48.10年目到来
春が来て夏が来て秋、冬、そしてナンテが10歳の春が来て……夏が来なかった。
暦の上では初夏のはずなのに気温が上がらず曇りがちの日が続いている。
コロちゃんが予告した通り冬将軍が来たようだ。
ナンテ達ネモイ辺境伯一家はこの年の為に色々と準備をして来た。
「国王陛下と一部の懇意にしている家には去年のうちに今年は冷害になる兆しがあると伝えてある。
また実際に現在の状況も先日手紙を送ったので、もう届いている頃だろう。
ナンテ。畑の状況はどうなっている?」
「はい。領内の畑は概ね良好です」
父の横でナンテも各地から送られて来た報告書を纏めながら答えた。
10歳になったナンテは一部、というか農業に関する業務については既に父親よりも詳しくなっていた。
春になってからは頻繁に各町の視察にも向かい、冷夏を乗り切るために各地の農家に指示も出している。
「今年は小麦の栽培を最小限にするようにと通達してあります。
代わりに冷害に強いジャガイモを全面的に育ててもらっていますし、肥料についても魔物ハンターギルドに頑張ってもらっていますので、多少無理をしても土地が涸れる心配はありません。
少なく見積もっても今年の食糧自給率は300%に達する見込みです」
「それは凄いな」
「ただ飢えない事だけに集中しましたので、来年の春までほぼ毎日芋粥になることを覚悟してください」
「あ、あぁ」
ここ数年の食料自給率は150%未満なので倍以上の生産量ということになる。
しかし急に畑の面積が倍になるはずもなければ、農民が倍になった訳でもない。
この数字のカラクリは育てる野菜の種類に関係している。
『全農地面積の8割をジャガイモ畑にします!』
去年の秋にどうやって冷夏を乗り切るかを話し合った時、ナンテがこう提案した。
通常ならジャガイモは全体の4割から5割で、残りは小麦2割とその他の各種野菜が育てられている。
そこからほぼ全てをジャガイモに転換した。
残り2割の畑は食用というよりも来年の為の種を作る用だ。なので一部を除いて食用には回せない。
ジャガイモで補えない栄養については各家庭で菜園を作ってもらい賄う予定だ。
あとは去年の内から漬物や乾物も多く用意している。
「よしここまでは順調だな。問題は」
「隣国、ですか?」
アンデス王国の両隣にあるヒマリヤ王国とアウルム帝国。
ヒマリヤ王国にはまだ精霊術師が多く残っているから今回のことを事前に察知して対策を行っている可能性が高い、筈だ。きっと。
自信を持って言えないのは、ヒマリヤ王国側から今回の事に関する情報が流れてきていないからだ。
アンデス王国とヒマリヤ王国は国同士の仲が良い。だから大陸規模の冷害が起きるとなれば当然注意喚起をしてきてくれると期待していた。
しかし去年の冬の社交ではそう言った話が流れて来たという噂は無かった。
誰かが噂を止めているのか、もしくはヒマリヤ王国の精霊術師は情報を掴めなかったのか。
そしてもっと心配なのはアウルム帝国だ。
あちらはアンデス王国以上に精霊術師が少ないと聞いている。
また実力主義の国でもあるので貴族同士の連携や助け合いもあまり無いらしい。
国難を前に皇帝は貴族たちを纏め上げられるのか。
その手腕が試されるところだ。
「うむ、しかしそこは他国の問題だ。
気にはなるが私達が口を挟める事でもない。
私の心配しているのは国内さ」
「え、でも冷夏が来ると伝えたのですよね」
「まあね。私が伝えたのは一部の貴族にだけだけど、余程情報に疎い貴族でも無ければ聞いているだろう。
だけど知っている事と信じている事は違うし、もっと言うと対策を何も立てていない可能性だってある」
「??」
ナンテは父親が言っている事がイマイチ理解出来なかった。
危険が迫っているのが分かっているのに対策しないというのはどういうことだろう。
これが裕福ではない平民だというのならまだ分かる。今を生きるので精一杯で備えたくても出来ないのだ。
しかし領地を持つ貴族なら、そこに住む領民を守るのが仕事だ。その為に税金を集めているのだし。
貴族とはそういうものだと冬の間に習った。
だからこんな疑問が出て来る。
「その方々は本当に貴族なのでしょうか」
「はっはっは。遊んでいるだけの奴らに聞かせてやりたい言葉だな」
笑いながらナンテの頭を撫でる父。
脳裏をよぎるのは社交界で会った何人もの貴族達。
その多くが先ほどの言葉を聞かされたら怒りで顔を赤くするだろう。
(まったく自覚があるなら怒る前に行動して欲しいものだ)
言って行動を改めてくれるなら幾らでも言ってやるのだけど、やる前から無駄だと分かっている。
ここ最近は戦争も無ければ大きな事件もないので目立った功績を挙げた者はいない。
平和と言えば聞こえは良いが、苦労を経験せずに爵位を継いだ者たちは揃ってボンクラだ。
特に昨今の青年世代は婚約破棄ゲームが忙しくて領地経営に腰を据えて取り組む者の数は指を折れば足りるかもしれない。
その数少ない真面な者たちがこれからのこの国を支えていくことになるのだろう。
もちろんナンテもそのうちの1人だ。
「さてナンテ。逆境こそ成長のチャンスだ。
まだまだ守りに入るには早すぎる。こういう時こそ攻めの姿勢が大事だよ。
今からでも何が出来るか、考えて実践してごらん」
「はい、お父様!」
期待する父に頷き、ナンテは力強く部屋から外に出て行った。




