表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/200

5.部活動

 放課後になるとナンテは部活動の為に学院の裏手にある林の更に向こうへとやってきた。

 そこに広がるのは一面の畑。

 畑に植えられている作物は、ジャガイモ、小麦、大豆、トマトなどなど。

 その畑の中では現在、鶏を始めとした家畜が自由気ままに地中の虫や雑草などを食べたりしている。

 なんとも長閑な風景だ。

 また農民の格好をした学院生も数人居て、それぞれが自分の担当の区画を世話しているのが分かる。

 彼らはナンテの姿に気が付くと作業の手を止めてぱたぱたと集まって来た。


「やあナンテさん、遅かったね」

「ごめんなさい。午後の授業が長引いてしまって。

 それで、誰か何か報告はあるかしら」


「北第1ブロックのナスとピーマンが順調に育ってそろそろ食べ頃です」

「良かったわ。なら明日の朝から収穫しましょう。

 予想収穫量と合わせていつものようにクック料理長に話を通しておいて」

「はいっ」


「南第3ブロックの水はけが悪いみたいなんです。見て貰っても良いですか?」

「あそこはやっぱり一度大きく掘り起こさないとダメかもしれないわね。

 それで東側の土と混ぜるか魔法で加工するかどっちかかな」

「うぅ、ちょっと重労働ですね」

「一緒に頑張りましょう」


「最近鳥の姿が増えて来たから作物を食われる前に対処した方が良いかもしれない」

「鳥の嫌がる糸を張りながら番犬のケル君達に見張りをお願いしましょう。

 収穫物をお裾分けすれば喜んで警備してくれるわ」

「糸の方は今日中にやっておきます」


 ナンテは皆から次々と上がってくる情報を聞きながら適切に指示を出していく。

 皆はその姿を頼もしく見つめていた。

 この園芸部の部長はナンテであり、更に言うと去年の入学直後にナンテが学院側に掛け合って設立したものだ。

 それまでこの一帯はいちおう学院の敷地内ではあるものの、何も使われていないただの荒れ地だった。

 ただ、使われていないとは言っても普通ならそんな簡単に許可が下りるはずがない。

 なのにナンテは二つ返事で土地の使用許可を勝ち取ってきた。

 その話を聞いた他の生徒は、


『ナンテが学院に賄賂を渡したんじゃないか』

『いやあの貧乏貴族にそんな金ある筈がない』

『まさか色仕掛け?』

『あの見た目でそれは無理だろう』

『学院長の弱みを握っているとか』

『今の学院長って陛下の伯父だろ?

 何かあっても簡単に握りつぶせるって』


 などと様々な噂を呼んだが、学院側は口を閉ざし、というよりも学院長の独断だそうで教師陣も具体的な理由を知らなかったので結局真実は闇の中だ。

 それでも批判的な意見は程なくして聞こえなくなった。

 というのも、早速ナンテは早朝や放課後、空き時間を使って荒れ地だったその土地を開墾して畑にし、生育の早い野菜を育てて学院の食堂に卸したのだ。

 その結果、食堂に出て来るサラダの味が明らかに良くなった。

 美味しいは正義である。

 それに自分たちに何か不利益がある訳でもないし、学院からは林で隔てられているので景観を損ねることもないので当初不満を漏らしていた人からも黙認されることになった。

 またこれにより手に入れたお金は学費に充てているらしいという噂が流れ、ナンテと同じ貧乏貴族出身の人達は自分達もやらせて欲しいと申し出たり、裕福な貴族からは憐みの篭った目で見られることになった。まぁ高位貴族出身の生徒からは笑い物にされたのだが。

 いずれにせよ、ナンテが不正を犯して土地の使用権を奪ったという疑惑は立ち消えたので、ナンテとしては良い事であった。


「ではナンテさん。いつものあれを」

「あれって。みんな好きね」

「やっぱり気合が入りますからね!」


 ナンテは苦笑いを浮かべた後、よしっと気合を入れると少し出っ張った場所に登って声を張り上げた。


「さあみんな。鍬を持て! 鎌を掲げよ!

 我らは大地を愛し、大地と共に生きる者である。

 太陽の光に感謝し、恵みの雨に感謝し、共に生きる全ての仲間に感謝せよ。

 平穏は当たり前ではない。

 日々を全力で生きてこそ、幸せは訪れるのだ。

 さあみんな。鍬を持て。大地の実りは我らを待っているぞ」

「「おお~~~!」」


 ナンテの言葉にその場の全員が腕を振り上げ力強く返事を返した。

 ちなみにこの言葉はナンテが考えた訳ではなく、小さい頃に読んだ絵本の一節だ。

 子供ながらにこの言葉を気に入ったナンテは、父親の視察について行っては各地の農民の前で今のように披露し、孫の成長を喜ぶ祖父母のような笑顔に迎え入れられていた。

 その習慣は今でも続いており、こうして仕事始めに気合を入れているのだ。

 その甲斐あってか部員の士気は高い。

 ついでに野菜や家畜の生育も良い気がする。


『いや、それは気のせいじゃないぞ』

「そうなの?」


 ナンテの肩から降りて今はナスの葉の上を飛び跳ねるように移動していたコロちゃんがナンテに答える。


『植物だって生きてるし心もある。

 動物ほどしっかしりした意識がある訳じゃないけどね。

 そばに居る奴が元気で好感の持てる相手なら、自分も楽しい気持ちになれる。

 結果として生育も良くなる訳だ』

「じゃあ畑で歌を歌ったり作物に話しかけると良いっていうのも?」

『同じ理屈だね。

 それに生き物は呼吸と同じようにマナを吸ったり吐いたりしているんだ。

 元気な生き物は吐くマナの量が多くなる。

 だからみんなが元気なら畑のマナ濃度が濃くなり、マナを多く含んだ野菜が出来上がる』


 そしてマナを多く含んだ野菜を人間が食べて元気になってまた畑を耕すという好循環が起きる。

 その話を聞いてナンテはやっぱりコロちゃんは博識だなと感心するのだった。


『ナンテは時々僕が大地の精霊だって忘れてるよね』

「ん、何か言った?」

『なんでもないよ~』


 去年とは比べ物にならない程広くなった畑と、そこで汗を流す生徒たちを見ながらコロちゃんは楽しそうに笑っていた。


『……ほんと。どこの畑でもこれだけ楽しそうに活動してくれてればいいのにな』


 昔はこういう光景を大陸中のどこでも見る事が出来た。

 当時はどこも豊かとは言えないけど、日々を精一杯生きて、農業は苦しくても努力が報われるからやりがいのある仕事だと言っていたものだ。

 だけど人間達の国は豊かになると貴族が力を付け、平民を虐げるようになり、搾取される平民の多くが農業を苦役と認識するようになってしまった。

 それは精霊信仰の篤いヒマリヤ王国でも同じだ。かの国の貴族は庭園を愛するように畑を愛したりはしない。それをどれ程多くの精霊が冷ややかな目で見ているかも気付いてはいないのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ