51.掃除をしましょう
すみません、昨日投稿し忘れていました。
なので珍しく朝に投稿。
翌日はナンテの想像していた通り登山になった。
それなりに急こう配の山道をナンテは魔力による身体強化も使いながらスイスイ登って行く。
そうして遂にその場所が見えた。
『お疲れ様、ナンテ。ここが話していた入口だよ』
「これは……洞窟?」
山の中腹にぽっかり空いた横穴。
中は光が入らないのか全く見通せない。
だけどコロちゃんが「さあ行こう」と手を突き出すのでナンテも特に恐れることなくその中に入った。
すると。
「あれ、意外と明るいのね」
洞窟の中は壁が薄っすらと青く光を放っているお陰でずっと先まで見通せる。
後ろを振り返れば外がぼんやり見えるのだけど足元を見ても陽の光は洞窟の中に入ってきていない。
まるで擦りガラスに光が止められているような感じだ。
『ここはダンジョンだよ』
「へぇ、これがそうなのね」
ダンジョン。
そこは地上とは位相がずれた場所だと言われている。
入口こそ地上にあるが、その内部は地上とは繋がっていない。
例えば入口の横に穴を掘り進めてもダンジョンの中には入れない。
そんな不思議空間なせいで時々気付かずに迷い込む人が居るらしい。
そして、ダンジョンにはもう一つ特徴がある。
「……いっぱい居るね」
ナンテの気配感知には早くも沢山の魔物の気配が引っ掛かっていた。
ダンジョンの内部はほぼ例外なく魔物の巣窟なのだ。
幸い入口付近には居ないが通路を曲がった先には集団でお待ちだ。
だけどナンテの目に恐怖はない。
「お家の中が魔物だらけって嫌よね」
『だね。ついでだから討伐していこうか』
「うんっ」
昨日コロちゃんから、ここは冬将軍の住処の入口だと聞いた。
つまりこのダンジョンがその住処なのに中は魔物だらけ。
その魔物たちが実は冬将軍の部下だ、という話なら倒すのは不味いけど、コロちゃんの様子からして別にそんなことはないらしい。
例えるなら家の中に入り込んだ害虫だ。
きっと冬将軍ひとりでは掃除の手が行き届いていないのだろう。
なら行き掛けの駄賃に討伐していくのも悪くない。
そう考えたナンテは鍬を持つ手に力を込めた。
ただその前にちょっとだけ問題があった。
「鍬を振るうには若干狭いかな」
試しに鍬を振り上げてみれば天井にガツンと当たってしまった。
鍬はその構造上、振り上げて振り下ろす動作が必須だ。
しかしダンジョンの通路は天井が2メートルちょっとくらいしかない。
畑を耕すなら十分だけど魔物と戦うには狭かった。
仕方ないのでナンテは鍬をしまい、代わりに鎌を左右の手でそれぞれ持って構える事にした。
射程は短くなってしまうがそこは足さばきで補えば良いだろう。
「じゃあ行きましょう」
『おーっ』
気合を入れて初めてのダンジョン探索に乗り出すナンテとコロちゃん。
最初の曲がり角を曲がれば魔物の集団が見えた。
ただ、残念ながらそこに目新しさは無かった。
『ギギッ』
『グゲッ』
「……ここに来てもゴブリンなのね」
『まぁ仕方ないよ』
居たのはこの数年、何百体何千体と見て来たゴブリンだった。
折角ここまで来たのだから見たことの無い魔物でも良いのにと思ってしまう。
まぁだからと言って手を抜いたりはしない。
「よっ」
ヒュッヒュッヒュッ。
サッと駆け寄りゴブリン達が反応するよりも早くナンテは手に持っていた鎌を振り抜いた。
1体2体……計5体を流れるように刈って行く。
『……ギ?』
ころり。
通り抜けたナンテを追うように振り返ったゴブリンの頭が胴体から滑り落ちて地面を転がる。
数秒遅れて胴体も倒れて行った。
「ふぅ。ってあれ?」
その場にいたゴブリンを殲滅したナンテは死体を回収しておこうと思ったら、なんとゴブリンの死体は砂で出来ていたのかと言うようにサラサラと崩れて消えてしまった。
残ったのは親指サイズの赤い石だけ。
その石を拾って見てみれば若干の魔力を感じる。
「どうなってるの?」
『ダンジョンだから。
ここに居る魔物は死ぬとその魔石を残してダンジョンに吸収されるんだよ』
「ふぇぇ。ダンジョンって不思議な場所なのね」
死体が分解されてダンジョンに吸収される。
その原理は全然分からない。
だけどそこでナンテはちょっと考えてみた。
(ダンジョンを畑に置き換えれば、ちょっと分解が早いだけのことじゃないかな)
辺境伯領にあるナンテの畑でも魔物の死体を肥料に使っている。
冬の初めに埋めた魔物の死体は春に掘り起こした時には跡形も無くなっている。
それはつまり土の中で分解されたということだ。
具体的にどれくらいで分解されているかは分からないが、多分1月も掛かっていない。
それと同じ現象がダンジョンではあっという間に行われているだけだ。
そう考えれば全然おかしなことではない。
むしろ分解のプロセスを早送りで観れて得した気分だ。
だから気にするのは1つだけ。
「魔物がダンジョンに吸収されたら冬将軍の迷惑になったりしないかな」
『まあ大丈夫だろう。
もしかしたらナンテみたいに畑の肥料に使ってるかもしれないよ』
「なにそれすごい」
一瞬で分解して肥料に出来るなら野菜とか育て放題だ。
いっそのことダンジョンの中に畑を作ったら食料不足が一気に解決してしまうんじゃないだろうか。
しかしここは冬将軍のダンジョンだ。無断で試す訳にはいかない。
「コロちゃん。家に帰ったらダンジョン探してみようか」
『いやダンジョンってのは大抵持ち主が居るから』
「あ、そうなんだ……」
コロちゃんの答えに、ならダメかと肩を落とすナンテ。
しかしそれもつかの間。気を取り直して先に進むことにした。
「まずはここの掃除を済ませちゃおうね」
ダンジョン内の魔物討伐を掃除と表現するのはナンテくらいのものだろう。
その考え方を育てたのは何を隠そうコロちゃんなので、この場にナンテに突っ込みを入れる者はいない。
「それにしても本当にゴブリンしか居ないんだ」
会う魔物会う魔物すべてゴブリンだった。
それも全然上位化していないザコばかり。
おかげでナンテは一切足を止めることなく広いダンジョン内部を駆け抜けていく。
「あ、やっと上位種」
広い場所に出たところで上位種のゴブリンを見つけた。
まあ魔物の森ではそれくらい珍しく何ともなかったので、ナンテは感慨も無く刈り取って行った。
「これで付近の魔物は倒しきれたかな」
気配探知を最大まで広げても何も引っ掛からない。
強い魔物なら隠密スキルで隠れているって可能性もあるけど、このダンジョンは大丈夫だろう。
これでようやく冬将軍に会える。
そう思ったのもつかの間、コロちゃんが元気よく残念な事を告げた。
『そうだね。じゃあ次に行こうか』
上位種のゴブリンが居た場所の奥には階段があった。
そこを登ればまた多くの魔物の気配が漂ってくる。
「階段で仕切られていたのね」
原理は多分入口と同じだろう。
試しに階段を戻ってみれば魔物の気配も消えた。
きっと向こうからもこちらの気配が消えたように感じられただろう。
「これを使えばかくれんぼとか無敵ね」
などと変な感想を抱きつつ、ナンテは次の階の掃除に乗り出すのだった。




