6.剣術?の授業
現在のアンデス王国は元々、多くの魔物が蔓延る危険な地域だった。
それを初代アンデス王が仲間と共に討伐して回り、魔物を北の森へと追いやった。
そして再び魔物が南下しないようにとその土地の鎮守を目的に国を興したのが始まりだ。
今はそこから南に大きく領土を広げ、王都も南側に移し現在の形になっている。
ナンテの出身地のネモイ辺境伯領は王国の北端、つまり魔物の森に接している。
ただ魔物は北の森に多いというだけで、森や山、それに草原などどこにでも偶発的に発生する。
魔物の発生条件などは現状分かっていない。
「街から街へと移動する際、盗賊も危険ですが魔物についても警戒が必要です。
皆さんは貴族の子息ですから社交等で移動する機会があるでしょう。
その際、もちろん護衛を雇うでしょうが、それに頼りすぎるといざという時に危険です。
なので自衛出来る程度の武力は必須です」
そう話すのは剣術教師のサヤメだ。
貴族の2男3男は家を継げない分、学院卒業後は王国騎士団や各領地の騎士になる人も多いので皆真剣だ。
女子に至っては本人たっての希望でなければ騎士になることは無いので軽い運動程度に考えている人ばかりだ。
ただその中でもやる気に満ちた女子が数名。
「魔物の討伐は貴族の嗜みですよね」
「そうね。ゴブリンは良い畑の肥料になるし、オークのお肉は美味しいのよね」
「「……」」
楽しそうに話す女子、ナンテとムギナの話を聞いて周りは物凄く微妙な反応だ。
「なんであいつら楽しそうなんだ?」
「ゴブリンやオークって女性が最も嫌がる魔物だよな」
「それを肥料って……まさかな」
「オークの肉を食うってゲテモノハンターだけかと思ってたぞ」
ゲテモノハンターっていうのは、魔物を始め、見た目や臭いが普通は食べ物とは思えないものを好んで食べる変人のことだ。
その多くは金持ちの商人や偏屈な貴族だ。
間違っても年若い学院生がなるものではない。
「それでは各自、得意の獲物を持って組手を行います」
「「はい」」
生徒たちは自分の体格に合わせて大剣や斧、短剣、槍など構える。
ナンテもムギナも自分の獲物を取り出したが、彼女らと相対した生徒は嫌そうな顔をしていた。
「う、今日の相手はムギナさんか。お手柔らかに頼むよ」
「こちらこそ胸をお借りします」
ムギナは見た目、深層の令嬢だ。
対する男子生徒は身長170センチを超える大柄な男性だ。
傍から見れば大人と子供、暴漢にお襲われる少女の図だ。大変よろしくない。
が、腰が引けているのは男子の方だ。
ちなみに持っている武器は男子はオーソドックスな両手剣。
対するムギナは、草刈り鎌だ。黒いローブ着て宙に浮いてたら死神に見えるようなあれである。
実際には本当に雑草を刈る用なので死神のとは形状、特に刃の角度が違うが。
「いつも思うけど剣術の授業に鎌はどうかと思うよ」
「それを仰るのでしたらナンテさんはどうなるのでしょうね」
ちらりと横を見れば、そちらも男子生徒と向き合うナンテの姿があった。
手に持っているのは鍬だ。
剣術に鍬。どう考えても変な組み合わせだ。
「それでは組手はじめ!」
「!」
先生の合図で話を中断して武器を構える。その次の瞬間にはムギナの鎌の刃先が男子生徒の首のすぐ横に添えられていた。
「ま、参りました」
「お粗末様です」
「にしても全く挙動が見えなかったけど、どうなってるんだ?」
「身体強化の魔法と、日々の反復練習の成果です」
慎ましく語るムギナだったけど、実際にはそれだけではない。
通常、剣を振るう時は振り上げて、相手に近づき、振り下ろすという3動作が必要になる。
当然その動きを行う為には腕に力を籠めたり踏み込んだりと予備動作もあり、達人ならそれを見て相手の次の手を予知できたりする。
しかしムギナの場合、開始の合図と同時にまるで鎌そのものが相手に向かって飛んでいったかのように一切の力みなく動いていた。結果として目の前の相手からは瞬きしたら負けていたことになる。
「それに凄いのは私よりもナンテさんです」
「あれは……どうなってるんだ?」
ナンテ達の組手はまだ終わっていなかった。
というのも男子の側が一方的に攻撃を続けていて、ナンテはひたすら男子の剣を避けているだけ。
持っている鍬も回避に合わせて揺れ動いているけど、攻撃することも無ければ相手の剣を防ぐことにも使われていない。
そして何より一番不思議なのは、男子に比べてナンテの動きが非常に遅い事だ。
「くそっ、なんで当たらないんだ!」
「さあ」
男子は別に遊んでいる訳ではない。しかし周囲から見ればまるで遅出しジャンケンのようにワンテンポ遅れてさっきまでナンテが居た場所に剣を振っているようにしかみえない。
それでも周囲の生徒で彼を笑う人はいない。なぜなら別の日に行った組手で自分たちも同じ状況を体験しているからだ。
「残り30秒」
先生から声が掛かる。
その時点で勝負が決まっていないのは3組だけで、残りの生徒はその3組の見学に回っていた。
そしてそこでようやくナンテが構えた。
大上段に。
「ひぃぃぃ~~。ま、まいった!」
「あら」
男子はまるで怪物にでも出会ったかのように尻餅をついて降参してしまった。
いつもの事なのだけど、ナンテとしては若干腑に落ちない。
「これじゃあまるで私がキリングベアか何かみたいじゃない」
(うん、多分みんなそう思ってる)
ナンテの呟きに一斉にみんな視線を逸らしていた。
唯一ナンテの親友ムギナだけは苦笑するに留めているが。
ムギナからすればみんなの反応の理由も分かるので、ここは親友としてナンテに伝えようと考えた。
「ナンテさん、先日キリングベアも狩ったって仰っていませんでした?」
「うん。一昨年にね。熊鍋は実に美味しかったわ」
「まあそうなのですか。私まだ熊は食べたことが無くて」
「勿体ない。なら今度実家に送ってもらうようにお願いしてみる?
森に入れば熊の1頭や2頭見つかると思うわ」
「それは楽しみですね」
((いやいやいや))
最初の話から主旨がぐるっと変わってしまっていた。
なにせムギナは良く言えば穏やかな性格、悪く言えば天然で、ついでに食いしん坊だ。
美味しい物の話が出たらついついそっちに思考が行ってしまうのも仕方ないだろう。
しかしその内容が魔物蔓延る森に生息する熊を調理しようというものなのだから可愛さ余って恐怖しか感じない。
そんな姿を1年以上見続けているクラスメイトは決してこの2人に喧嘩を売ることはしないと心の中で誓うのだった。