49.守りと攻め
家から飛び出したナンテは、その足で領都の北へと向かった。
5年前にナンテが一人で開拓し始めたそこは、今では立派な農村になっていた。
ナンテが到着した時には既に何人もの若者が畑に入って仕事をしていた。
「おはようございます。みなさん」
「あ、おはようございます。お嬢様!」
「おはようございます。雨降らなくて良かったですね」
「昨夜ゴブリンが5匹程森から出て来たので肥料にしておきました」
「ナンテおねぇさまだ~。お~い」
ナンテの姿を見れば誰もが作業の手を止めて礼をしたり手を振ったりしてくれる。
それに応えながらナンテは、随分広くなったなと青々と茂る畑を見ながら思った。
(今更だけど本当に村よね)
村になったきっかけは農具を仕舞う納屋を作ったことだった。
畑の面積が広がり、手伝う子供たちが増えれば当然使う農耕具が増える。毎回領都の家から持ってくるのは大変なので畑の近くに置ける場所を手分けして作ったのだ。
更に肥料置き場や収穫したものを一時的に保管する場所だって必要になったので複数作ることになった。
他にも水やりが楽なようにと井戸も掘ったし衛生管理は疫病の予防にもなるのでトイレなども作った。
するとどうなるか。
家まで帰るのが面倒だと納屋で寝泊まりする子供達が出てきたのだ。
それを聞いた街の大工たちがそれじゃあ疲れが抜けないだろうと宿泊用の家を建ててくれた。
続いて料理だって個別にやるより纏めてやった方が良いだろうと飯屋が出来た。
更に小物を扱う雑貨屋が出来、鍛冶屋の次男坊が農具の修理だって手軽に出来た方が良いだろうと工房を建てた。
そして極めつけはこれだろう。
「ナンテお嬢様。俺達結婚することにしました」
畑を手伝っていた人の中には男性も女性も居て、年齢もナンテよりも10歳近く上の人も居た。
その中で一緒に働くうちに惹かれあって夫婦になる人が出てきたのだ。
「まあ素敵。それなら結婚祝いを用意しないといけないわね」
慶事には最大限の祝福をとナンテは張り切った。
張り切って、その夫婦に家と畑を1区画プレゼントした。
その話を聞いた他の人達も、結婚すれば土地持ちの農家に成れると張り切ってしまった。
第1次結婚ブームの到来である。
「あー皆さん。全員に畑をプレゼント出来る訳ではないですからね!」
慌ててそう言い含めても誰も聞く耳持たない。
更にはこれまで一切畑に貢献していない人まで「俺達結婚したから家と畑をください」などと言って来たので村の外まで蹴り飛ばしてしまう事件も起きた。
そんな例外もあったものの、結局10組近くの夫婦と、年齢的にまだ若すぎるので結婚出来ない予備軍が30組も出来上がってしまった。
そして家と畑を貰った人達がその後どうしたかと言えば。
「ナンテお嬢様。どうぞお納めください」
収穫物や売り上げの一部をナンテへと献上した。
要するに税の一種。村長と村民の関係だ。
ナンテとしてはそんな気はなかったのだけど、差し出されたものを受け取らないのも良くないと父に言われたので、きちんと受け取ることにした。
受け取ったものは本来領主である父のものではないかとも思ったが、父は父で色々と理屈を並べて受け取りを拒否したので仕方なく今は【倉庫】へと仕舞ってある。
こうして最初はただの荒れ地をナンテ一人で耕しただけの畑が国内でも有数の生産量を誇る農村へと変貌を遂げた。
こんなこと一体誰が予想できたか。
「いや、畑の規模と多くの者が手伝っていると聞いた時からいずれそうなるだろうと思っていたぞ」
「ナンテお嬢様を見る皆の目を見れば考えるまでもない事です」
どうやらナンテ以外は大体は遠からずそうなるだろうと考えていたようだ。
「それよりナンテ。早めに決めなければならない事がある」
「何でしょう、お父様」
「既に決裁書類とかが上がってきているのでな。
早々に村の名前を決めて欲しい。
このままだと『ナンテ村』になるが良いか?」
「それはちょっと……」
家名ならともかく自分の名前を村に付けるのはちょっと恥ずかしい。
国内を見れば幾つかそう言う理由で名前が決まった村や町があるが、親バカや爺バカが発露した結果なので付けられた子供の方は居たたまれない場合が多いらしい。
うんうんと悩んだナンテはふと、持っていたジャガイモを見た。
(ジャガイモ村……はないよね。なら確かジャガイモの別名はポテト……!)
「お父様。ポテイト村にします!」
流石にそのままはあれだろうとちょっと手を加えた結果、ナンテの村は『ポテイト村』に決定した。
そして村長になった(?)ナンテは週に1回、このポテイト村を見て回るのが仕事だ。
もちろん村の北端にはナンテ専用の畑も健在で、そちらは晴れた日はほぼ毎日耕しに行っている。
「こうして既存の畑を耕し続けるのは言わば守りよね」
父親からは今はまだ攻める時だと言われた。
まだ守りに入るには早すぎると。
自分にとっての攻めは何か。ナンテは畑に鍬を入れながら考える。
単純なところで言えば耕作面積を増やす、農具の拡充、ポテイト村農民への農業指導などなど。
やれることは幾らでもある。
でも今までの行動の延長線では足りないとも思う。
「今しか出来ない事、それ以上に未来に繋がる事をしよう」
具体的に何をすれば良いんだろうと堂々巡りしそうになったところでナンテの肩がトントンと叩かれた。
そこには精霊のコロちゃんが立っていた。
『お悩みのようだね、ナンテ』
「あらコロちゃん」
いつもふらりと現れてふらりと消えるコロちゃん。土の精霊なのに自由奔放な性格だ。
それが今回はどこか勿体ぶった様子でいる。
『そんなナンテに旅行のお誘いさ』
「旅行? どこに行くの?」
『冬将軍に会いに行くんだ。時間があるならナンテもどうかな』
冬将軍。今年の冷夏の原因となっている精霊。
この大陸に来たのは50年ぶりだというし今を逃せばもう会えないだろう。
だから2つ返事で答えた。
「行きたい! 連れて行って」
『おっけ~』
コロちゃんも軽く答える。
ただじゃあ今からちょっと行って会って夕方には帰ってくる、という訳にはいかない。
往復で1月近く掛かるそうだ。
なので両親に許可を取ったり自分が居ない間の村の面倒をジーネンにお願いしておく必要がある。
ナンテは急ぎ家に戻り、その辺りのお願いをさくっと取り付けた。
なにせナンテの家族もナンテが突飛な事を言い出すのには慣れているし、そういう時に詳しい説明を求めても答えられない事が多い事も知っているから。
「気を付けて行っておいで」
「はい、お父様」
力強く背中を押され、ナンテは出発した。
いつも通り愛用の鍬と鎌を携えて。




