55.お帰りなさいませ
冬将軍の居た雪山からの帰り道はなかなかに大変なものだった。
そもそも最初に飛び込んだダンジョンからして魔物だらけだった。
「このダンジョンも掃除していった方が冬将軍は助かるんだよね」
『まぁそうなるね』
冬将軍はダンジョンに集まった魔物を倒す事でマナを拡散させているという話だった。
魔物を倒すこと自体は誰がやっても良いのだろうし、行きで通ったダンジョンの魔物を倒した事を聞いて冬将軍は「これで仕事が早く終わる」とも言っていた。
仕事が早く終わればその分早くこの大陸から移動出来るのかもしれない。
そうすれば寒波も早く終わるだろう。
今は既に夏なので手遅れという話もあるが、秋でも少しは暖かくなれば野菜も育つ。
気休め程度だろうけどやらないよりはマシだろう。
そう考えたナンテはダンジョン中を走り回って出来るだけ多くの魔物を討伐してから出口へと向かった。
「で、ここはどこ?」
ダンジョンを抜けた先はどこかの山の中腹だった。
しかし周囲を見渡しても見覚えのある地形が全然ない。
唯一分かるのは太陽の位置から考えて山の西側に居ると言う事だけだ。
『えっとねぇ』
コロちゃんが精霊の能力で現在地を割り出した結果。
現在地はネモイ辺境伯領から見て南東。距離は直線距離で行きと同じくらいらしい。
『ナンテの家はあっちだよ』
と指差した方向には森が広がっているだけだった。
それを知ったら普通の人ならげんなりするだろう。
しかしそこはナンテ。
「じゃあ行きましょうか」
特に悩むことなくコロちゃんの示す方へと歩き出した。
行きと同じように森を抜け川を飛び越え、途中街道もあったけど気にせず横断した。
そうして10日。
結局どこの町にも寄ることも無ければ誰とも会う事も無くネモイ辺境伯領に帰って来たのだった。
「こんにちは、クロモ警備長。お勤めご苦労様です」
「ややっ、これはナンテお嬢様。無事のご帰還、お慶び申し上げます。
おい誰か! 急ぎ辺境伯様に報せろ!!」
領都の外門で番をしていた警備長に挨拶すれば、物凄く驚かれてしまった。
出発の時に大体1月くらいで帰ると伝えてあったはずなのだが。
「えっと、通っても良いかしら」
「もちろんです。
それよりお疲れでしょう。馬車をご用意しますか?」
「ありがとう。でもそれには及ばないわ。
久しぶりにゆっくり街を見て歩くから」
警備長にお礼を言って門を抜けたナンテはその足で商業地区へと向かった。
「あ、ナンテ様だ!」
「お嬢様こんにちわ!」
「ええ、こんにちは」
すれ違う人のほとんどが顔見知りで挨拶が絶えない。
ナンテは挨拶をしながらその人達の表情を観察していた。
(暗い所も無いし血色も良さそうで良かった)
冷害の影響は確実に出ている筈だけど、街の人達はまだまだ元気だ。
商店に顔を出せば食料品の物価は上がっているものの普段の2、3割増し程度。
これなら高過ぎて買えないということはないけど、家計を預かるものとしては節約したくなるだろう。
きっとこの値段設定は上からの指示だ。
今の内から食べる量を絞ることで、本格的な食糧難を迎える冬を乗り切る準備を進めているんだ。
それだけ確認したナンテは帰宅することにした。
「ただ今帰りました」
「おお、良く帰った」
「怪我はない? ご飯はちゃんと食べてたのかしら」
「お嬢様、お元気そうでなによりです」
「「お帰りなさいませ、ナンテお嬢様」」
玄関扉を開けたら家族と召使い総出で迎えられてしまった。
みんな元気そうで良かったとナンテは思っていたが、家族の方もナンテが元気そうで良かったとお互い手を取り合って喜んだ。
「積もる話もあるだろうが、まずは風呂に入ってゆっくり休むと良い」
「はい、お父様」
旅の間はお風呂などは入れなかった。
途中で見つけた川や湖で水浴びをするか、沸かした湯で蒸しタオルを作って身体を拭くくらいしか出来なかった。
ナンテもやはり女の子。
出来る事ならいつでも身綺麗にしたいと思うもの。
なので父の言葉に遠慮なくお風呂へと向かうのだった。
無事に旅の垢を落としたナンテは夕食の席で久しぶりの家族の時間を堪能していた。
「それでは次の冷害が来る前に報せが来ると言うのだな?」
「そうです、お父様」
冬将軍との会話を精霊の事を抜きにして話をしていく。
その中でも特に冷害に関する話は食事の手が止まってしまう程、両親の関心を引いていた。
次また約50年後に冷害が来るというのも重要な情報だ。
「あと今回の冷害はいつもよりも短く済むかもしれません。
と言ってもいつもが分からないのですが」
ナンテがダンジョン2つ分の魔物を討伐してきた。
それがどれくらいの影響になるのかは分からないし前回が分からないので比較は難しい。
出来るのは今回の冷害の状況を記録に残し、次回に備えることだけだ。今回よりも厳しくなるという但し書きを付けて。
「それと、勇者に遭いました」
「「勇者に!?」」
やはり勇者は珍しいらしい。
ネモイ辺境伯領では勇者を見た事は無いし噂でも聞いたことが無い。
「勇者の多くが教会に所属している。
勇者ともめ事を起こせば教会とも敵対することになりかねない。
だからまぁ、もめ事を起こすなとは言わないが重々気を付ける事だ」
「はい、お父様」
この大陸での教会の力は絶対ではない。
それはこの世界に神以外にも精霊を始め幾つかの上位存在が居るので信仰の対象も分散しているのだ。
同様に神には勇者、精霊には精霊術師、それ以外にも巫女や使徒と呼ばれる人達もいる。
教会が横暴を働けば他の組織が黙ってはいないだろう。
もちろん、だからと言って敢えて喧嘩を売る必要もない。
多少警戒するくらいで丁度良い。
「それでこちらでは私が居ない間に何かありましたか?」
「領内は穏やかなものだ。領内は、な」
つまり領の外では色々問題が起きているということだ。
一番の問題は物価の上昇らしい。
「他領では商人が食品の買い占めが起きている。
物価は通常の倍から酷い所では3倍以上だ」
「供給が減れば物価が上がるのは仕方ないですけどね」
領内の物価が2割増しで済んでいるのは領主が目を光らせているお陰だ。
他領の財政に口出しすることは出来ないので自分達に出来る事はない。
強いて言えば王家に進言するくらいか。
ただ王家には事前に冷害の話をしていたのにこの結果だ。あまり期待は出来ない。
それに。
「先日王家から食料の拠出を求める書状が届いた」
「え、もう王都は食料不足になったのですか?」
「いやそうではないだろう。
こういうことは不足してからでは手遅れだからな」
「そんな気遣いが出来るならもっと早く対策を取れば良いのに」
「まあそう言うな」
規模が大きくなれば動きが遅くなるのも仕方ない事だ。
かじ取りを間違えば被害も甚大になるのだし。
だから冷害による食糧不足が確実になったのでこちらに話が回って来たのだ。
「それでナンテ。一つ頼まれて欲しい事がある」
「はい、なんでしょう」
「私と一緒に王都に行って欲しい」
どうやら折角帰って来たのにすぐまた出る必要があるようだ。




