
お陰で去年末から食料品の値上がりが止まらないですが」
「値上がりに不満を漏らす程度なら問題ないが、本格的に食料が手に入らなくなったら暴動が起きる危険もある」
「そうでしょうね。
既に食料を運ぶ行商人を狙った盗賊も増えています」
「私も王都に来るまで何度か遭遇した」
その全てを娘が撃退したことまでは言わないが、言えば彼でも信じてくれるかどうか怪しいところだ。
それはともかくそんな状況だ。
今後は輸送隊に国から騎士を派遣する必要が出てくるだろう。
「それともう一つ問題がある。
この飢饉が隣国でも起きているという点だ」
「大陸中で見れば餓死者は数倍に膨れ上がるんですね?」
「それもあるが、私達とは別の方法で食料不足を解消しようとするかもしれない」
「えっ、別の方法もあるんですか!?」
一瞬喜びかけたが、辺境伯の沈痛な表情を見て、それが決して褒められた方法ではない事を悟った。
「いったいどうすると言うのですか?」
「口減らしだ」
それは貧しい村では良くある話だ。
小さな村では全員が運命共同体。
畑だって村人総出で耕すし、子供の面倒も村全体で見るものだ。
当然食べ物だって村人全員で分け合って日々を過ごしている。
そこで不作でこのままでは冬を越す前に食べ物が底をついてしまうとなった時どうするか。
働けない老人や障害者を山に捨てたり、子供を売ったりするのだ。
余談だが時々山に捨てた老婆がそのまま山で生き永らえると『山姥』と呼ばれるようになる。
それはさておき。
「それは農村での話でしょう?」
「国だって出来るさ。規模が大きくなるだけだ」
「国家単位での口減らし……」
村なら数人。多くても10人位だろう。
それを国がやるとしたら規模は100倍、1000倍?いやもっとか。
万を超える人間を国の外に締め出す。
そんなことをすれば国の威信に関わる。
だから何か名目を付けるだろう。
「って、まさか戦争ですか!!」
「そうだ。もし私がするなら、相手国とも口裏を合わせておくだろう」
口減らしをしたいのは相手も同じ。
なら裏で密約を交わし、後に禍根を残さないようにしつつ両軍が国境付近で共倒れになるように仕向ける。
通常であれば軍を動かすには多くのお金と兵糧が必要になるが、兵糧に関しては「占領した町で奪え」とすれば片道分で済む。
もっとも占領した町に食料が残っている可能性はほぼ無いが、そこはそれ。怒りの矛先は相手国に向かわせればいい。
「注意すべきは辺境伯4家だ。
単独で動く事は無いだろうから近いうちにここに来ると思う」
アンデス王国にはネモイ辺境伯以外に東西に2家ずつ辺境伯領があり、隣国との国境線を守っている。
それらの家の領主の人柄を把握していないが、当然隣国との連絡手段は持っているだろうし、先ほどの口減らしの話を持ち掛けられる(もしくは持ち掛ける)かもしれない。
仮にあの王にその話が伝わった場合、実行に移さないとは言い切れない。
しかしネモイ辺境伯の諫言を聞き入れる王でもないだろう。
残念ながら他の辺境伯を止める権力も持ち合わせてはいない。
それでも何もしないで諦めるには早すぎる。
「これでも私も辺境伯だ。
戦争が起きないように独自に出来る事はするつもりだ」
「期待しております」
その後も幾つか話し合った後、ネモイ辺境伯は王宮を後にした。




