57.夜のひととき
王都までの道中、ナンテ達は全ての街を迂回していた。
通常の旅であれば、街道沿いにある宿場町に泊まったり、領主に挨拶しながら進むのが一般的だ。
馬車での移動は座っているだけとはいえ、道が整備されていないので酷く揺れるし結構疲労が溜まる。
更にいつ襲撃があるかもしれないと警戒もしないといけないので精神的のすり減らされる。
なのでちゃんとしたベッドで寝たいところなのだが今回はそうもいかない。
というのも街に入るには門番にこちらの身分を明かさないといけないし、積み荷のチェックもされるだろう。
「私達の現在地が知られたら今よりも襲撃されることになるかもしれない」
監視装置など存在しないこの世界において、主要都市に密偵を放って領主の動向を探り、知り得た情報を早馬などで持ち帰ることは出来るが、同じことを全ての街道で行うのは無理がある。
なので、街にさえ入らなければナンテ達が今どの辺りまで進んでいるかを知ることは難しい。
林で待ち構えていた者たちは、その先にあった街から送り込まれて来たものと思われる。
(昨日、行商人とすれ違ったのでその時に情報が漏れたのだろう)
しかし襲撃者たちは身元を示す様なものは持っていなかったので首謀者を特定することは出来なかった。
まあ有ってもいちいち糾弾している時間はないのだけど。
ともかく、そんな訳で今夜も街道から少し離れたところで夜営となった。
「みなさん、食事の用意が出来ましたよ~」
「よっしゃあ」
「待ってました!」
ナンテの呼びかけに騎士達の間から歓声が上がる。
今日の献立はジャガイモと、移動中にちょいちょい馬車から飛び降りては採取しておいた野草やキノコを煮込んだスープだ。
まあ今日のというかほぼ毎日だけど誰からも文句は出ない。
騎士達も料理が出来ない訳ではないけど、面倒なので干し肉などの携帯食料を齧って済ませる事が多い。
こういう手の込んだ暖かい料理と言うだけで歓迎なのだ。
「まさかそこらに生えている草がこんなに美味いなんて」
「お嬢様は畑以外も詳しかったんですね」
「最初赤紫色のキノコを採って来た時はどうしようかと思いましたよ」
自然に生えているキノコの内、3割近くが人間は食べたら死ぬ毒キノコだ。
更に残り7割の内、半分は食べられるけどお腹が痛くなったり幻覚が見えたりとちょっと危険なキノコで、安心して食べられるのは全体の4割もない。
だから素人はキノコに手を出さない。
その点ナンテは森の民のマルマさんから色々と教えてもらった事もあるし、何よりも力強い味方がそばに居てくれる。
『ナンテ。あれは食べられるよ。そっちは駄目』
旅に同行してくれたコロちゃんは見れば毒の有無が判別できる。
流石は大地の精霊と言ったところだろう。
お陰で毎日の食事に困ることが無い。
『もぐもぐ。塩を振って炙ったマムシタケも乙だね』
ナンテの影でこっそりとご相伴に預かっているのでコロちゃんもご満悦だ。
そしてナンテは食事をしながら騎士達の話に耳を傾けていた。
「俺達は普段、街道の警備に当たっていますが、ここ数年は魔物の数も強さも上がってた印象ですね」
「ただ今年に入ってからは減って来てる気がしますね。
ここまでの道中で全く魔物に遭遇しなかったのも意外です」
「それだけ辺境伯領には魔物が多かったってだけかもしれないけどな」
「代わりと言っていいのか盗賊は少ないよな」
「魔物を警戒しながら旅人を襲撃するのも大変だろう。
旅人も魔物を撃退出来るように武装してるし」
「ここまで私達が盗賊に襲われなかったのは、騎士が護衛している馬車を襲える程の規模の盗賊が居なかったからでしょうね」
ナンテは聞いててなるほどと思った。
最近では執務室で父親の手伝いもしていたけど、盗賊の被害というのは全然聞いたことが無かった。
盗賊が居ないなんてネモイ辺境伯領は平和でいいなと思っていたけどそんな理由があったのか。
ちなみに領都では強盗どころかスリの類もほとんどいない。というか居なくなった。
領都と言ってもそれほど人口が多い訳でもないので大体が顔見知りだし、何よりも食うに困って悪事を働こうとすると、鍬を持たされて畑に放り込まれるのだ。
報酬の無い重労働は誰でも嫌だけど、美味しい食事というご褒美があると意外と人は順応できるもの。
気が付けば小さいながらも自分の育てた畑だと自信をもって言える農民になっていた。
「どうして盗賊なんてやるのかしら」
ナンテの呟きに騎士達は顔を見合わせ、年配の一人がそれに答えた。
「お嬢様。農民の税がどれくらいかご存じですか?」
「たしか2割くらいだったかしら」
「それはネモイ辺境伯領のみの話です。
他の領地では5割は当たり前。酷い所では7割です」
「え、それじゃあ収穫してもほとんどが税で取られてしまうのね」
農民だって生きるのにはお金が掛かるし、畑を耕すのだってお金も時間も掛かる。
原価を考えれば収穫物の5割を税に持って行かれたら手元にはほとんど残らないだろう。
7割も取られたらむしろ赤字だ。
何カ月も頑張って働いて稼いだお金も収穫したものも全部領主に持って行かれて自分は今日食べるものにも困る。
そんな生活を強いられたら逃げたくなるのも当たり前だろう。
逃げられないのは他に生き方を知らない者だけだ。
「領民みんなが幸せになれるようにしないといけないわね」
「そう言って下さる方が居て、ネモイ辺境伯領に住む者は幸せ者です」
「うんうん」
みんなの話を聞いて、今までは自分達の領地のことばかり見ていたけど外にも目を向けないといけないなと思った。
「お父様。私達に出来る事はあるでしょうか」
「そうだね。領内なら何とでもなるが、それ以外は難しい。
向こうにも貴族としてのプライドがあるからね。
私達が何か言っても余計な口出しをするなと怒られてしまうだろう」
ネモイ辺境伯は他の貴族と比べると序列は下から数えた方が早い。
国境を守護する大事な役目を負っていると言えば聞こえは良いが、辺境過ぎて隣国も攻めようとは思わない場所だ。
魔物の森だって今まで一度も国を脅かす程の大量の魔物が出て来たという事例はない。
なのでお飾りの辺境伯なのだ。
加えて領民に掛ける税が安いということは財政も豊かではなく、国への上納金もほとんど出していない。
その上国内に幾つかあるどの派閥にも属していない。
これでは他貴族から相手にされなくても仕方が無いだろう。
(今回の食料の拠出で少しは国からの評価は上がるだろうが発言権を得るまでには至らないだろう)
ナンテの頭を撫でながら父はこの国の未来を憂いていた。




