47.お礼の手紙
アウルム帝国で起きた内戦は無事に終結した。
トロゲン辺境伯領の新たな領主はフォス男爵と交渉し、幾つかの集落を含む領地をフォス男爵に譲ることで和解した。
そしてネモイ辺境伯領との交易は、何故か内戦が起きる前よりも関税が引き下げられ、よりネモイ側が優位な状態で取引が出来るようになったという。
無事国交が正常になった事を確認し終えたところで、ナンテの父は例年よりも遅く王都へと社交の為に旅立っていった。
「さあナンテ。お勉強頑張りましょうね」
「はい、お母様!」
家に戻ったナンテを待っていたのは母と勉強。
毎年の事だけど畑仕事が出来ない分、みっちりと勉強漬けになるのがナンテの冬だ。
ほぼ毎日朝から夕方まで勉強して夜は魔法の特訓を行う日々を繰り返したある日、ナンテの元に荷物が届いた。
「ナンテお嬢様。手紙と荷物が届いております」
「あら誰からかしら」
ネモイ辺境伯宛てにというのなら分かるがナンテ宛てとなると相当珍しい。
手紙を受け取り差出人を確認すると、なんとフォス男爵だった。
「アウルム帝国の男爵が私に手紙を?なぜかしら」
封を切って中身を確認してみる。
最初の方は時候の挨拶が綴られ、続いて国境で兵士たちへの差し入れについてのお礼、その後にはナンテから預かった魔石のお陰で夫人の治療が出来たと感謝の言葉が繰り返されていた。
「夫人の詳しい症状は聞いてなかったけど、無事に治ってくれて良かったわ」
難民への炊き出しを行った際に一緒にフォス男爵領の人達にお茶を出しながら色々と世間話をした。
その時に多くの兵士から夫人の話が出て来たのだ。
何かにつけて優しくしてもらったと。その夫人が大怪我を負って寝たきりなってしまったと。
そしてその治療には魔物の素材が必要らしいことも教えてもらった。
それを聞いてナンテは【倉庫】から一番効果のありそうなものをプレゼントすることにしたのだ。
手紙にはその時預かった魔石は後日必ず返しに伺いますとある。
「別に返さなくても良いのに」
ナンテとしては完全に上げたつもりだった。
偶然手に入っただけのものだし他に使い道もないものだったから。
返すにしてもこの手紙と一緒に送られて来た荷物に入れてくれれば良かったのではないだろうか。
「お嬢様。高価なものを運ぶ際は行商などは使いません。
道中魔物や盗賊に襲われる危険もありますし」
「そういうものなのね。
ということはこの荷物は何かしら」
手紙の続きを読めば、そこに荷物の説明も書かれていた。
兵士がナンテと話した内容を元にナンテに喜ばれそうなものを詰め込んでくれたらしい。
「ジーネン、開けてみて」
「はい。これは……」
「ポットと種ね」
箱の中に並んだ手のひらサイズの容器に小さな芽が出た状態のものと、袋入りの種。それと別途手紙が入っていた。
手紙にはそれらに関する説明が書かれていた。
「洞窟や暗い所でも育つ野菜の種と苗だって。育て方も書いてあるわ」
「なぜそんなものを?」
「私が冬の間に家の中や地下で育てられるものがないかなって話してたから」
アンデス王国とアウルム帝国では若干ではあるが植生が異なる。
またアウルム帝国は豊かな土壌が少なく農業はそれ程盛んではないが、その分痩せた土地などの悪環境でも育つ野菜の研究に資金を投入している。
今ここにあるのがその研究成果を元に出来たもののようだ。
『決して味は良いとは言えませんが』
と但し書きが書いてあるが、食糧不足の時に味なんて二の次だ。
「早速地下室で育ててみましょう」
「お手伝いします」
まずは領主邸の地下室を使って育ててみる。
領主邸とはいえ地下はかなり寒い。
そこで育つ野菜なら各家庭の居間などで育てられるだろう。
「これはあんな魔石1つでは全然釣り合わないお礼ね」
もちろん多すぎるという意味だ。
石ころ1つで帝国の秘術の一端を開示してくれた。
同じことをナンテがしようと思ったら魔物を肥料にする方法とその効果についての情報くらいしか釣り合うものが無い。
仮にナンテの母が大怪我をして、その薬を貰えるのだとしたら……そんな情報くらい迷わず出しただろう。
そう考えれば別におかしくはないのかと納得した。
「春になったら無事に育った野菜を持って挨拶に行きましょう」
「それが良いですな」
まだ無事に育つとは決まっていないが、ナンテが育てると決めたのだからきっとフォス男爵たちが想定している以上に育てるだろう。
ナンテの頭の中にはこれから育つ野菜の事で頭がいっぱいだったが、隣にいるジーネンは別の事を考えていた。
(お嬢様の行動の結果、帝国の男爵との間に強固な繋がりが出来たことになる)
今回のネイトクの町への遠征、ジーネンは珍しく一緒には行ってなかった。
だけど話に聞いた限り、捕虜の返還だけなら面識が出来るだけでそれ以上の交流は無かっただろう。
国境だって接してはいないし。
今のトロゲン辺境伯領経由の交易が順調なのは間違いなくナンテのお陰だ。
ついでにトロゲン辺境伯領の新領主も前領主とは違い真面だと聞く。
加えて西のヒマリヤ王国のムクジ公爵家の子息とも良好な関係を築いている。
(次期領主はガジャ様だとしても、ナンテお嬢様がその補佐に就けば将来の領地経営も安泰だ)
そう心の中で嬉し涙を流していた。
ただ、他国とは良縁を結んでいるが、自国の貴族とはそうでもない。
そこは学院に通ってからでも遅くはないだろうと今は考えない事にした。




