56.食料の搬送
ナンテが自宅に戻って来てから2週間が経過した。
その2週間の間にナンテは自分の畑の収穫を行い、次の種を蒔くのを急ピッチで終わらせた。
「では留守を頼む」
「はい、お気を付けて」
「村と畑のことはおねがいね」
「お任せください」
母親とジーネンに見送られる形でナンテと父は馬車に乗り込み領都を出発した。
目指すは王都。目的は食料の搬送だ。
その為、今回は馬車が6台、護衛騎士が10人という大編成である。
先頭の1台にナンテ達が乗り込み、後ろの5台にはジャガイモが満載されている。
……という体である。
「父としては娘に頼る形になってしまい心苦しいよ」
「私はお父様のお役に立てて嬉しいですよ」
実際の所、後ろ5台は空荷だ。
王都に運ぶジャガイモは全てナンテの【倉庫】に収納されている。
なぜそんな面倒な事をしているかというと。
「私達が王都に食料を運んでいるという情報はどこからか漏れているだろう。
その食料を狙って盗賊がやってくる可能性が高い。
もし襲われた場合は後ろの馬車を囮にして逃げるよ」
「はい、お父様」
襲ってくるのが本当に盗賊なのか、実はどこかの貴族や商会が送り込んできた兵士なのかは分からない。
でもどちらにしても狙いはナンテ達の命ではなく積み荷の方だろう。
しかし来ると分かっていても荷を満載していては重すぎて逃げる事は叶わない。
迎撃するにしても、向こうだって勝算があって襲ってくるのだから追い払えてもこちらも無傷とはいかない。
最悪死人も出るだろう。
それを回避するために考えたのがナンテの【倉庫】の魔法を利用することだ。
この魔法の原理は全然分かっていないが、大量の食糧を収納できることは前に聞いていた。
実際に収納してもらってみれば、馬車6台分を納めてもまだまだ余裕があると言う。
(我が娘ながら素晴らしい。
しかしこの事を他の貴族が知ったら間違いなく争奪戦が起きるな)
心の中で娘を褒めつつも、その危険性についても父は理解していた。
だから対外的にはちゃんと馬車に載せて運んでますよというアピールの意味合いもある。
当のナンテは父の心配は何のその。鼻歌交じりに馬車の旅を楽しんでいるようだけど。
「街道は平和ねぇ」
「あぁ、そうだな」
先日の冬将軍に会いに行く旅の道中では何度か魔物と遭遇していたが、今回街道付近には魔物の気配すらない。
そのまま数日は魔物も盗賊も出ず、天気も小雨程度で荒れることなく過ぎて行った。
そうして幾つかの領地を抜け林道に差し掛かった時、遂にナンテの気配探知に林の中に隠れる複数の反応が引っ掛かった。
じっと動かず隠れていることから動物や魔物ではなく人だろう。
「お父様。この先の林の中に30人ほど隠れているようです」
「こちらの倍以上か。
今からでは別の道に行く訳にもいかぬ。それを見越しての待ち伏せだろうな。
やはり後ろの馬車を囮にするしかないか」
本来なら人数が倍でも盗賊相手なら余裕だ。
なにせこちらは日頃から魔物を討伐しているネモイ辺境伯領の騎士なのだから。
だけど相手も正規の訓練を受けた者となると厳しいかもしれない。
ならば当初の予定通り荷馬車で相手の気を引き、その隙に走り抜けようかと考えた。
しかしそこで、ナンテから待ったが掛った。
「あのお父様。別に倒してしまっても構わないのですよね?」
「ん? それはまぁ、そうだ。
馬車も貴重な財産だし極力失いたくはない」
「ならここは任せてください」
そう言ってナンテは御者台から立ち上がると荷台の中に入り、樽を1つ持って戻って来た。
「それは?」
「私の畑から石を拾って持ってきました」
樽の中にはナンテの拳ほどの大きさの石がぎっしり詰め込まれていた。
普通なら石なんて持って来てどうするんだと言われるだろう。
しかしナンテの扱うのは畑魔法。自分の畑から出土した石であることは重要な事だ。
その石にナンテが魔力を送り込むと石はひとりでに宙に浮かび上がった。
「【ストーンバレット】! よろしくね」
ヒュンッ!
ナンテの掛け声に合わせて石は弾丸となって飛んでいった。
その様子を隣で見ていたナンテの父は(その威力、明らかにストーンバレットではないぞ)と心の中で呟いた。
一般的に【ストーンバレット】と言う魔法は土属性魔法に分類されており、魔力を石礫に変換し、射出するという2工程で行われる。
この時、質量が大きく硬く鋭い礫を生み出すことに術者の魔力の大半が使われる。
お粗末な魔術師が作った礫は軽石のようにスカスカで衝撃を加えると簡単に砕けてしまう。
逆に熟練の魔術師なら鉄よりも硬く大きさも直径1メートル以上のものを生み出せる。
そうして生み出した魔力の礫を、大体時速60キロ程で射出するのが【ストーンバレット】という魔法だ。
対してナンテの魔法はまず自然に存在する石を使用している。
なので最初の工程を飛ばしているので魔力効率が良いとも言えるが、逆に言えば熟練の魔術師に比べて軽く脆いものになっている。
その代わり、射出する方に魔力の比重が置かれているので初速で時速100キロどころか200キロ以上、横に居る父からは黒い影を残して消えたように見えていた。
更にありえない事に、林の中に飛び込んでいった石弾は複雑な曲線を描いて木を避けていく。
そして数秒後。
林の中に男達の叫び声が響き渡り、そして途絶えた。
「お父様。討伐完了です」
「そ、そうか。ありがとうナンテ。
って、何か飛んでくるぞ!」
ナンテの報告に安心したのもつかの間。今度は林の中からお返しと言わんばかりに何かがナンテ達の馬車目掛けて飛んできた。
もしナンテの探知を掻い潜った敵が居たのなら相当な凄腕。それの放った魔法だとすれば直撃すれば馬車くらい簡単に吹き飛ばされるだろう。
護衛の騎士達が慌てて盾を構えて前に出るが、ナンテが呼び止めた。
「みんな大丈夫よ。
あれは今さっき放った石が戻って来ただけだから」
ナンテの言葉を肯定するように飛んできた石は騎士達の手前1メートルのところで一度止まった後、まるで挨拶するようにくるりと円を描いて飛び、ナンテの持っていた樽の中へと納まっていった。
「まるで生きているようだな」
「あはは。流石に魂までは宿っていないですよ。
でも畑も愛情を籠めて育てればそれに応えてくれますから。
農家の皆さんも魔法の練習をすれば同じことが出来るはずです」
「それはどうだろうな」
残念ながら父はナンテの言葉に曖昧に返す事しか出来なかった。
仮に農民全員がナンテと同じことが出来るならそこらの軍隊より強力になるだろう。
「ともかく危険は無くなったのだ。先に進むとしよう。
それと4人程、ナンテの示した林の中を調べ武器などが落ちていたら回収して欲しい。
くれぐれも注意を怠らないように」
「はっ!」
護衛の騎士達に指示を出しながら馬車を前進させる。
騎士達に命じたのは、まだ動ける者が居た場合の無力化と、彼らが持っていた武器の回収だ。
人間の武器は放置しておくとゴブリンなどの魔物が装備してしまう危険があるので、余力があるなら回収した方が良いのだ。
決して次の街で売って金に換えることが目的の全てではない。




